ウイスキー新勢力【2. タスマニア 後半/全2回】

October 9, 2014

ウイスキー産業が急速に成長しつつあるタスマニア。小規模生産ならではのこだわりの製法が、この島の各所で成果を見せ始めている。

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タスマニアではウイスキーづくりがどれほど小規模で行われているかを知るには、ベルグローブの地所でライウイスキーをつくっているピーター・ビグネルを訪ねるのが一番だ。
トレードマークのくたびれた麦わら帽を被ったビグネルは、自分で溶接した銅製スチル、スイミングプールのヒーターとトースターを組み合わせて作った加熱装置を訪問者に見せてくれる。マッシュタンは牛乳用の大きな桶のおさがりだ。

ビグネルは奇抜な砂の彫刻を作って世界中をまわる有名なアーティストだが、ライ麦が余っていたためにウイスキーをつくることにした。
「世界一エコな蒸溜所だと思いますよ」と言って、ビグネルは逆さにした樽からライウイスキーのサンプルを手渡してくれた。そして「ああ、外のトイレには蜘蛛がいますよ!」と自らほうきを持って払いに行ってくれる。なんとも、アットホームだ。

これほど風変わりではないが手づくりという点で負けていないのが、美しいコール・リバー・バレーの外れにあサリバンズ・コーブ蒸溜所だ。
ここはWWA2014で世界最高賞「ワールドベスト・シングルモルト」に輝いたオーストラリアンウイスキーのつくり手だ。
ジェネラルマネージャーのパトリック・マギーレは「 私たちの最大のこだわりは、どの樽をいつボトリングするかという見極めです」と語る。
この樽の選択は科学的な数値での判断ではなく、感覚的なものだ。
「私が求めているのは、リラックスして楽しめるウイスキーです。一日の終わりにくつろぎたいなら、心地よくクリーミーな口当たりのものが欲しいでしょう」
サリバンズ・コーヴは年間16,000本ほどを生産するが、それでも十分にボトリング前に樽の中の澱を自然に沈殿させることができる。フィルターや冷却濾過ではなく重力を使うという自然な方法も、並外れた風味をもたらす技術のひとつだ。

最後に、今動き出したばかりの蒸溜所、レッドランズ・エステートに向かう。途中で西オーストラリア州の州都パースで酒販店を営む二人連れに出会った。
「最近では、多くの人がわざわざタスマニア産のウイスキーについて聞いてくるんです。かなりウイスキーづくりが盛んだと聞いていますし、この目で確かめてみたくて」と仕事熱心な店主が語る通り、オーストラリアのどの町でもタスマニアのウイスキーは気になる存在のようだ。

以前はジョージ四世の庶子で半分カトリックの息子、ジョージ・ロードの家だったこの郊外の地所には、赤煉瓦造りの邸宅ときっちりと整備された庭、テニスコート、カモノハシで一杯の池がある。
さびれた囚人収容区画(WMJ註:かつては罪人を労働力として使う制度があったとのこと)と使用されていない醸造所の傍で、初めてのレッドランズ・エステートのウイスキーが熟成しつつあった。

「私の子供たちをご覧になりますか?」と言いながら、ディスティラーのディーン・ジャクソンが小屋の鍵を開ける。
そこには20Lと100Lの樽が並んでいた。
原料にはここで生育した大麦を使っているので、レッドランズのウイスキーは本物のシングルエステート・モルトになる。最初のボトルは2015年後半までには準備ができる予定だ。

ジャクソンとマスターディスティラーのフィル・フィッツパトリックは、改築した小屋でフロアモルティングをしているため、肩ががっしりしている。フィッツパトリックは観光業に就いていたが、最近になってウイスキーづくりに転向したそうだ。
彼はこのやりがいに満ちた仕事を得てどれほど感動しているか話してくれた。
「私にとっては、地元であるタスマニアで何かをつくるということが最高の喜びです。自分が歴史の一部になれるということも、誇りに思っています」

小規模生産は確かにタスマニア・ウイスキーの背後にある秘策のひとつだが、そこにも変化が起こりつつある。
現在、ラークとオーフレイムはそれぞれ個人投資家に買い取られている。生産量を増やす計画…ビジネスとして軌道に乗せるためだ。ビル・ラークとケイシー・オーフレイムはブランドのアンバサダーとして留まることになる。
州政府としては、「タスマニアン・ウイスキー・トレイル」を設立するために12万豪ドルを投じ、さらに、コール・リバー・バレーに新しいラーク蒸溜所とビジターセンターを作るための支援を申し出たそうだ。この新施設では訪問者がウイスキーづくりの全工程を見学できるようにする予定だ。

かつては眠くなるほどスローな生活ペースと涼しい気候をからかわれたタスマニアは、注目の観光地になりつつある。それも、目覚ましい躍進を遂げ世界からも注目を集めるウイスキーづくりが盛んな地として…ここまでの成果はラークも予想もしていなかったに違いない。
しかし、今では確かに、世界中のウイスキーファンが「次に訪れるべき場所」として地図や手帳に記しているはずだ。

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