ニューメイクの論点【前半/全2回】
文:ミリー・ミリケン
エディンバラの新鋭として知られるホーリールード蒸溜所で、蒸溜所長と業務部長を兼任するマーク・ワトソンが語りだした。
「ウイスキーの生産者である私たちは、みんなF1ドライバーのように細部のスペックを気にしています。ライバルチームがマシンに加えた改造を気にするように、他の蒸溜所が密かにやっている実験について探りあっているんです」
つまり最終的な製品であるウイスキーに個性を授けるため、新興メーカーは熟成前のスピリッツをチューニングするさまざまな試行錯誤について考えを巡らせている。そんな「ニューメイクおたく」同士の楽しい会話は、尽きることがないのだという。
だが蒸溜所を一歩出ると、ニューメイクスピリッツはそこまで議論の対象になっていない。ウイスキーの香味に関する議論では、スピリッツの個性が見落とされがちだ。もちろんスピリッツの個性に、蒸溜所ごとのDNAが宿っていることは知っている。しかしどうしても樽香などの熟成技術をめぐる議論のほうが注目されてしまうのだ。
蒸溜器から流れ出すニューメイクスピリッツの品質を保つため、ウイスキーメーカーは多大な努力と出費を惜しまない。だがそのスピリッツの個性についてあれこれ話し始めると、あまりにマニアックな内容が多すぎて疎ましく感じる人もいるだろう。ましてや一般の消費者にそんな話をしようものなら、マニアックすぎて偏執狂かと誤解されてしまう。よほどのウイスキー好き同士でない限り、スピリッツの話題には近寄らないほうが無難かもしれない。
それでも生粋のウイスキー愛好家同士なら、ニューメイク談義に花が咲くこともある。蒸溜所がさまざまな原料を試し、新しい酵母を試し、ウイスキーの「テロワール」を表現しようとしている。メーカー側からもスピリッツをめぐる議論が活発に提示され、ニューメイク談義の機会はますます多くなっているようだ。
商品化されるニューメイクスピリッツ
ニューメイクスピリッツを消費者向けに販売している蒸溜所は、まだほんの一握りに過ぎない。歴史的に見ても、通年販売のニューメイクスピリッツを商業的に成立させた例は皆無だ。それでもニューメイクスピリッツへの関心は明らかに高まっている。
ホーリールード蒸溜所では、マーク・ワトソン蒸溜所長とニック・レーベンホール社長が初の「ブリュワーズ・シリーズ」を昨年より販売開始。日本、台湾、オーストラリア、ドイツなどの国際市場で5,000本を完売して、驚くべき需要の大きさを印象づけた。2022年5月には、イーストロージアン産大麦をもとにシュバリエモルトとアンバーモルトを併用し、日本酒用酵母で発酵させた「日本酒酵母ニューメイク」まで製品化されている。このような経緯について、ワトソンは次のように説明してくれた。
「消費者のみなさんは、いろんなタイプのニューメイクスピリッツを味わってみたいと願っています。原料を変えることで、香味にどんな変化が現れるのだろう。そんな疑問を実体験から解き明かしたいと興味津々なのです。私たちのニューメイクスピリッツが売れたことで、そんな需要があることもはっきりとわかりました」
モンキーショルダーなどのブランドも、ニューメークスピリッツのブレンド商品を発売している。新作「フレッシュモンキー」は、グレーンのニューメークスピリッツ2種類とスペイサイドモルトのニューメークスピリッツ1種類をブレンドしたもの。ニューメークスピリッツをベースにしたカクテルも登場し、そのようなレシピを導入するバーも少しずつ増えている。
このようなニューメイクスピリッツ革命は、ウイスキー業界にとってどんな意味を持つのだろう。
スピリッツの個性を強め、樽熟成を短期化する新興メーカーの方針
ウイスキーの製造工程は、大きく2つに分けられる。ニューメイクスピリッツの生産と、その後の樽熟成だ。だからどんな樽の種類や熟成期間を予定しているのかによって、ニューメイクスピリッツへのアプローチも異なってくる。
熟成前から濃厚な香味を主張しているスピリッツがいいのか。それともまずは控えめでバランスを重視したスピリッツ(真っ白なキャンバスに例えられる)を用意することで、樽熟成での効果を強調していきたいのか。どちらのアプローチでも、優れたウイスキーはつくれる。だからこそ、最初の方針を決めるのが難しい。
近年のイングランドで生まれた新興の蒸溜所でも、ニューメイクスピリッツをボトリングして販売する例は多い。そのような蒸溜所では、個性の際立ったニューメイクスピリッツづくりに重きを置いている。コッツウォルズ蒸溜所で官能分析と研究開発を主導するアリス・ピアソンが、このようなイングリッシュウイスキー特有の方針について背景を説明してくれた。
「個性的で特徴のあるニューメークスピリットをつくっておくことは、私たちにとって熟成期間が短めでも素晴らしいウイスキーが生産できることを意味します。しっかりとしたエステル香をスピリッツの段階で備えておけば、樽内で10年も待たずに香味が完成させられますから」
ウイスキーづくりで、樽熟成を最重要視する方針は正しいのか。これはウイスキーファンの間でも意見が分かれてくるテーマに違いない。そこにニューメイクスピリッツの新しい個性を創造するという目標が加わることで、論点はさらに複雑なものとなりつつある。
このテーマにまつわる議論が大歓迎だと語るのは、イアン・スターリング(ポート・オブ・リース蒸溜所共同設立者)だ。
「これまでのニューメイクスピリッツは、樽熟成によって得られる香味を下支えするだけの存在として認識されてきました。でも私たちの立場は、その正反対です。樽香がウイスキーの個性を支配するのではなく、あくまでスピリッツの香味に樽香を付加するというアプローチですから」
ニューメイクの特性や、それが熟成後のウイスキーに与える影響について、もっとさまざまな議論を深めていきたい。それがスターリングの揺るぎない考え方なのだ。
ニューメイクスピリッツの品質は、常に一貫性を保つべきなのか。この問題もまた複雑である。大半の蒸溜所は、単一のハウススタイルを守ってニューメークスピリッツを製造している。その一方で、いくつかのスタイルを用意しておき、使い分けによるバリエーションの強化に熱心な蒸溜所もある。スターリングは、ポート・オブ・リーズの方針について説明してくれた。
「私たちのウイスキーに、一貫性という概念はありません。毎年ニューメイクスピリッツを進化させ、酵母株を入れ替えて発酵時間などのアプローチも変えていきます。そうやって、ヴィンテージごとに個性豊かなウイスキーをリリースしようと計画を立てているのです。なぜなら私たちのウイスキーは、貯蔵庫ではなく蒸溜所でつくられているから。それが声を大にして言いたいことです」
もちろん別の意見もある。ホーリールード蒸溜所のマーク・ワトソンは、ニューメイクスピリッツの一貫性にも重きを置いている。創造的なアプローチでニューメイクスピリッツをつくってはいるものの、ニューメイクスピリッツの一貫性は決して否定されるべき技術ではないと明確に主張しているのだ。
「ウイスキーづくりにおいて、独創的なアプローチを追求する方針と、一貫性を守っていく方針は、まったく別のスキルセットによって両立できます。ニッチな手法でユニークなスキルを生み出しても、一貫したニューメイクの特性を理解しながら香味との強固な関係を築いておかなければ、そのユニークな魅力を消費者に理解してもらうという目的は達成できませんから」
(つづく)