ベンロマックから一路東へ。大麦畑に囲まれたグレンバーギーは、世界的なブレンデッドウイスキーブランド「バランタイン」のキーモルトを生産する蒸溜所だ。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

北スペイサイド地方に焦点を絞った今年の「1週間だけのウイスキー旅行」シリーズ。第2回はフォレスから国道A96を東へと走り、エルギンまでの距離の約3分の1(もっと正確にいえば約7km)ほどの場所を目指す。国道から細い道を右折すれば、グレンバーギー蒸溜所はその先にある。

グレンバーギーは世界第2位の売上を誇るブレンデッドウイスキー「バランタイン」ブランドの故郷とでも呼ぶべき蒸溜所である。通常は一般公開されていないが、何かのイベントにあわせて公開されるチャンスが巡ってくることもある。蒸溜所に到着すると、ペルノ・リカールのインターナショナル・ブランド・アンバサダーを務めるケン・リンジーが歓迎してくれた。1990年からバランタインを担当してきたベテランで、バランタインの原酒や蒸溜所について細部まで知り尽くしている。

世界的なブレンデッドウイスキーの一貫性を支えるキーモルト。グレンバーギーは3対のポットスチルで年間500万L(純アルコール換算)の高品質なスピリッツを安定生産している。

「この場所で初めて蒸溜所が営まれた記録は、1810年にまでさかのぼります。つまりすでに200年以上もウイスキーをつくり続けてきた歴史がここにはあります。付近の平坦地には、かつてキルンフラット農場と呼ばれた畑がありました。田舎の小屋でスピリッツを蒸溜していた時代ですね。その蒸溜所はキルンフラット蒸溜所と呼ばれ、1871年以降はグレンバーギー=グレンリベット蒸溜所に改名されました」

蒸溜所の所有者は何度か変わっている。1936年にはハイラム・ウォーカーがグレンバーギー(と近所のミルトンダフ)を買収して、バランタインとの密接な関係が培われることになった。

しばらくの間、グレンバーギー蒸溜所は昔ながらの手作業を守っていた。だがアライド・ドメクがハイラム・ウォーカーを買収した1987年には、建物にかなりの老朽化が認められた。そこで2003~2004年に最新鋭の効率的な蒸溜所を新たに建設。19世紀から受け継がれてきた古い建物は大半が取り壊され、21世紀に相応しい設備を手に入れることができた。ケン・リンジーが振り返る。

「リニューアルには、全部で13ヶ月かかりました。工事期間中は生産できないので、あらかじめ休止前の6ヶ月間を増産期間にあてました」

2005年にペルノ・リカールがアライド・ドメクを買収。これによって、グレンバーギー蒸溜所はシーバス・ブラザーズの一員になった。シーバス・ブラザーズは、ペルノ・リカール最大のウイスキー部門である。

 

バランタインの心臓と呼ばれる理由

 

蒸溜所見学は、上階にある大麦モルトの保管庫からスタートする。蒸溜所の敷地や周囲の素晴らしい景観が眺められる場所だ(メイン写真参照)。小さな窓からケン・リンジーが外を眺め、興味深い新旧の施設について教えてくれる。

「中央にあるのが、1810年に建てられた古い酒税手続き所。2004年にできた機能的な蒸溜所のなかから、蒸溜所の古い歴史を眺めるのは感慨深いものです」

モルト保管庫の最上階にいると、ここが本当に田舎の只中であるという事実を再確認できる。周囲にあるのは、農場や大麦畑ばかりなのだ。ケン・リンジーが説明する。

バランタインの心臓とも称されるグレンバーギー蒸溜所。蒸溜所の一角には創業者ジョージ・バランタインの執務室が再現されている。

「ノンピートの春大麦を、地元のモルティング業者から仕入れています。大麦はすべて半径40km以内で収穫されたものばかりです」

このあたりは農地の20〜30%が大麦畑なので、蒸溜所は大麦の一大生産地の中にあるといってもいい。大麦の重要性を強調するかのように、モルト保管庫のロフトにはさまざまな品種の大麦が展示されている。

「大麦なんてどれも大差ないだろうと思っている人も少なくありません。でもこのサンプルを見せるだけで、そんな先入観を取り払ってくれますよ」

家畜の餌として栽培される大麦もあれば、蒸溜所でウイスキーづくりに使用される大麦もある。どんな大麦からでもウイスキーがつくれるわけではない。

「大麦モルトが納品されるたびに、必ずここへサンプルを持ってきて最高品質であることを確認します。品質の一貫性は本当に重要。何しろグレンバーギーはバランタインのブレンドの心臓ですからね」

蒸溜所が建て替えられたとき、生産量はかつての年間250万Lから500万L(純アルコール換算)に倍増した。

「蒸溜所内では、160トンの大麦を保管できます。そして1バッチ7.5トンの大麦を毎週30回ずつ糖化しています。工場は3交代制で、シフトごとに1人のオペレーターが全行程を管理します」

蒸溜所はだだっ広いオープンプランの構造で、すべてがコンピューターで管理されている。ペルノ・リカールが所有する13軒のモルト蒸溜所のうち、12軒までがこんなスタイルだ。というよりもスコットランド全体がそんな傾向である。ペルノ・リカールで例外的に手作業を守っているのは、グレントファーズただひとつのみだという。

「グレントファーズは、社内でも研修用の工場として使われているんです。蒸溜所の技師として入社したスタッフは、全員がまずグレントファーズでウイスキーづくりの流れを理解してから他の蒸溜所で着任します」

グレンバーギーの話に戻そう。糖化工程でお湯が投入されるのは3回で、1度の糖化工程全体に約5時間半がかかる。56,000Lのお湯を加えて約54,000Lの麦汁を作り、これを19°Cにまで冷ましたら35,000Lを発酵工程へと送る。具体的には、12槽ある発酵槽のひとつである。

「以前は木製の発酵槽を使用していましたが、2004年に蒸溜所を建て直したときにステンレス製に代えました。液体タイプの酵母を加えて、52時間ほど発酵させます」

 

近年は画期的なシングルモルト商品も好評

 

新しい蒸溜所が建設されたとき、古い蒸溜所から引き継がれた数少ない設備が1組のポットスチルだった。それに加えて2006年5月には、さらに2組のスチルが新調された。現在、蒸溜室の片側には3基の初溜釜が並び、反対側に3基の再溜釜が並んでいる。

「目的はフルボディーのまろやかなスピリッツをつくること。そしてもちろん2004年以前と変わらない酒質を保てるように長い時間をかけて努力してきました。これもまたバランタインの心臓として、一貫性を重視しているからです」

ニューメイクスピリッツは、タンカーでキースの町に運ばれていく。ペルノ・リカールの蒸溜所でつくったスピリッツは、すべてキースで樽詰めされるのだ。樽詰めが済んだら、大半の樽は蒸溜所に送り返される。全部送り返さないのは、リスクを分散させるため。どこかの蒸溜所で緊急事態が発生したとき、熟成中の原酒をすべて失うような事態は避けなければならない。

「大多数のニューメイクスピリッツは、アメリカンオーク樽に詰められます。これがグレンバーギーらしいソフトで滑らかな味わいの秘密。クリーミーなバニラやキャラメルなどの風味も同様です」

ペルノ・リカールのインターナショナル・ブランド・アンバサダーを務めるケン・リンジー。バランタインの定番ランナップに加え、ブレンデッドウイスキーブランドとしては初めて発売されたシングルモルト製品も好評だ。

ケン・リンジーが樽熟成について教えてくれる。蒸溜所の敷地には18軒もの貯蔵庫がある。ダンネージ式、ラック式、パレット式の融合だ。

「どんなときでも、当社は650万〜700万本の樽で原酒を熟成中の状態にあります。これはスコッチウイスキー業界全体の3分の1にあたる量なんですよ」

グレンバーギー蒸溜所は生産力に優れた蒸溜所で、ここでつくった原酒の98%がバランタインのブレンドに使用される。だから蒸溜所には、バランタイン関連の展示品も豊富だ。バランタインのウイスキーはもちろん、創業者のジョージ・バランタインに関する資料もある。ジョージ・バランタインがグレンバーギー蒸溜所を訪ねたことは一度もなかったが、この蒸溜所では彼の執務室が再現されている。テイスティングエリアの壁に飾られているかつての広告なども興味深い。

「バランタインは、ウイスキーをライフスタイルの一部として提案する広告を打った初めてのブランドだったんです。そのイメージはいつも現代的で、かつ都会的。バグパイプやキルトみたいな古いスコットランドのイメージではなく、サンモリッツでスキーをしたり、モナコでオートバイに乗ったりというイメージを提案してきました」

有名なバランタインのエンブレムには、ラテン語のモットー「Amicus Humani Generis(すべての人類の友)」が記されている。世界中で販売されているブレンデッドウイスキーに相応しいキャッチコピーといえよう。年間の販売量は750万ケース以上というから、世界で毎秒3本ずつ売れ続けている計算になる。グレンバーギーはその心臓ともいえる重要な原酒をつくってきたが、シングルモルトのブランドとしてはずっと無名だった。

「ここ2年間、バランタインのキーモルトをいくつか選んでシングルモルト商品として売り出しています。ある意味でバランタインのブレンドを分解し、その卓越した構成原酒にスポットを当てる試みです。消費者のみなさまに新しいチョイスを提案することで、バランタインというブランドへの信頼を高めていくことも重要。ブレンデッドウイスキーのブランドで、シングルモルトを発売するのはバランタインが初めてだと思います」

2017年7月には、バランタインブランドから15年熟成のシングルモルトが3種類発売された。ブレンドの基礎を固めるミルトンダフ、ブレンドの心臓であるグレンバーギー、魅力的なフィニッシュを加えるグレントファーズ。翌年の2019年6月には、スウェーデンで18年熟成のグレンバーギーも発売された。そして蒸溜所を訪ねた10月末の日に、ケン・リンジーは韓国からのゲストを迎え入れる準備中だった。ちょうど1週間前、韓国で「グレンバーギー12年」が新発売されたばかりなのだという。

スコットランドの10月末らしからぬ暖かい天候に恵まれ、ポカポカとした陽光を浴びながらグレンバーギー蒸溜所を後にする。ここから東へ国道A96を14kmほど進めば、エルギンの町に着くだろう。高級ウール製品で知られるジョンストンズ・オブ・エルギン、家族経営を守る独立系ボトラーのゴードン&マクファイル、それにグレンマレイ蒸溜所などがある町だ。

ゴードン&マクファイルには、美味しいサンドイッチが食べられるデリが併設されている。蒸溜所ツアーの合間に、手早くお腹を満たしたいのなら直行しよう。ウイスキーの冒険を続けるのに、ぴったりのランチとなること請け合いである。
(つづく)