1週間だけのウイスキー旅行:北ハイランド編(1) スキャパ蒸溜所
文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン
今回から始まる新シリーズは、スコットランド旅行を計画しているウイスキーファンのみなさまに実用的なアドバイスを提供したいという思いから生まれた。蒸溜所の数は増えており、今やスコットランドの旅程を決めるのも一苦労。長期休暇が取れない多くの人々(私もその1人だ)にとって、第一のポイントは訪問エリアを絞り込むことだ。ひとつの地域を1週間で効率よく旅するのが目的となる。
シリーズ第1回は、北ハイランドにフォーカスしよう。本土に加えてオークニー諸島も入れたエリアである。最善のルートは、北端のオークニーから旅を始め、本土に渡って南進するコース。逆に行く方法もあるが、かなりのリスクを覚悟しなければならない。というのも、オークニーで旅を終えた時点で悪天候や時化に見舞われたら、島に取り残されて帰りの飛行機を逃す可能性が生じるからだ。オークニーから旅を始めることで、そのリスクは減少する。もちろんオークニーへ渡る際に天候の影響を受けるかもしれないが、旅程全体へのダメージは最小限に留められるはずだ。
日本からはグラスゴーまたはエディンバラに飛び、すぐに乗継便でオークニーへ向かうのがおすすめだ。ローガンエアーが、カークウォール航空までの定期便を毎日就航させている。オンラインで簡単に予約可能で、値段も極めて良心的だ。カークウォール空港に到着したら、到着便に合わせて運行されているバスに乗るか、タクシーを利用して街の中心へと移動しよう。
オークニーでまる1日を過ごすなら、まず午前中にスキャパ蒸溜所を訪問して、午後にハイランドパーク蒸溜所の時間を多めにとるのが賢明である。スキャパ蒸溜所は、スキャパ・フローの沿岸にある。蒸溜所まではタクシーでも行けるが、カークウォール市街からスキャパまで歩いていくことをおすすめしたい。1時間くらいかかるが、海岸から蒸溜所へアプローチできるし、道中で見事な風景を堪能できる。スキャパ・フローは、オーストラリアのシドニーに次いで世界第2の規模を誇る天然の良港だ。時差ボケのせいで早朝から目覚めてしまうので、朝の時間を有効に使いながら時差に慣れよう。
スキャパ蒸溜所はハイランドパークのスチルマンとラナークシャー出身の化学者によって1885年に設立された。1954年にはハイラム・ウォーカー&サンズに買収され、1959年に設備を改修されている。だが1994年に蒸溜所は操業を停止し、1997年からはハイランドパークのスタッフが時折スキャパに出向いて、設備を維持するために蒸溜を続けていた。この時期はスキャパの「アルバイト時代」と揶揄されることもある。2004年になって、シーバスブラザーズが設備の増強を実施して全面的に操業を再開した。
「アルバイト時代」のスキャパは、純アルコール換算で年間にわずか10万Lしか生産できなかった。だが現在は、5人のスチルマンが24時間シフトで週5日間スチルを稼働させ、純アルコール換算で年間100万Lを生産する。原酒生産が激減した10年間があるため、スキャパのフラッグシップ商品は12年ものが14年になり、さらに16年に変わって、現在は年数表示のない「スキャパ スキレン」を主力にしている。
贅沢な少人数のツアーに参加
スキャパ蒸溜所がビジターに門戸を開いたのは、つい最近のことである。2015年3月に新しいビジターセンターがオープンするまで、蒸溜所にたどり着いた旅人は「一般のお客様の訪問はお断り」と明るい黄文字で書かれた標識を外から眺めるだけだった。現在は冬季なら週5日、夏季なら週7日でビジター向けのツアーが用意されている。ツアーへの参加にはオンラインの事前予約が必須だ。
スキャパのビジターツアーは、とても親密なムードのなかでおこなわれることが多い。よほどのウイスキーマニアでもない限り、普通の人がオークニーで蒸溜所見学に選ぶのはハイランドパーク。だから大型クルーズ船が寄港していない限り、ツアーはごく少人数で催行されることが多いのである。
スキャパ蒸溜所は、手作り感でいっぱいの蒸溜所である。そのため蒸留所内では、忙しそうに動き回る人々をよく目にするだろう。1966年まではモルティングも蒸溜所内でおこなわれていたが、現在は28トンの製麦済みモルトが週に2〜3回送られてくる。スキャパの生産単位は3トンで1バッチだ。
注目すべきは、1950年代に設置されたポーテウス社製の古いミル。3階建ての構造になっており、まず3階で計量され(計量機)、2階で小石やゴミが取り除かれ(選別機)、1階にある2セットのローラーに送られる第1ローラーで大麦の殻を開き、第2ローラーでグリストになるまで挽く。そして最後にエレベーターで階上のグリストホッパーへと運ばれていくのである。現場で見れば、実によくできた設備だと納得するだろう。
2004年に設置されたマッシュタンは、蒸溜所のなかでも比較的新しい設備のひとつ。ステンレス製のボトムに、銅製のトップというセクシーなデザインである。ここで伝統的な3回の糖化がおこなわれる。1回目のお湯は11,100Lで65°C。2回目は6,500Lで82°C。これをスプレー式にゆっくりとかき混ぜて糖分を取り出す。3回目のお湯8,800Lが92°Cで投入されると、次のバッチの1回目に使用される。
この1回の糖化行程から、13,500Lのワートができる。ワートはウォッシュバックに送られる。8槽あるウォッシュバックのうち4槽は1950年代から使用しているコールテン鋼製のウォッシュバックで、残りの4槽は2003〜2004年に導入されたステンレス製だ。1950年代以前はウォッシュバックも木製だったが、戦時中に蒸溜所で駐留した兵士たちが古いウォッシュバックで入浴したという逸話を聞かされた。
発酵にはドライタイプのウイスキー酵母をバッチあたり15kg使用し、ミキサーで溶解させた後でウォッシュバックに加えられる。リキッドタイプの酵母を使用しないのは、海上輸送中に劣化してしまうリスクがあるというオークニーならではの事情によるもの。かつてのスキャパ蒸溜所は、160時間というスコットランド最長の発酵時間で知られていた。だが2004年に操業が再開されたとき、80時間に短縮されている。
希少なローモンドスチルとご対面
スキャパ蒸溜所でのもうひとつのお楽しみはスチルルームだ。1959年製のローモンドスチルは、ハイラム・ウォーカー傘下のインバーリーブン蒸溜所で開発された希少品である。ストレート型のネックには精溜用のプレートが埋め込まれ、ラインアームは取り換え可能。プレートやラインアームを変えることで、特性の異なったスピリッツをつくり分けるのが設計の狙いである。
ローモンドスチルは全部で6基製造されたが、そのひとつがスキャパ蒸溜所に輸送されて、ウォッシュスチルとして使用されてきた。ネック内のプレートは1978年に取り除かれているが、今でもプレートをはめ込んでいたパッチ部分が視認できる。今でも現役のローモンドスチルは、スコットランドで2基しかない。ここスキャパ以外では、ブルックラディ蒸溜所の通称「アグリー・ベティ」があり、ボタニストジンをつくるのに使用されている。
ニューメイクの量は、バッチあたり約1,200L。2014年以来、ここで生産されたスピリッツは本土に送られてスペイサイドで樽詰めされている。現役の貯蔵庫は3棟のみで、どれもラック式だ。他の貯蔵庫はダンネージ式なのだが、安全上の懸念があって現在は使用されていない。訪問時には蒸溜所内に約15,000本の樽があったが、すべてスキャパのウイスキーという訳ではなく、ミルトンダフやグレンリベットなどの原酒も熟成中だ。これは災害などがあったときに蒸溜所のストックを守るための保険なのだという。同様にスキャパのウイスキーもスコットランド各地で熟成されている。
スキャパのシングルモルトに使用されるのは、ファーストフィルの樽に限られている。オークニーにおける「天使の分け前」はとても少なく、年間で1%以下だという。貯蔵庫で古い長期熟成原酒の樽を探しても無駄だ。現在のところ、一番古いものが1993年に蒸溜した原酒である。
「スキャパ・エクスペリエンス」というプレミアムツアーの最後には、カスクから直接取り出したウイスキーのテイスティングにありつける。現在このテイスティングに使用されているのは、2004年の素晴らしいバーボンバレル熟成原酒だ。このウイスキー1杯で、ツアー全体の値段(20ポンド)と同等の価値があるだろう。この他にニューメイク、「スキレン」、「グランサ」(ピーテッドウイスキーの樽で後熟した製品)もテイスティングできる。ビジターセンターで蒸溜所限定ボトルが購入できることは稀なので、あまり期待しないでおこう。
蒸溜所周辺の風景は格別に美しく、軽い散策の時間もとっておきたい。スキャパ蒸溜所の内部は撮影禁止なので、写真を撮れるのは屋外だけである。この方針は最近のスコットランドでは珍しくなく、健康と安全に関する政府規制が強化されたことへの対応である。ウイスキーファンとしては不満もあるが、蒸溜所側が私たちの喜びを否定したい訳ではない。単に規制のせいで、致し方ないことを心に留めておこう。
スキャパでの用事をすべて終えたら、カークウォールの街に戻ってランチを食べよう。ハイランドパークであれこれ味わう前に腹ごしらえだ。聖マグヌス大聖堂そばの「The Reel」はランチが素晴らしいし、時間が許せば大聖堂も見学できる好立地である。
次回のハイランドパーク編もどうぞお楽しみに。