1週間だけのウイスキー旅行:北ハイランド編(5) バルブレア蒸溜所
文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン
美しいテインの近郊には、長い歴史を持つウイスキー蒸溜所が2軒ある。バルブレアとグレンモーレンジィだ。最善のプランは、まず午前中をどちらか1つの蒸溜所に費やし、昼食をとるためテインの町に戻って、午後にもう1つの蒸溜所を訪ねるパターンだ。
そんな訳で、まずはバルブレアへ向かおう。蒸溜所で出迎えてくれたのは、ジョン・マクドナルド。バルブレアの長い歴史に誇りを持っている蒸溜所長だ。「バルブレアの記録を遡ると、ウイスキー法制化以前の1749年にまで遡る資料があるんだ。1715年の日付が記された銅製スチル2基の領収書も発見されて、テイン博物館に収蔵されている。つまりバルブレアは、スコットランド最古の蒸溜所のひとつかもしれない。もちろん当時は密造だけどね。最初の蒸溜所は丘の上にあったが、その土地を購入した人たちが蒸溜所の歴史を細かく調べている。だからもっと詳しいことが明らかになるんじゃないかと期待しているんだ」
エダートン村にあるバルブレア蒸溜所は、1790年にジョン・ロスが設立した。1824年に息子のアンドリュー・ロスに引き継がれ、さらにその息子が後を継いだ。19世紀末まではロス家の手にあったようだ。だが鉄道がバルブレアの近くを通ることになり、ロス家はこれを好機と見て事業を売りに出した。インヴァネスのワイン商であるアレクサンダー・コーワンが蒸溜所を購入し、1894年に設備を改修。その後、さらに鉄道に近づけようと800m北へ移転した。
だが蒸溜所は1911年に生産休止となり、第1次世界大戦中は英国陸軍に接収されてしまう。ウイスキーの生産が再開したのは1949年のこと。オーナーが転々と移り変わったが、1996年にインバーハウス・ディスティラーズが買収し、2007年から「ヴィンテージ」の戦略を実行に映した。熟成年数ではなく、ワインのように生産年で管理するスタイルである。それ以来、バルブレアは目覚ましい成長を続けてきた。
ジョン・マクドナルド蒸溜所長は、自分が蒸溜所の新参者なのだと冗談めかして言う。
「ここに来てまだ12年だからね。他の人たちはもっと長いんだ」
自分からは語らないが、バルブレアの前にグレンモーレンジィで17年働いていたのでウイスキーづくりに関してはベテランである。グレンモーレンジィでは副蒸溜所長まで務めたが、バルブレア蒸溜所長のポストは二つ返事で引き受けた。
「ずっとバルブレアのファンだったからね。かつての『バルブレア16年』が特に好きだった。悪い話じゃないし、断る理由なんかなかったよ」
バルブレアのウイスキーづくりは、通年で働く8人の男が担っている。面白いことに、創業者と同じロス姓の者が多く、メンバーの大半が副業を持っている。副蒸溜所長のノーマン・レインは農家で、アラン・モアはロブスター漁師。バルブレア勤続39年のマーティン・マクドナルドはバス運転手で、アラン・ロスは大工。マイク・ロスは熱心なゴルファーでもある。ジョン・ロスという名前の男が2人いるが、その1人は「ペインター」と愛称される画家である。もう1人のジョン・ロスは「タガート」と呼ばれているが、これは警察官のことだ。余暇はボランティア巡査として活動しているのである。
重要なのは一貫した品質
ジョン・マクドナルドは「もっとも大切にしているのは品質だ」と誇らしげに語る。蒸溜所長になって生産工程に変更を加えたことがあるかと尋ねると、ジョンは首を横に振った。
「生産方式はまったく変えていない。故障以外で設備を変更するのはよくないし、変化が吉に出るとは限らないからね。ディスティラーにとって一貫性ほど重要なものはないんだ。バルブレアのニューメイクは素晴らしいから、最初からアドバンテージをもらっているようなものさ」
マッシングに使用する水は、7km先から採取している。蒸溜所とエダートン村に供給するため、川から人工の水路を引いているのだ。軟水で純度も高く、簡単な濾過もおこなわれている。水源の名前は「アルト・デアーグ」で、「赤い水」という意味。その名の通り、鉄分が豊富なので赤みがかった色をしている。
バルブレアでは、1976年以来モルティングがおこなわれていない。かつてのモルティングフロアは、現在ビジターセンターに改修されている。製麦済みの大麦モルトはモルト業者から購入するが、スコットランドをはじめ世界中の蒸溜所がモルトを業者から調達している。現在使用している品種はコンチェルトとクロニクルで、毎週60〜80トンが蒸溜所に届く。大麦モルトを入れる大型容器は10個あり、全部で300トンのモルトを保管することも可能だが、ジョンは設備を満杯にしたくないのだと言う。
入手した大麦モルトは、1965年に製造されたポーテウス社のミルで粉砕される。同社のシリーズで2番めに大型のモデルだ。1時間半で4.5トンの大麦モルトを粉砕し、ハスク(殻):グリッツ(粗挽き):フラワー(粉)は30:60:10の割合にする。バルブレアのマッシュは、1回で4.4トンのグリストを使用している。セミラウター式のマッシュタンに1回目のお湯(14,000L)が69°Cで投入され、65°Cまで温度が下がるのを待つ。2回目のお湯(7,000L)は80°Cで投入され、3回目のお湯は(16,200L)は90°C以上だ。すべてをひっくるめると1回で6時間ほどのマッシュから19,300Lのワートができる。このワートはポンプで熱交換器に送られ、温度が63°Cから18.5°Cまで冷やされた時点でウォッシュバックへの投入準備が完了する。ウォッシュバックは6槽あり、どれもオレゴンパインの木製だ。6槽のうち2槽だけ少しサイズが大きい。25分かけてウォッシュバックにワートを投入し、酵母が加えられる。現代はこのプロセスもシンプルになった。ボタンを押すだけで、リキッドタイプの酵母が70~80Lほどウォッシュバックにポンプで送られる。
蒸溜所が稼働するのは週5日間で、稼働日は24時間体制のため3交代制のシフトで回している。週末の2日は休業となるため、発酵時間は長短2つのバージョンを併用することになる。日曜日から火曜日にスタートすれば、発酵時間は3日間(65時間で酵母は80L)。水曜日から金曜日にスタートすれば、発酵時間が110時間以上(酵母は70L)。どちらも発酵後のアルコール度数は約10%になる。
さて次は蒸溜工程だ。以前はマッシュ7回分でウォッシュスチルを8回満たす変則システムだったが、現在は分量を調整してバランスをとっている。ウォッシュスチルには19,300Lのウォッシュが充填され、約6時間かけて初溜がおこなわれる。排出される約6,500Lのローワインは、そのままスピリットスチルへ。フォアショッツ(前溜)が10分、ハート(中溜)は2時間〜2時間半、フェインツ(後溜)は3時間で、約2,500Lのスピリッツができる。この蒸溜工程は2011年以来コンピューター制御となっており、人間の作業が入り込む余地はない。人間の役割は、コンピューターがしっかりと仕事をしているか監視することぐらいである。
スチルに取り付けられたラインアームは、昨年フォーサイス社によって取り替えられた。この修理のため、スチルの上部を取り外したのだという。ラインアームは下向きで、コンデンサーは屋外にある。屋外なので蛇管式かと思いきや、コンデンサーは多管式である。これは生産エリアのスペースに余裕がないため。限られた空間をフル活用しなければならない。以前はヘッドとテイルを蒸溜する第3のスチルもあったが、蒸溜棟が手狭になって6年前に撤去された。このスチルは現在ロセス村で展示されている。
映画の舞台となった貯蔵庫
バルブレアは、純アルコール換算で年間110万Lのスピリッツを生産している。その内訳についてジョンが説明してくれた。
「全体の15%はシングルモルト用。あとの85%はシーバスブラザーズ、ホワイト&マッカイ、ジョニーウォーカーなどのブレンド用に取引されているよ」
ジョンが重視しているのは「lpa」という単位で表されるアルコール収率(原料モルト1トンあたりから得られる純粋なアルコール量)だ。
「インバーハウス傘下には5つの蒸溜所があって、アルコール収率を競い合っているんだ。目標値は、1トンあたり405lpa。バルブレアでは先週411lpaを出しているから優秀なものさ」
樽詰めする日は、厳密には決まっていない。度数はスピリッツスチルから流れ出る「レシーバーストレングス」(約68%)で樽詰めされる。使用する樽の大半はバーボン樽で、シェリー樽が使用されるのは後熟(フィニッシュ)用がほとんどである。スタッフの1人が説明してくれた。
「ファーストフィルのシェリー樽で熟成すると、ウイスキーが黒っぽくなるし、シェリーの風味が強すぎるんだ。バルブレアとスピリッツのタイプがよく似ているバルヴェニーでも、同じ話を聞いたことがあるよ。でもザ・ウイスキー・エクスチェンジの人たちは、どういう訳かそのコーラみたいなウイスキーがお気に入りで、シェリー樽熟成の原酒を喜んでボトリングしている」
貯蔵庫は8棟あり、計19,000本の樽が熟成中だ。8棟のうち4棟は新築で、4棟は昔からある。現在は使用されていない貯蔵庫も2棟ある。貯蔵庫はすべてダンネージ式で、樽は3段積み。秋になると、貯蔵庫内の樽の上部には露が降りることもあるだろう。
第3貯蔵庫はケン・ローチ監督の映画『天使の分け前』のロケ地だったので、映画ファンなら見覚えがあるかもしれない。幻のウイスキー「モルトミル」をテイスティングするシーンに、ここで働くジョン・ロスとノーマン・レインの2人も登場している。見学中に当のジョン・ロスとばったり出会ったので、映画出演の体験について感想を尋ねてみた。「幻のウイスキー『モルトミル』の樽を開栓する役だったよ。ほんの数秒のシーンだけど、撮影に3時間もかかった。今となっては笑い話だね。撮影隊は1週間以上滞在したけど、ウイスキーづくりは平常通りおこなわれていた。ウイスキーづくりの邪魔だけはしないでね、というのが唯一のお願いだったんだ」
蒸溜所長室で新旧のバルブレアをテイスティングする。その前に、ジョン・マクドナルドに訊いてみたいことがあった。バルブレアでは、ピーテッドモルトをつくったことがあるのだろうか?
「ああ、2回やったよ。2010年と2011年だ。ブレンディング用に試してみたいという会社の要望だった。なかなか上出来で、複雑な個性みたいなものも感じられた。でも個人的にはクラシックなバルブレアが好みだね。根っからのハイランド人だから」
そんな言葉に、スチルマンのジョン・ロスもうなずく。
「憶えているよ。2011年に3~4週間ほどピーテッドモルトを蒸溜したとき、生産エリアは灰皿みたいな匂いがしていた。あの匂いだけは、どうしても好きになれなかったなあ」
ジョン・ロスは、蒸溜所で勤続24年になる。入社以前の子供時代もここで遊んで育ったそうだ。蒸溜所で嫌いな仕事はあるかと尋ねると、すぐに答えが返ってきた。
「シフトの夜勤だね。あとはウイスキーへの批判を目にすると腹が立つ」
なるほど。逆に楽しいことは?
「やはりボトリングされた製品を眺めることだね。1994年以降につくられたバルブレアは、間違いなく自分の手でつくったものだとわかる。これは俺のウイスキーなんだぞという気持ちかな」
バルブレア蒸溜所は魅力にあふれた場所で、何日滞在しても飽きることがないだろう。だが旅は続くし、残された時間は短い。残念だが、ランチのためにテインの中心部に戻ることにしよう。
昼食に1時間くらい割けるなら「グリーンズ・マーケット・レストラン」がおすすめだ。時間を節約して周囲の散策に費やしたいのなら、有名な「ウィリアム・グラント・ベーカリー」でパイを買ってリュックサックに入れておこう。このパイは人気なので、なるべく昼までに買っておきたい。腹ごしらえが済んだら、次の目的地であるグレンモーレンジィ蒸溜所に向かおう。