北スペイサイドを1週間で巡る旅も最終回。スペイサイドを少し外れたノックの町で、ノックドゥー蒸溜所のあたたかな歓待を受ける。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

北スペイサイド地方のウイスキー蒸溜所を巡る旅も最終回。7軒目に訪ねるのはノックドゥー蒸溜所だ。キースから15kmほど東へ移動してノックの町に降り立つ。ついでに訪ねられるような場所ではないので、ほとんどの人は最初からノックドゥー蒸溜所への訪問を敬遠する。これは本当に残念なことだ。ここは疑いもなく地域でもっとも面白い蒸溜所のひとつだし、スコットランドでも指折りのシングルモルトウイスキーをつくっている場所なのだから。働いている人々も、業界内で際立つぐらいに魅力的だ。

厳密に言えば、ノックドゥー蒸溜所は一般公開をしていない。だが訪問者は誰でもあたたかい歓待を受けるだろう。手続きは簡単だ。事前に蒸溜所に連絡をとって、訪問したい日時を知らせておけばいい。今回は寒い11月の金曜日の午前中だったが、蒸溜所長のゴードン・ブルースが2匹の愛犬と一緒に出迎えてくれた。彼は4匹の犬を飼っているが、この2匹の名はアルフィー・ブルースとメイジー・ブルースである。

ゴードン・ブルースはウィックの出身だ。昨年のシリーズ「1週間だけのウイスキー旅行:北ハイランド編」でも訪問した町である。1988年8月に、そのウィックでウイスキー業界の仕事を始めている。

今年で創業125周年を迎えたノックドゥー蒸溜所。シングルモルト「アンノック」の故郷としても知られている。

「プルトニー蒸溜所の事務所を直接訪ねて、何か仕事はないかと聞いてみたんです。幸運なことに、2週間後から働き始めましたよ。内緒ですが、当時はあまりウイスキーが好きではなかったんです」

ゴードン・ブルースはマッシュマン(糖化担当)、スチルマン(蒸溜担当)、アンダーブルワー(副発酵部長)、ブルワー(発酵部長)を歴任し、1994年にバルブレア蒸溜所へと転勤になる。そして2006年にここノックドゥー蒸溜所へとやってきた。そのいきさつを説明するには、蒸溜所の歴史を学ばなければならない。

ノックドゥー蒸溜所は、ディスティラーズ・カンパニー社(後のディアジオ)によって1893年に設立された。この場所が選ばれたのは、鉄道へのアクセスがよく、地元産の大麦やピートも手に入れやすかったから。蒸溜所は1983年までディスティラーズ・カンパニー社の傘下にあったが、この年から休業を余儀なくされた。当時のスコットランドでは、多くの蒸溜所が同じような運命を辿っている。やがて1988年にインバーハウスがノックドゥーを買収し、翌年2月に生産を再開。2001年にインバーハウスを買収したパシフィック・スピリッツ・UKは、2006年にタイ・ビバレッジの傘下に入った。

2006年には、インバーハウスが所有する蒸溜所で蒸溜所長たちの配置換えがあった。このときゴードン・ブルースに任されたのがノックドゥー蒸溜所なのである。一緒に蒸溜所を歩き回っていると、彼がこの蒸溜所で楽しく働いており、自分の赤ちゃんのようにかわいがっていることがわかる。

「通勤時間は45秒ですよ。今は通りを隔てた別宅に住んでいますから」

別宅は居心地がよく、本当の家は散らかり放題なのだという。ゴードン・ブルースは、自分が幸せな男だと心から思っている。なぜならスコットランドで最高の蒸溜所チームと一緒に働いているからだ。そのメンバーはウイスキー生産が6人、パートタイムのツアーガイドが2人、犬が2匹、そして蒸溜所長の自分という構成である。

「全員あわせたら170年以上の経験があることになりますよ。ここではすべてが手作業です。ウイスキー業界がどんどんテクノロジー頼みになるにつれ、仕事のコツを忘れて技術を失ってしまう危険も増しています。自動化されていないノックドゥー蒸溜所では、みんな忙しくシフト制で働き、いつでも仕事に集中しなければなりません。でもみんな職場に来ることを楽しみにしているし、仕事自体も楽しくこなして、満ち足りた気持ちで家に帰ります。こういう職場の幸せな感じは、製品の品質にも現れてくると思うんですよ」

 

手作業中心でフル稼働

 

2006年以来、蒸溜所は週7日稼働している。やるべきことは決まっているので、全体の管理は1人いれば十分だ。蒸溜所ツアーはまず古いキルンからスタート。1967年まで、ここでは原料の大麦を乾燥させて製麦していた。ゴードン・ブルースが説明する。

「小さなキルンです。処理能力は週に23〜25トン。だから製麦済みの大麦モルトを余所からも調達していました」

現在、キルンの一部は博物館に改修すべく工事中だ。博物館でもなければ捨てられてしまいそうな古い設備が、すべてここに集められているのだ。

「博物館も手造りのプロジェクトです。まあ、この蒸溜所ではすべてがそうなのですが」

キルンには木製の大型容器も2槽あるが、その話はまたあとですることにしよう。

以前のノックドゥーでは、原料の大麦がよく変更されたのだという。近年はコンチェルト種とローレイト種を使用してきた。年間のほとんどがノンピートの大麦モルトだが、シーズンの最初と最後にピーテッドモルトを使用する。

「ピーテッドモルトのフェノール値は45〜48ppmです。アバディーンシャー産のピートなので、スモーク香に薬っぽさはありません。どちらかといえば木を燃やしたようなスモーク香ですね。もう120年前から使っているおなじみのピートです」

ポットスチルは1対のみで、初溜はもろみを2回に分けておこなう。ラインアームの先には、今や珍しくなった蛇管式コンデンサーが取り付けられている。

バッチあたり5.1トンの大麦モルトで、週に20バッチが生産される。大麦モルトを粉砕するのは、ポーテウス社製の4ロール式ミル。設置されたのは1964年だが、今でも完璧に動いている。1バッチ分を粉砕する時間は約75分だ。

糖化に使用するセミラウター式のマッシュタンには、美しい真鍮と銅でできた蓋がついている。お湯は3回投入する標準的なスタイルで、温度は64.5°C(1回目)〜92°C(3回目)。糖化工程が終わると、クリアな22,500Lの麦汁ができる。

発酵は少し変わっている。1964に設置されたオレゴンパイン材のウォッシュバック(木製発酵槽)が6槽あり、まずはそこで麦汁にクリームイーストを加えて42〜44時間発酵させるが、その後もろみはポンプで2槽ある別の発酵容器(古いキルンで見たあの木製の大型容器)に送られて16時間さらに発酵される。ゴードン・ブルースが2013年に実用化した画期的な方法だ。通常の発酵槽だと底にある麦汁まで酵母がたどり着けないので、ポンプで別の発酵容器に送って偏りを是正するのだ。

この木製の発酵容器は、姉妹蒸溜所のスペイバーンから譲り受けたものである。スペイバーン蒸溜所では拡張工事に伴ってステンレス製のウォッシュバックに変更したので、この容器が不要になった。引き受けたノックドゥーでは古い容器も保存しておきたかったが、収納できる唯一の場所が古いキルンだったという訳だ。以上がノックドゥーの珍しい発酵スタイルである。もろみは蒸溜棟のウォッシュチャージャーに移されてからも4時間放置されるので、3箇所にまたがって3段階の発酵を経ることになる。

蒸溜棟にあるポットスチルは1対のみ。まず発酵槽の半分量にあたるもろみが初溜釜に送られて4時間蒸留される。残りの半分も同様なので、初溜に合計8時間かかる計算だ。初溜でできたローワインをあわせ、さらに前回の再溜で残ったフォアショット(前溜)とフェインツ(後溜)も加えて再溜に入る。ハートは通常3時間で、アルコール度数76%~62%のスピリッツを取り出す。ただしピーテッドモルトが使用されているときは、大麦品種にもよるがカットポイントがやや低くなる。

ローテクながら環境保護にも真剣

 

初溜の産物であるローワインは、小さな横長の多管式コンデンサーを通って長さ58mの蛇管式コンデンサーに入る。これが再溜時のスピリッツになると蛇管式コンデンサー(59m)だけで液化される。面白いのは、この2つの蛇管がひとつの容器に入れられていることだ。スコットランドでも珍しいスタイルである。

「何事も分け合うことでうまくいくんですよ」とゴードン・ブルースは冗談めかして言う。

あるとき訪ねてきたスカンジナビア出身のウイスキー愛好家グループには、訪問する各蒸溜所の仕込み水で沐浴しなければ気が済まないという奇妙なこだわりがあった。ノックドゥーでそれが叶わないとわかったとき、彼らは代替案を思いついたのだという。ゴードン・ブルースが蒸溜棟に入って目を離したすきに、何人かの男たちが服を脱いで蛇管を冷却する水槽に飛び込んだ。そこでしばしぬるま湯に浸かり、即席の露天風呂を楽しんだのである。

蒸溜されたスピリッツは、タンクローリー車でエイドリーにあるインバーハウスの施設に運ばれる。だが一部は蒸溜所内で樽詰めされるものもある。ゴードン・ブルースによると、現在のところ年間に生産されるスピリッツの約18%がシングルモルト用になるという。

貯蔵庫を案内してくれたゴードン・ブルースと2匹の愛犬(アルフィーとメイジー)。あたたかな歓待を決して忘れることはないだろう。

かつては貯蔵庫が3棟あったが、2010年の初頭に事故が発生した。スコットランドのほぼ全域で損害をもたらした大雪が原因だった。2010年1月10の午後10時頃、ゴードン・ブルースが犬の散歩をしていると、1棟の貯蔵庫の屋根が積雪の重みで崩れ落ちた。午前3時頃には2棟目の屋根も大きくたわんできたが、幸いなことに最悪のシナリオは回避。蒸溜所内で熟成していた2,480本の樽のうち、失ったのはわずか18本で済んだ。

その後、築115年の貯蔵庫から古い石が運び出されて、真新しいダンネージ式貯蔵庫の建築に利用された。2012年6月に完成した新貯蔵庫は、1,200本程度しか収容力できない。だが会社の需要を考えたら、そのくらいで十分なのだという。ノックドゥーのパゴダを図案化した2つのステンドグラス(ジェーン・ベイリス 作)が窓に埋め込まれて、建造物としても美しい。

シングルモルト用のスピリッツは蒸溜所内で熟成される。バーボンバレルとシェリー樽に、加水なしで詰めている。ここ3年は、ゴードン・ブルースが「ゴージャスなウイスキー」と評価するバッファロートレースからバーボンバレルを調達してきた。最古の原酒といえば、1978年に樽詰めされた4本のシェリーバットだ。テイスティングさせてもらったが、すでに見事な味わいのウイスキーである。

ゴードン・ブルースは、蒸溜所のリーダーとして環境保護にも真剣に取り組んでいる。これまでも特別なテクノロージを使わず、発想の転換で35%ものエネルギー消費を削減した。そんな一例が、蒸溜所の裏に広がるヨシ原だ。これは蒸溜時の廃液を自然分解させるため、彼が指揮をとって植えさせたもの。ヨシがさまざまな栄養素を吸収して、浄化された水を川に返すことができる。

「2万株のヨシを植えることで、鳥や蜂や他の虫たちの居場所ができました。この方法によってハイランドの道路を走るタンクローリー車を減らし、年間で45トンもの二酸化炭素排出を減らすことができます。おいしいウイスキーをつくるだけではなく、環境に優しい蒸溜所にするのも大切な目標ですから」

蒸溜所ツアーの後は、アンノック銘柄のウイスキーをじっくりと味わった。ちなみにアンノックという銘柄名にしたのは、綴りのよく似たノッカンドゥー蒸溜所との混同を避けるためである。素晴らしいウイスキーを楽しんで蒸溜所に別れを告げるまで、蒸溜所長はもちろん犬のアルフィーとメイジーもずっと付き添ってくれた。

今回のシリーズは、これでおしまい。まだウイスキーの旅を続けたい人は、ここから海沿いのグレングラッサ蒸溜所を目指してもいいし、Uターンしてスペイサイド中心部を巡るのもいいだろう。来年も1週間限定の蒸溜所めぐりは続ける予定だ。再びスコットランドのどこかで楽しい旅をご一緒しよう。