ファッションや音楽など、クリエイティブな世界のリーダーたちもウイスキーのブランド価値を代弁してくれる。3回シリーズの最終回。

文:ライザ・ワイスタック

 

エンゲージメントという概念を古くから導入している業界といえば、ファッション業界がすぐに思い浮かぶ。ビームサントリーがファッションの王国に分け入ったのは2019年初頭のこと。「リージェント」の発売時に、アメリカの著名デザイナーであるトッド・スナイダーとコラボした。

「リージェント」は、ジムビームのクラシックなケンタッキーストレートバーボンをさらにワイン樽とシェリー樽で後熟し、サントリーのチーフブレンダーを務める福與伸二が他のケンタッキーストレートバーボンとブレンドした特別なウイスキーだ。東西の感性が出会った限定ボトルのバーボンを体現するため、トッド・スナイダーのシグネチャーアイテムである「ディランジャケット」を土台にしたセルビッジデニムジャケットが発表された。これは日本製デニムにウイスキーを思わせる琥珀色の染料をあしらい、裁断と縫製をアメリカで仕上げたものだ。

トップデザイナーのトッド・スナイダーが、特別な樽熟成を施したバーボン「リージェント」を味わう。ブレンディングはサントリーの福與伸二チーフブレンダーが担当した(メイン写真はバルヴェニーを味わうクエストラブ)。

2020年秋には第2弾のエディションがコレクションがリリースされたが、この利益の50%はアジア系アメリカ人に対する人種差別反対を訴えるNPO団体「Stop AAPI Hate」に寄付されることになった。このコラボについて、ダン・コーエンは次のように説明している。

「リージェントという特別なウイスキーを多くの人に知っていただくためのコラボレーションでした。リージェントを知らないトッド・スナイダーのファンのみなさんに、このウイスキーの世界観を体験してもらうのが狙いです。でもいちばん大事なのは、ファッションを通して背後の意義深いストーリーを伝えていくこと。アメリカの伝統であるデニムに、日本の感性を組み合わせるというコンセプトがコラボの本質でした」

アイリッシュウイスキーのダブリナーもまた、アメリカでブランド認知を高めるためにファッション界との協働を模索した。チームを組んだ相手は、ニューヨークを基盤とするストリートウェアの「Bウッド」。コラボとして、特別なデザインのジャケットを発売した。親会社のクイントエッセンシャル・ブランズで国外マーケティングディレクターを務めるマーティン・ピーターズは、Bウッドが理想のパートナーである理由を次のように説明する。

「ダブリナーというウイスキーブランドは、ダブリンという都市の精神を称えています。このブランドをアメリカ市場で知ってもらうため、ウイスキーによって生まれ故郷のダブリンを表現しようと考えたのです。そこで必要になるのは、クールで、トレンディで、エッジの効いたダブリンの文化を愛する会社、アーティスト、パフォーマーたちです」

ダブリナーのチームが目をつけたのは、アイルランド西部のスケートボードチームやミュージシャンたちだったという。

「ウイスキーマニアたちが複雑な樽熟成のプログラムについて語る旧来のマーケティングではなく、アイリッシュウイスキーの新しいトレンドを支えている若い世代に訴えかけたかったのです。そういったテーマのほうが、ずっとインクルーシブなブランド訴求を可能にしますから」
 

クエストラブとバルヴェニーの豪華な協働

 
ウイスキーブランドがエンターテイナーやミュージシャンたちと手を組むのは、まったく珍しいことではない。だがその中でも一歩先を行っているメーカーが、ウィリアム・グラント&サンズだ。バルヴェニー、グレンフィディック、モンキーショルダーなどのブランドを擁するウィリアム・グラント&サンズは、昨年10月に「クエスト・フォー・クラフト」と題されたデジタルシリーズのプレミアショーを開催した。

ホストを務めたのは、ミュージシャンや映画監督として活躍するクエストラブ。トレイラー映像では、シリーズについて「規格外の素晴らしいものを創造するために、いつまでも続く妥協のないこだわり」と説明している。パンク界の伝説パティ・スミス、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェル、コメディアンでサタデー・ナイト・ライブの放送作家も務めるマイケル・チェなどの豪華な顔ぶれが、各々のクリエイティブな秘密について語ってくれるという内容だ。

背後に豊かなストーリーを持ったブランドや人物同士が手を組むコラボレーション。それぞれの世界観を広げられるウィン・ウィンの関係だ。

アメリカ市場でウィリアム・グラント&サンズのシングルモルトスコッチウイスキーを担当するグレッグ・レヴィン(マーケティング部門バイスプレジデント)は、クラフツマンシップに対するバルヴェニーのこだわりを当然のこととして強調する。何しろ今でも独自に大麦を栽培し、フロアモルティングを続け、蒸溜所内に樽職人や銅加工職人を雇っている数少ない蒸溜所のひとつなのだ。

「私たちは伝統的なアプローチに根ざしながらも、新しいプロセスやバリエーションも試しながら、革新的なウイスキーづくりを目指しています。このように独創的な好奇心を象徴する人物を探していたところ、クエストラブにたどり着きました。音楽に対するクエストラブのアプローチはしっかりとした理論を土台としながら、実験的な要素も大いに取り入れています。その背後には、究極のクラフツマンシップとクリエイティビティが出会う場所を探し続ける強固な意思があるのです」

ウィリアム・グラント&サンズとクエストラブのコラボは、他のブランドでよく見られるセレブリティとのアイアップとは質的に異なる。ただブランドの顔になってもらうだけでなく、シリーズを重ねていくために自発的な関与が求められているのだ。

レヴィンによると、クエストラブと話し合う前から、バルヴェニーのチームに目標とする成果物の具体案があったわけでもなかった。「クラフト」という漠然とした概念を超えて、クエストラブとシングルトルトの理想は、最終商品であるバルヴェニーに現れると考えてもいい。

「そこまでに費やしたすべての思考、時間、物事が、最終的な成果物であるウイスキーに結実しています。クエストラブは、その過程を理解しているのです。グループで働く個々人が、それぞれ別の役割を担う専門家として成果に貢献する。ちょっと注意して深く観察すれば、それぞれの面白いニュアンスのようなものも見えてくるでしょう。私たちがつくるウイスキーにはファンがいて、彼らは同じブランドのウイスキーを何度も買い求めてくれます。この体験をきっかけにして、ファンたちは新しいウイスキーと出会うこともできるのです。大好きなミュージシャンや歌に何度も惹きつけられながら、新しい音楽の世界を開拓していくプロセスにも似ていますね」

それは完璧なパートナーシップすべてに共通することかもしれない。各々がインスピレーションを与え合うことで、世界を広げていくのがコラボレーションの目的なのだから。