ピートの基礎知識【前半/全2回】
スコッチウイスキーを特徴づける香味として、いつも愛憎の対象になるピート香。あらためて基礎から学びなおす2回シリーズ。
文:マット・ストリックランド
ウイスキーファンの中にも、ピート香が嫌いな人はいる。逆にピート香がなければ飲んだ気がしないというマニアもいる。あらゆるウイスキーにおいて、スモーキーなピート香ほど特徴的なフレーバーもないだろう。強烈な個性ゆえ、好みが両極端に分かれるのも当然だ。
ウイスキーに含まれるピート香は、スモーク、クレオソート、塩水、土っぽさなどのさまざまなニュアンスで表現される。繊細なピートのアロマがほんのかすかに香るウイスキーもあれば、圧倒的にスモーキーなピート香を土台にしたウイスキーもある。そんなヘビリーピーテッドのウイスキーは、まるで燃え盛る火刑台のように強烈な味わいだ。ウイスキーにおけるピートの風味は多様である。
ピートの効いたウイスキーは、多くがスコットランドのシングルモルト蒸溜所で製造されている。特にアイラ島は、蒸溜所のほとんどがピーテッドモルトを使用したウイスキーを生産していることから聖地のように扱われる。また本土のハイランド地方でも、ピーテッドモルトを使用する蒸溜所は少なくない。
伝統的にピート香を排除してきたスペイサイド地方でさえ、ピーテッドモルトを使用する蒸溜所がいくつかある。さらにいえばアメリカや日本などでもピートは使用されているが、今回は詳細を省いておく。ここではスコッチウイスキーのピート香に関する基礎知識をおさらいしてみよう。
ピートは泥炭や草炭とも呼ばれる石炭の親戚だ。気温が低く水に浸かっているため、植物が完全に分解されないまま堆積した土のことを指す。沼地や湿地帯のような場所で育った植物が枯れると、空気に触れないまま長い年月をかけて土壌の中に圧縮されていく。このように堆積した泥炭湿地が、スコットランド各地に点在している。
人類は何千年にもわたってこのような湿地帯のそばで暮らし、泥炭を生活に利用する知恵も発見してきた。地面から泥炭を掘り出して乾燥させると、石炭ほどの効率はないが便利な燃料になる。そのため地域によっては、薪の代わりに泥炭を暖炉にくべて部屋や食事を暖める風習が根付いた。
製麦時の燃料となる薪や石炭が入手できないウイスキー生産者は、熱源として地元産の泥炭を使うようになった。このときモルトについた燻香が、独特なスタイルのウイスキーに仕上がったという訳である。
フェノール化合物のいろいろ
大麦を水で濡らして発芽させた大麦モルト(麦芽)は、高温の空気に晒して乾燥することで成長が止まる。この製麦工程で、無香の空気を麦芽に当てればノンピートのモルトができる。だがピートを燃やした煙が混じることで、独特の香味を持ったピーテッドモルトになるのだ。
多くのウイスキー蒸溜所はモルトスター(製麦業者)からモルト原料を調達するが、その際にピーテッドモルトの仕様を細かく指定できる。重要な指標は、それぞれの蒸溜所が好むピート香の強さだ。ピート香の度合いは、フェノール化合物の含有量(ppm)で測定される。
フェノール化合物には、グアイアコール(焦げたスモーキーな香り)、クレゾール(石炭とタールの香り)、オイゲノール(クローブの香り)などが含まれる。ライトリーピーテッドのモルトは1~10ppmで、ミディアムピーテッドは10~25ppm程度だ。
スモーキーな香味で有名なウイスキーの多くは、それよりもフェノール値の高いヘビリーピーテッドのモルトを原料とする。主な数値はハイランドパーク(20ppm)、ボウモア(25ppm)、ラガヴーリン(35 ppm)、レダイグ(35 ppm)、ポートシャーロット(40 ppm)、ラフロイグ(45 ppm)、アードベッグ(50 ppm)、ロングロウ(50 ppm)、ブラックピッツ(55 ppm)、オクトモア(80 ppm)など。もちろんフェノール値は目安であり、ピートの採掘地やフェノール化合物の内訳によってスモーキーな印象は異なってくる。
ピーテッドモルトの製麦は、発芽大麦に泥炭の煙を通すことで完成する。スモーキーな香味を含む化合物は、大麦がまだかなり湿っている状態で最もよく付着し、穀物内の水分量が重量あたり15~30%のときに最もよく吸収されるのだという。
製麦業者は、発芽大麦1トン当たり約200kgのピートを窯焚きしてピーテッドモルトを作る。工程が終わると、製麦業者はピーテッドモルトにノンピートモルトをブレンドし、顧客が希望したピート仕様に合わせて納入するのだ。
(つづく)