採掘地や製造工程によって、ウイスキーのピート香はさまざまなニュアンスを見せてくれる。だからこそ、スモーキーな香味の探求は尽きることがない。

文:マット・ストリックランド

ウイスキーの個性に影響を与えるのは、ピートやフェノールの量だけではない。ピートの採掘地が変われば、ウイスキーの香味にも大きな違いが現れる。このテーマについては、もう数十年にわたって業界内で研究が続けられてきた。その結果、多くのウイスキーメーカーが以前から認識していた「ピートはすべて同じではない」という常識があらためて定着している。

スコッチウイスキー研究所(SWRI)のバリー・ハリソンが率いる研究チームは、2006年に具体的な研究成果を公表している。アイラ島のピートにはリグニンが多く含まれ、これがスピリッツに蒸溜されても豊かなスモーク香をもたらす。だがオークニー諸島のピートには、炭水化物に富んだ成分がより多く含まれているという事実も判明したのだ。

同じ島嶼部のピートでも、原料となる植物の構成によってピート香は異なる。ハイランドパークのピートには、ヒースの花のようなニュアンスもある。メイン写真はハイランドパーク蒸溜所でピーテッドモルトを精麦するフロアモルティングの様子。

そのオークニーを代表するウイスキーといえばハイランドパーク。グローバルブランドアンバサダーのマーティン・マークヴァーゼンは、オークランドのピートについて次のように語っている。

「オークニーの泥炭地であるホビスタームーアから掘り出されたハイランドパークのピートは、その組成においてユニークです。このピートの原料になっているのは、ヒースを中心としたさまざまな低木。このため、アイラ島のウイスキーに見られるフェノール性の強いヨード風味ではなく、甘くてフローラルな風味が印象的なのです。これがハイランドパークらしいヒースの花の芳香を高め、華やかなスモーク香として感じられます」

アイラ島のブルックラディ蒸溜所は、ヘビリーピーテッドの「ポートシャーロット」とスーパーヘビリーピーテッドの「オクトモア」を生産している。だが使用するピーテッドモルトは、アイラ島で製麦したものではない。調達先は、インヴァネスにあるベアーズ・モルティングスだ。ヘッドディスティラーのアダム・ハネットは次のように語る。

「ピートの供給源はひとつの条件ですが、他にもたくさんの要素によってピート香の表現は異なってきます。ブルックラディ蒸溜所のスモーキーなウイスキーには薬っぽさがなく、その代わりにドライで土っぽい感触が特徴。これはピートの産地によるものだけでなく、糖化、発酵、蒸溜の工程を通して、フェノールがスピリッツの中で表現された結果です。細部の工程が、ピート香にどう関与するかが重要なのです」
 

蒸溜所によってピート香の表現が異なる理由

 
原料の大麦モルトが最終的なスピリッツに変化する過程で、ピート由来のフェノール成分は量的に失われていく。この喪失のメカニズムが、ピート香のメカニズムをさらに複雑なものにしている。

ディアジオのマスターディスティラーを引退し、現在はもっぱらウイスキー業界のコンサルタントを務めているダグラス・マレーが次のように説明している。

「モルト原料からニューメークスピリッツまで、フェノール成分の回収率は低いもので50%、高いもので80%と幅があります。一般的には65~75%の蒸溜所が多いので、だいたい25%〜35%のフェノール成分が失われる計算です」

世界でもっともスモーキーなウイスキーとして知られるブルックラディの「オクトモア」。フェノール値はバッチごとに異なるため、すべてが数量限定のリリースとなる。

マレーいわく、糖化工程では使用済みの穀物と一緒にフェノール成分が液体から取り除かれ、蒸溜時のポットエール(初溜)とスペントリース(再溜)でもフェノール成分が失われる。この喪失量が蒸溜所ごとに異なるため、香味の表現も一様ではないのだという。

「いくつかの種類があるフェノール成分はそれぞれに挙動が異なり、蒸溜環境によって各成分の量が変化します。そのためまったく同じ麦芽を使っても、スモーキーさの表現が異なってくるという現象が起きるのです」

この意見には、ブルックラディのアダム・ハネットも同意している。ブルックラディの場合は、蒸溜によって麦芽のフェノール成分の約3分の2までを失っているというから驚きだ。

そのブルックラディがつくっているスーパーヘビリーピーテッドモルトの「オクトモア」は世界最高レベルのフェノール値を誇る。このような原料を使用するには、どんな配慮が必要なのだろうか。アダム・ハネットが、興味深い事実を教えてくれた。

「蒸溜所は、製麦業者に特定のフェノール値を指定してモルト原料を注文します。例えばブルックラディのポートシャーロットに使用するのは、フェノール値40ppmのモルト。製麦業者は、ピートの量や燃焼時間を調整してこの数値を実現するわけではありません。実際には80ppm程度のピーテッドモルトを製麦して、そこにノンピートモルトも加えることで全体のフェノール値を調整するのです」

ベアーズ・モルティングズが実践しているのは、低温でなるべく長い時間にわたってピートを燃やし、できる限り豊かなスモーク香を得ること。時にはこの工程に5日間を費やして、スーパーヘビリーピーテッドモルトを作るのだとハネットは説明する。

「この全力で高めたフェノール値を測定し、そこにノンピートのモルトをブレンドすることで注文通りのフェノール値にします。でもオクトモアのモルトだけは違って、ノンピートのモルトは一切加えません。つまりオクトモアで使用しているのは、その時の限界までピート香を濃縮したモルト。だからフェノール値はバッチによってばらつきも出てきます」

最終的なスピリッツに含まれるフェノール化合物は、蒸溜工程を調整することでかなりコントロールできる。エアシャーのロッホレア蒸溜所で製造責任者兼マスターブレンダーを務めるジョン・キャンベルは、そのノウハウを熟知する人物。現職の前はラフロイグ蒸溜所で27年間を過ごし、最後は蒸溜所長まで務めた。そのキャンベルが、蒸溜時の調整について具体的なヒントを教えてくれた。

「ピーテッドとノンピートのモルトを比べると、基本的な製造方法は同じ。でも蒸溜時に重視するポイントは大きく異なります。ピーテッドモルトのウイスキーでは、スモーク香の一貫性を保つために成分を測定するからです」

ノンピートのウイスキーでは、フルーツ香、シリアル香、草っぽい風味など、香味を決定する主要な香味要素同士のバランスと一貫性が鍵になる。キャンベルによれば、このバランスと一貫性を実現する方法のひとつがカットポイントによる制御だ。

「ピート香の強いウイスキーなら、フェノール化合物の濃度を最大にするためにカットポイントをより遅くして、香味をより深くまで取り込む必要があります」

ピーテッドモルトのウイスキー製造は、科学であると同時に芸術でもある。グラスの中で素晴らしい個性を発揮するには、製麦業者、蒸溜チーム、ブレンダーが緻密なバランスを求めて最大限の努力を続けなければならない。難しいチャレンジもあるが、つくり手にとっても、ウイスキーファンにとっても、そこには尽きない魅力が隠されているのだ。