ピートの謎を解く【第3回/全3回】
文:フェリーペ・シュリーバーク
アードベッグとラガヴーリンはどちらもスモーキーなアイラモルトの代表格だが、その味わいは大きく違う。両者の蒸溜工程を比較すると、その違いの理由が推測できる。どちらの蒸溜所もスピリッツのカットポイントはよく似ているが、アードベッグのモルトの方がわずかにピートはヘビーだ。
アードベッグ蒸溜所のゴードン氏は、アードベッグの特性を「煤っぽさとフルーツ香の融合」と表現し、ラガヴーリンは「ヘビーでオイリーで土っぽい味わい」と捉えている。両者の蒸溜工程をよく比べていると、かなり大きな違いが見られる。
ラガヴーリンの蒸溜はゆっくりおこなわれ、過去の蒸溜の副産物である前溜(フォアショッツ)やフェノールたっぷりの後溜(チャージ)を大量に再利用することを重要視している。そしてさらには、ゴードン氏がラガヴーリンの酒質に決定的な影響を与えていると考える違いもある。
「スピリットスチル(再溜窯)に入れるチャージの量が多いんです。高さでいえば、水面がのぞき窓よりも高いくらい。ラガヴーリンはスチル内の還流も多いし、ゆっくり穏やかに加熱しているのですが、とにかく液体の量が多いので、とてもヘビーでオイリーな酒質になるのでしょう」
一方のアードベッグでは、フェノールが他の香味要素と組み合わさることでフルーティーな酒質を生み出しているのだとゴードン氏 は説明する。
「アードベッグのスチルには、精溜器が付属しています。細長いネックを蒸気が上昇してラインアームに流れ込む過程で、たくさんの還流を起して前後に動きます。これがウイスキーの中に感じるフルーツやエステルの香りを強調するのです。あとはラガヴーリンに比べてちょっとだけ前溜の時間が短いのもポイントですね」
フェノール最強のオクトモアは世界一スモーキーなのか?
そして実際に世界最強のピートを誇るモルトウイスキーといえば、同じアイラ産のオクトモアだ。オクトモアのフェノール値は、ボトリングによってかなりの幅がある。
これはオクトモアをつくるブルックラディ蒸溜所が、インヴァネスの製麦業者ベアーズモルティング社に特殊な長時間で低温のピート製麦を依頼し、出来上がったピーテッドモルトにノンピートのモルトを混ぜないように依頼しているからである。通常のウイスキーではppmの数値を一定にするためノンピートの混合をおこなうが、オクトモアに限ってそのミックスを拒んでいるので、バッチごとにフェノール値が異なるのである。
だが時には309ppmにも上る強烈なピートレベルも、主にブルックラディの蒸溜工程を通ることで穏やかに手懐けられる。ブルックラディのヘッドディスティラー、アダム・ハネット氏が説明する。
「ブルックラディのスチルはとても背が高く、ネックもかなり細くできています。そのため内部でたくさん還流が起こり、蒸気と銅の接触も頻繁に起こります。それに加えて発酵時間を長く取ることで、フルーティーでフローラルなブルックラディらしい酒質を育てているんです。もし他の蒸溜所がオクトモア用の大麦モルトを使ったら、もっとフェノールが強いウイスキーになるでしょう。でもブルックラディはそもそも軽やかでエレガントなスタイルを持っています。スーパーヘビリーピーテッドであっても、あくまで最適なバランスを目指しているんです」
ウイスキーに含まれるフェノールの役割を考えるとき、製麦工程(乾燥)で絞り出すように付与されたフェノールの量は思ったよりも重要ではないという結論になるだろう。それよりも重視すべきは、その後の生産工程でフェノール値をどれくらい失わずに保持できるかという点にある。
この最終的な量にはブランドごとに目標があり、極めてヘビーなフェノール値を求める場合もあれば、軽やかなフェノール値を求める場合もある。もちろんその中間にベストのバランスを模索することもあるだろう。
ウイスキー研究に携わる世界トップクラスの科学者たちでさえ、ピートの謎をすべて解き明かした訳ではない。だからウイスキーファンとしては、クルックシャンク氏、ゴードン氏、ハネット氏ら熟練した生産者の判断や直感を信じる他にない。彼らはピーテッドモルトの取り扱いを熟知したエキスパートであり、ピートの効いたウイスキーの香りや味わいを最高のバランスに到達させるべく常にベストを尽くしている。
スモーキーなウイスキーが大好きな人でも、ppmの数値を見ただけではそれぞれのウイスキーの本質的な魅力まで理解することはでいない。ウイスキーをとことん楽しむには、それ以外の文脈も理解することが必要だ。シンプルにノージングで香りを確かめ、ゆっくりと口に含んで味わってみよう。そこには化学とロマンスとスモーキーなミステリーが同居する素晴らしい世界があるはずだ。