アイルランドの首都に誕生したロー&コー蒸溜所が大人気だ。ダブリン流のアイリッシュウイスキーづくりは、洗練されたスタイルとミクソロジーの楽しさを重視している。

文:グレッグ・ディロン

 

いつだってダブリンは大好きだった。ギネスや美味しい料理はもちろん、ストリートアートやダブリン名物の冗談もいとおしい。アイルランドには、いつも変わらない魅力がいっぱいだ。

ここ数回のダブリン旅行は、ティーリング蒸溜所への訪問が目的のひとつになっていた。この蒸溜所の設計は実に周到だ。蒸溜器などの各設備をウイスキー蒸溜に最適化しているのは当然として、ビジターセンターも綿密な目的意識をもって設計されている。

ダブリンには旧ジェムソン蒸溜所もある。かつてのようにウイスキーはつくられていないが、現在は素晴らしい美食とともにウイスキーファンの知識欲を満たす場所になっている。

ロー&コー蒸溜所の建物は、ギネス用の送電施設として使用されていた。歴史を感じさせるレンガ造りと、内部のモダンな空間がスタイリッシュなブランドイメージにぴったり。

そしてダブリンには、さらにもうひとつの蒸溜所が誕生している。スタイリッシュなウイスキーで注目され、蒸溜所の設計も細部まで美しいロー&コー蒸溜所である。

ロー&コーというウイスキーブランドが生まれたのは、「知られざる歴史」を現代に伝えようというアイデアがきっかけだった。具体的には、1757年開業のジョージ・ロー蒸溜所をはじめとするアイリッシュウイスキーの歴史である。

この歴史は、輝かしい話ばかりではない。米国の禁酒法、1916年のイースター蜂起、英国による経済制裁などがアイルランドの経済に打撃を与え、残念ながらジョージ・ロー蒸溜所は閉鎖されてしまったからだ。

そんな歴史を踏まえたロー&コー蒸溜所の設計やボトルのデザインは美しい。ブランド全体の美意識は、古いジョージ・ロー蒸溜所からインスパイアされたもの。敷地に残っている古い塔もモチーフになっている。

パッケージのデザインに使用されている銅色と青緑色は、ダブリンの建築物に使用されている銅や、屋根の銅が年月を経て酸化した色を表現しているのだという。ウイスキーのフレーバーを表現するために、ペアドロップキャンディーのイメージも使用されている。ウイスキーのボトルをひっくり返すと、ボトルの底にあしらわれた洋ナシの図柄が見つかるはずだ。

ジョージ・ロー蒸溜所は、世界的に有名なアーサー・ギネスのビール醸造所からわずか100mの距離にあった。だからジョージ・ロー蒸溜所が閉鎖されると、まずは工場をギネスが買い取った。そしてまだ貯蔵庫に残っていたお酒を売り尽くしたところで設備を売りに出したのだ。

現在フル稼働しているロー&コー蒸溜所の建物には、かつてギネス醸造所に電力を供給していた施設が入っていた。だがその後、ギネスの工場が全国高圧送電線網に入ったことから不要の設備となり、約18年も放置されていた。

 

ディアジオ屈指のビジター体験

 

ロー&コー蒸溜所は、年間50万Lのスピリッツを生産できる。ポットスチル3基でモルトウイスキーをつくり、外部業者から購入したグレーンウイスキーとブレンドするのだ。

蒸溜所訪問の体験は、スコットランドの設計会社ハーツ&フェインツによってデザインされた。その出来栄えには驚くばかりである。2019年11月に訪ねたときは、「蒸溜所はこんなに面白くて夢中になれる場所だったのか」と本気で感動した。ディアジオ傘下の蒸溜所のなかでも、間違いなくビジター体験への投資はトップクラスであろう。

ひとつの空間でウイスキーづくりを完結させる蒸留所内のレイアウト。マスターディスティラーは、ガラス製の橋の上からスピリッツ生産の全容を把握する。

他の現代的な蒸溜所と同じように、ビジターの出入口はギフトショップを経由することになっている。広々とした空間にロー&コー関連の商品が並び、ロー&コーのブランドロゴがありとあらゆる商品に貼り付けられている。他の蒸溜所もやっていることだが、この整然としたブランディングには特筆すべきものがある。

コースター、傘、メガネ、ノートなどの小物。ミニチュアのスチルに入ったエッセンシャルオイルのスプレーや、アイルランド産ハードウッド製の台座。そのすべてにロー&コーのロゴマークがエンボスされている。ポケットの中のアメリカン・エキスプレス・カードが、出番だといわんばかりにうずうずしている。

蒸溜所でのスピリッツ生産は、すべてひとつの空間内でおこなわれる。この設計はエレガントで、効率的でもある。ツアーに参加すると、まずは階上に連れて行かれる。工場の歴史について解説を聞きながら、敷地内の古い塔を眺めるひとときは楽しい。ブランドの未来や、バーテンダーたちとのコラボレーションについても語り合える。アイリッシュウイスキーをもっと消費者に普及して、新しい飲み方を提案するミクソロジーのアイデアを交換するのだ。

ゲストはそこからガラス製の橋を渡るのだが、あまりのスリルに怖気づいてしまう人もいたそうだ。このガラスの橋からは、ヒートジャケットを被せた発酵槽など、ウイスキーづくりの全行程が俯瞰できる。

ロー&コーのマスターディスティラーを務めるローラ・ヘミーは、この場所からスピリッツ生産のすべての要素を管轄している。現状をしっかりと把握することで、初めて各工程に変化を加える実験が可能になる。このような微調整によって、ローラはロー&コーの製品にふさわしい品質のスピリッツを得られるようになるのだ。

さらに進むとテイスティングルームがある。ロー&コーのシンボルである洋ナシ型のテーブルを囲み、五感が目覚めるような香りを体験しよう。販売しているブレンデッドウイスキーはもちろん、フレーバーを構成する原酒からブランドの目指す重層的なウイスキーの味わいが理解できる。

ウイスキーらしいフレーバーを生かしたミクソロジーにも力を入れるロー&コー。アイルランド発の新しい消費スタイルにも注目だ。

ツアーの最後にはミクソロジールームに立ち寄る。ここでは壁に掲示されたフレーバーのプロフィールにあわせてレシピを選び、自分でカクテルを作る体験ができる。個人的にはおすすめカクテルがとても甘口に感じられたが、これはウイスキーと他の素材のバランスで調整できたのかもしれない。

ツアーがすべて終了すると、古い電力供給施設の背後にあるバーでゆったりとくつろげる。グループ用のブースもあり、じっくりと腰を据えてさまざまなロー&コーのウイスキーを飲み比べたり、さまざまなカクテルの味わいを試したりしよう。

ダブリンにある他の蒸溜所と同様に、ここでも自分だけのアイリッシュウイスキーを樽から直接ボトリングできるサービスがある。ロー&コーの蒸溜所ショップには2本の樽が置かれており、旅の思い出やお土産にも最適な世界にひとつのボトルが手に入る。

たっぷりと時間を使うのに相応しい蒸溜所体験。ブランドの大きな方向性としては、ミクソロジーへの親和性を重視しているのが実感できるだろう。限定商品は、やや高めのアルコール度数でボトリングされている。これはカクテルで楽しんだときにもウイスキーらしさを失わないようにするための配慮なのだろう。

ダブリンでもっとも新しい蒸溜所は、ウイスキーファンならぜひ一度訪れていただきたいおすすめの場所だ。