閉鎖されたウイスキー蒸溜所の運命【後半/全2回】
失われたウイスキーはロマンチックだが、業界が低迷した歴史の遺産でもある。市場ニーズへの即時対応ができない蒸溜所を支えているのは、独立系ボトラーの存在だ。
文:ティス・クラバースティン
閉鎖された蒸溜所のウイスキーが注目されることによって、ウイスキー市場では希少なボトリングの価値が認識されるようになった。
だが実際のところ、21世紀に入るまではその希少性と収集価値はまだ十分に理解されていなかったといえる。カテゴリーとしてのシングルモルトはまだ黎明期であり、売上も世界のウイスキー市場のわずか数パーセントに過ぎなかったからだ。それが希少でユニークなウイスキーに注目が集まることで、市場そのものが変質していった。
「失われた蒸溜所への注目は、人々のコレクターシップに対する考え方を大きく変えるものでした」
そう語るのは、ウイスキー研究家でもある作家のニコラス・モーガン。ディアジオの元モルト担当グローバルマーケティング部長も務めた業界のベテランで、同社の「レアモルト・セレクション」や、その後継として現在も毎年発売される「スペシャル・リリース・プログラム」に深く関わってきた人物だ。
ディアジオが1995年に初めて発売した「レアモルト」には、同社が保有する最高品質の原酒が含まれていた。そのボトリングの大部分を占めたのが、すでに閉鎖されてしまった蒸溜所の原酒だ。顔ぶれは、グレンユーリーロイヤル、ミルバーン、ローズバンク、ポートエレン、グレンロッキー、グレンモールなどなど。レアモルト・セレクションについて、ニコラス・モーガンは次のように分析してくれた。
「シングルモルトのコレクション性に、それまで欠けていた重要な要素が加わりました。閉鎖された蒸溜所のボトリングを他社も同様にやり始めた時期です。消費者がウイスキーの収集価値について考え始め、それが流通市場に刺激を与えました。良し悪しは別にして、投機家のような層も呼び込んだのです」
特別ボトルを2001年から販売し始めたディアジオ傘下の各蒸溜所では、当初からショップにかなり多めの本数が割り当てられていた。だが販売開始から数年が経つ頃、蒸溜所のショップをはしごしてポートエレンとブローラを1ケースずつ買っている人物の存在に気付いたのだとモーガンは言う。
「購入者が誰なのかは特定できませんでした。でもそれをきっかけに販売ポリシーを変更し、最大でも2本までという制限を設けました。それまで数年間は、好きなだけ買える状態が続いていたんです。購入されたウイスキーが今どこにあるのかは、神のみぞ知るところです」
ゴードン&マクファイル社のプレステージ担当ディレクターを務めるスティーブン・ランキンは、閉鎖された蒸溜所の存在を強く意識しながら育った。それが家族の経営する会社だからというわけではなく、小学校までの通学路がグレンモールとグレンアルビンの前を通っていたからだ。
インヴァネスで買い物をしたり、サッカーを見に行ったり、友人に会ったりするとき、ランキンは必ず閉鎖された蒸溜所の門前を通った。運命の巡り合わせで、ランキンは実家の倉庫でその閉鎖後の蒸溜所から持ち出された遺産に出会うことになる。
ゴードン&マクファイル社は、多くの蒸溜所と長年にわたって深い関係を築いてきた。ゴードン&マクファイル社がスピリッツを継続的に買い入れていなければ、もっと早く閉鎖されていた蒸溜所もあったはずだとランキンは言う。
ゴードン&マクファイル社と蒸溜所の取引は、あくまで不定期なものだった。そのためウイスキー業界が活況の時期に、焦って蒸溜所から原酒を分けてもらおうという切迫感もなかった。その一方で、蒸溜所が苦労しているときには支援できるという独特な立場でもあったとランキンは説明する。
「常に適切なタイミングでお互いをサポートするのが、蒸溜所とボトラーの原則です。ボトラーは樽を用意して蒸溜所に送り、スピリッツを購入して、蒸溜所内で貯蔵してもらうための賃料も支払います。互いに苦しい時期を節約しながら、利益をもたらしあう関係なのです」
クラシックカーのような価値
数年前にゴードン&マクファイル社が125周年を迎えるまで、ポートフォリオには26軒の失われた蒸溜所が含まれていた。グレンクレイグやモストウィーもその一部である。最近になってゴードン&マクファイル社は原酒の買い入れを休止すると発表したが、独立系ボトラーとして今後数十年にわたってボトリングを継続できるだけの樽原酒を保有している。
つい数カ月前には、閉鎖された15軒の蒸溜所から18種類のウイスキーで構成する「リコレクションシリーズ2」を発売したばかりだ。これらのシングルモルトの製造に携わった人々を称え、その名声を語り継ぐのもボトラーとしての責務。閉鎖された蒸溜所のブランドを存続させることが、ランキンの仕事の一部になっているという。
「閉鎖された蒸溜所は、シングルモルトのカテゴリーを質的に豊かにしてくれます。それはロールスロイス、BMW、ベントレー、ジャガーといった古いクラシックカーを運転するのにも似た喜び。今日飲まなければ、もう二度と味わえないかもしれないという儚さが興味をそそるのです」
もちろん閉鎖された蒸溜所のウイスキーは、時間の摂理によってどんどん希少なものになっているはずだ。ゴードン&マクファイル社がコールバーンのシングルモルトを数年前にボトリングしたとき、ランキンには「これが最後のコールバーンになる」という奇妙な確信があった。
ウイスキー業界に衝撃を与えたDCLの事業縮小から40年が経ち、原酒の在庫が枯渇していくのは避けられない。その一方で、ブローラ、ポートエレン、ローズバンクなど、奇跡のような復活を遂げた蒸溜所もある。かつてのノックデューやベンロマックがそうだったように、いずれ閉鎖の歴史も忘れられるほどアクティブな存在になるだろう。
ノックデューとベンロマックは1983年に閉鎖されたが、それぞれインターナショナル・ビバレッジ社とゴードン&マクファイル社の手で操業を再開した。今ではまるで閉鎖された不遇の時代が嘘のような活躍ぶりだ。歴史を目撃してきたスキンダー・シンは語る。
「閉鎖されたままの蒸溜所だって、人々の意識から完全に消えることはないでしょう。みんな未来の一部となるのです。特に優れたウイスキーをつくっていた蒸溜所は、まだまだ注目され続けるはず。私自信もコンバルモアやグレンユーリーロイヤルが大好きですから」
たとえ新作の発表が途絶えてしまったとしても、閉鎖された蒸溜所のボトリングはまだまだオークションに出品されるはずだ。少なくともスキンダー・シンはそう信じている。
「人々は幻のウイスキーを探し求め、優れた品質であるほど高値で売れるでしょう。たとえ生産をやめてしまった蒸溜所でも、どこかに必ず活躍の場があるのです」