スパニッシュウイスキーの新潮流【第1回/全3回】
文:フェリーペ・ シュリーバーク
ウイスキーの世界で、スペインという国はどこか神話的なイメージとともに語られることが多い。そこはタンニンの効いたパラダイスだ。ヘレス周辺の「シェリー・トライアングル」と呼ばれる地域で生産されるシェリー樽のおかげで、スペインはウイスキーファンにとって憧れの地となった。
ウイスキーメーカーからの注文生産でシーズニングされたシェリー樽や、ほぼ絶滅しかけている希少な輸出用容器のシェリーバット。シェリー樽は黒い果皮のフルーツ香、革製品、ナッツなどのアロマに富んでおり、ビロードやシロップを思わせる滑らかな口当たりをもたらしてくれる。スコッチウイスキーとアイリッシュウイスキーは、この素晴らしいスペイン産の熟成樽を長年にわたって使用してきた。
だが近年になって、スペインは単なるシェリー樽の供給地という先入観を超えてきた。新しい蒸溜所やウイスキーブランドが次々と創設され、スパニッシュウイスキーの大波を巻き起こしている。新進のメーカーが数量限定のボトルを発売しはじめ、スパニッシュウイスキーのファンも増える一方。オンラインで互いにつながって、今や活発なコミュニティを形成しているのだ。
この流れを先導しているのは、一部の革新的な開拓者たちだ。みな独立したビジネスオーナーとしての立場を守りながら、それぞれが百花繚乱のウイスキー市場で存在を確立させるために努力している。
スペインのウイスキーメーカーにとって、成功の鍵となるのがスコッチウイスキーとの差別化だ。輸入品として国内市場に入ってくるスコッチウイスキーは、もちろんスペインのウイスキーファンの間でも人気がある。
新しいスパニッシュウイスキーのブランドは、先駆者である国内の大手メーカーとも差別化できなければならない。スペイン最大のウイスキー蒸溜所といえば、 セゴビアにあるデスティレリアス・イ・クリアンサ・デル・ウイスキー(ウイスキー蒸溜&熟成)だ。
通称DYC(ディーク)と呼ばれるこの蒸溜所は、スペイン唯一の大型蒸溜所として、スペインウイスキー生産の代表的な存在だった。飲料界のビジネスマンだったニコメデス・ガルシア・ゴメスによって1958年に創設され、2006年にはビームサントリーが買収した。
グレーンウイスキーとモルトウイスキーの両方がつくれるDYCは、ブレンデッドウイスキーの生産で長年の定評がある。低価格のシングルモルトをはじめ、高品質な製品を生産してきたことから、ウイスキーファンからの注目度は今でもまだ上昇を続けている。
DYCのウイスキーは、フルーティで、フレッシュで、価格的にも手が届きやすいのが全体としての特徴である。スペイン国内の酒屋の棚を埋め尽くすスコッチウイスキーと比べても、その発売価格には競争力がある。
財布に優しいDYCのウイスキーは、安いスコッチブレンデッドウイスキーを品質面でも上回っており、同じ値段なら優位に立てる。このような品質と価格のバランスによって、DYCは他の小規模ウイスキーメーカーが市場でのポジショニングを考える際の指標となってきた。
ウイスキー消費の拡大から小規模メーカーが誕生
ウイスキーブロガーのエマ・ブリオネスは、独自のウェブサイト「todowhisky.es」を9年以上にわたって運営している。近年の新しいスパニッシュウイスキーシーンの進化は、とても面白いのだと語ってくれた。
「もともとスペインのウイスキー消費は、かなり堅調に推移してきました。人気だったのはJ&B、シーバス、カーデュー、マッカランといったところ。一部ではグレンロセスも人気がありました。でも現在は、入手できるブランドも大幅に増えています。スペインでは先行してジンのブームもあったのですが、ウイスキーのブームも似たような現象です」
ブリオネスいわく、このような爆発的なブームが引き金になって、地元スペインのメーカーが独自のウイスキーをつくり始めるようになったのだという。
「いま世界各地で起こっている現象と同じようなものだと思っています。本当にたくさんの新しい蒸溜所がスペインでも誕生しています。その理由のひとつは、スタートアップで蒸溜所を始めるノウハウが、以前よりもずっと手に入れやすくなったからでしょう。そして比較的小さめの蒸溜器なら、投資額も小規模で始められるということがあると思います」
ブリオネスが指摘する通り、新しいスパニッシュウイスキーのメーカーはみな小型の蒸溜器を使用している。生産規模としてはごく小規模で、しかもそれぞれが独自のウイスキーをつくっているため、スタイルの共通点や全体としてのまとまりは少ない。まだまだ未発達な部分があるものの、このバラエティの豊かさが新しいスパニッシュウイスキーの魅力の一部となり、ウイスキー業界全体のエコシステムを成長させている。
比較的新しいメーカーのひとつが、ビルバオ郊外に創設されたバスク・ムーンシャイナーズだ。ウイスキーだけでなく、ビターズ、ジン、ウオツカ、ジャガイモ原料のスピリッツなどをオーク樽で熟成している。蒸溜所を運営しているのは、幼馴染の3名。そのうちの1人が、創設者兼社長のホセ・ルイス・ナバロだ。ナバロいわく、蒸溜所創設のアイデアはブームの前から温めていたのだという。
「僕たちが育った村には、スペイン内戦時代に造られた蒸溜器がひとつあったんです。地元の村人たちが、ジャガイモの芋くずを原料にしたアルコール飲料をつくろうと考え、駐留していたイタリア兵から蒸溜法を学ぶためにその蒸溜器を造ったそうです。この話を聞いたときになんだか魅了されて、僕たちが蒸溜所を建設する動機にもなりました」
バスク・ムーンシャイナーズが生産するウイスキーは「アゴット」と名付けられ、地元産の原料のみを使用することにこだわっている。製麦業者は蒸溜所から90kmの場所にあり、ほとんどのスピリッツは赤ワイン樽を熟成される。この赤ワイン樽は、近所のアラベス地方で有名な「リオハ」を生産するワイナリーから調達する。
「アゴット」にはオーク新樽とバーボン樽も使用されるが、他にもシェリー樽(オロロソ、パロコルタド、ペドロヒメネス)の熟成を取り入れた実験的なウイスキーも発売実績がある。バスク・ムーンシャイナーズは、2020年のワールド・ウイスキー・アワード(WWA)で「ベストスパニッシュシングルモルト」を受賞した。このような近年の評価によって、蒸溜所への注目はますます高まっている。
(つづく)
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カテゴリ: 風味