ウイスキーファンにとっては、心穏やかならざるピート採掘の問題。だが共存の道は必ずある。有名ウイスキーブランドと環境保護団体の取り組みにも注目しよう。

文:フェリーペ・シュリーバーク

 

責任あるピート採掘の条件は3つある。第1の条件は排水だ。計画されている排水溝の位置を検証し、泥炭地が貯水力を失わない方法でピートを採掘することが大切だ。地中の水分を保全する方法によって、泥炭地の破壊をしっかりと食い止めなければならない。特別な障壁を設置することで、隣接する未採掘エリアが影響を受けないように保護する方法も検討されている。

第2の条件は、細心の注意を持って採掘するだけでなく、泥炭地の損傷を常に修復していくことだ。泥炭地の環境は、まず採掘直後から始められる再湿潤化作業によって修復できる。泥炭地に生息する希少種の減少を一定レベルに留めるため、ピートの採掘場所を慎重に選ぶ必要もあるだろう。泥炭地から浅く広くピートの層を掘り出すと、自然植生の再生がより困難になることを理解しなければならない。

オークニーにあるピート採掘現場。ハイランドパークを擁するエドリントンは、英国王立鳥類保護協会と協力して湿地の環境保全に取り組んでいる。

そして第3の条件は、ピートの採掘が終了した泥炭地を放置しないこと。放置すれば泥炭地の環境は劣化したままとなり、再生が不能となって二酸化炭素を排出し続ける。採掘計画には、採掘後に地下水面と植生を再構築することによって、泥炭地を修復させる見通しも組み込んでおかなければならない。これを怠ると、泥炭の修復にかかるコストは莫大になる。

主に民間企業が荒廃させた泥炭地の修復費用は、NGO諸団体や各政府自治体が支払うことになる。残念ながら、何千年もかけて形成された泥炭地の損傷は深刻であり、NGOや政府の予算で埋め合わせることはできない。だからといって何もせずに放置してよい訳もなく、修復し続ける以外に手立てはない。

国際自然保護連合(IUCN)で英国泥炭地保全計画の顧問を務めているクリフトン・ベインは、スコッチーウイスキー協会(SWA)と力を合わせてきた。どちらの団体も、ウイスキー業界が責任ある泥炭地の管理事例を示すことができると信じている。管理に責任を持つことは、ビジネスの成功にもつながっていくだろう。ピートの管理を最優先事項に考えることで、ウイスキー業界はこれまでの伝統の上に進歩的で大胆な新しい物語を付け加えることになる。

SWAは戦略の一環として、会員であるウイスキーメーカー各社にスコットランドの泥炭地修復を目的とした基金への出資を広く募っている。何社かのウイスキーメーカーは、すでに基金への出資を開始した。近い将来には、さらなる取り組みの内容が公表される兆候もある。また企業が泥炭修復事業に出資することで二酸化炭素削減証明書を受け取り、英国政府がしっかりと復元目標を達成できるようにするメカニズムもIUCNが構築している。

モラグ・ガーデンによると、SWA会員のウイスキーメーカー各社は、 技術的な進歩を促進しながらNGO諸団体との協力関係を強化していきたいと考えている。

「ピートを無駄なく効果的に使用するための革新的な研究が、本当にたくさん実施されています。会員である各企業レベルでも、英国王立鳥類保護協会(RSPB)と提携しながら泥炭再生にしっかり取り組む活動事例がかなりの数に上ってきています」

 

泥炭地の生態系を保護するウイスキーメーカー

 

これまでもRSPBはウイスキー業界と共同でいくつかのプロジェクトに取り組んできた。2017年にディアジオ傘下のラガヴーリンと共同で、アイラ島内にある280ヘクタールの泥炭地を修復させた活動(ラガヴーリン200周年記念事業)もそのひとつである。その後もディアジオは、ジョニーウォーカー関連企画の一環として、RSPBと共にアンラーグにあるケアンゴームズ国立公園内で88ヘクタールの泥炭地修復活動を実施した。

マッカラン、ハイランドパーク、グレンロセスなどのブランドを保有するエドリントンは、2020年のアニュアルレポートでRSPBとの共同事業について説明している。RSPBとの提携によって、エドリントンは引き続きハイランドパークの製造に使われるピートを採掘しながら、採掘地である「ホビスタームーア」を鳥類保護区として環境保全に取り組むことができた。また2008年以来、同社の「フェイマスグラウス」ブランド名義で鳥類保護のために総額68万英ポンド(約1億円)の寄付を続けている。この寄付金によって、エドリントンは67ヘクタールの泥炭地を修復した。

ハイランドパークのキルン。ピートの効いたスモーキーな味わいは、責任あるウイスキー業界の取り組みがあってこそ楽しめる贅沢だ。

RSPBとの共同関係以外にも事例はある。ウイスキーブランドの「クリークデュー」は、スペイサイド産のノンピーテッドモルトでつくられたウイスキーを調達して、その収益の一部を泥炭地の環境保全に投じてきた。スコッチウイスキー業界で同様の取り組みをおこなっているブランドはまだ他にない。このような活動に追随するメーカーが現れることを祈っている。

ここで紹介した事例は、すべて今後の展開に期待を持たせてくれる活動だ。だがSWAの会員であるウイスキーメーカーは、今後さらに各社が連帯して、ピート採掘の問題にシステマチックな対処法を見出すことが求められてくる。

再生不能の希少な資源を責任ある形で採掘することは、ウイスキーメーカーにとって極めて重大な責務だ。事後的な贖罪で許されることではないため、特にこれから公表されるSWAの「ピート・アクション・プラン」はメーカー各社にとって必須の義務となるだろう。

炭素排出のネットゼロを実現することは、ウイスキー業界の優先課題となっている。SWAも2040年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロにする取り組みを進めている。これまでの伝統的な手法によるピート採掘は、もうすぐ不可能になるだろう。スコットランド政府は、2020年から2030年までに2億5000万英ポンド(約370億円)の巨額を投じて泥炭地の修復に取り組む。政府レベルのアクションによって、この問題の重要性はますます顕著になっていくはずだ。

スコッチウイスキー業界は、これまで泥炭地という脆弱な自然環境を利用することで利益を上げてきた。だからこそウイスキーメーカー各社は、今こそピートの使用がもたらす環境の変化について責任ある行動をとるべきだ。世界のピートマニアたちは、今後も心安らかにロマンチックなスモーク香を愛でたいはず。そのためにも、業界の取り組みを見守りながら環境保護に協力していく必要があるだろう。