東南アジア屈指の規模を持つ成長市場で、ウイスキーはどのように楽しまれているのか。ベトナムのウイスキー事情を関係者への取材で探る3回シリーズ。

文:ミリー・ミリケン

 

アンディ・シンプソンは、ウイスキーの価値を鑑定するコンサルタント会社「レアウイスキー101」の共同創設者だ。そんなアンディが、あるベトナム人実業家の秘書から電話をもらったのは2019年4月のこと。その実業家が、自分のウイスキーコレクションの価値を評価して欲しいという依頼だ。

「来週、ベトナムにいらっしゃいませんか? 私のボスがウイスキーコレクションを評価して欲しいと申しております。ご宿泊は5つ星ホテルをご用意します」

最初の電話で、ベトナム人の秘書はそんなことを言ったのだという。これが少しシュールな経験につながっていった。

アンディ・シンプソンが、結局ベトナム行きの飛行機に乗ることはなかった。だがその代わり、ちょうど渡英中だったベトナム人実業家と秘書が滞在を延長し、アンディを訪ねてくることになった。場所はエディンバラのクイーン・ストリートにあるスコッチ・モルト・ウイスキー・ソサエティである。

そしてアンディ・シンプソンによる査定は、驚くべき結果だった。ベトナム人実業家のグエン・ディン・ドゥアンが所有するウイスキーコレクション(1919年のスプリングバンク、1926年のマッカラン、ボウモア最古のビンテージが含まれる)には、1080万英ポンド(約16億円)の価値があることが判明。これはギネスブックで公式に世界一高額なウイスキーコレクションと認定されることになったのである。

あれから2年が経った今、コレクションの価値はさらに上がっているはずだ。アンディ・シンプソンの試算によると、スコッチウイスキーとジャパニーズウイスキーを535本以上揃えたグエン・ディン・ドゥアンのコレクションは、2000万英ポンド(約30億円)に迫る勢いだ。

 

成長中のウイスキー文化

 

ベトナムにおけるウイスキー文化は、成長の真っ只中である。かつてはシーバスリーガルやジョニーウォーカーといったブランドがコレクションやホームバーの主流だったが、今ではデュワーズ、ボウモア、バルヴェニー、それに各種バーボンブランドもおなじみになっている。

世界のアルコール飲料市場の情報を提供するIWSRによると、2019年のベトナムでは金額ベースでアルコール市場の57%をウイスキーが占めていた。そのウイスキーの内訳は89%がプレミアムウイスキーだった。

大都市のハノイとホーチミンでは、スコットランド文化を楽しむディナーが定期的に開催されている(メイン写真も)。ウイスキーを囲んだ交流は、ベトナムのビジネスパーソンたちが人脈を広げるきっかけにもなる。

この調査から2年が経ち、ベトナムではロックダウンに耐えながらも、今年のバーンズ・ナイト(コットランドの国民的詩人ロバート・バーンズの誕生日を祝う1月25日のディナーパーティー)が開催された。その夕食会には、私の弟(ベトナム在住4年)もキルト着用で参加した。食事はもちろん、ハギスなどのスコットランド伝統料理で、スコッチウイスキーもたっぷり飲んだという。

ベトナムではカクテルバーの開店ラッシュが続き、所得面でも中間層が増している。そして2022年1月には、ベトナムで初めてとなるウイスキーフェスティバルも開催される予定だ。ベトナムのウイスキーブームは、衰えを見せる気配さえない。バカルディのインドシナ地域マネージャーを務めるスチュワート・ウォームバスが、現在の状況を説明する。

「ベトナムでは、これまでもずっとウイスキーの価値が正統に評価されてきた歴史があります。テト(ベトナムの旧正月)のお祝いには、お世話になった上司などに高給なギフトを贈る習慣があるのですが、このギフトがウイスキーであることはとても多いのです」

19世紀のベトナムはフランスの植民地だった。そんな背景から、樽熟成したスピリッツといえばその筆頭はコニャックという時代が長く続いた。それでも今では、シングルモルトウイスキーがお酒好きの人々の関心を独占しつつある。バカルディもまた、この傾向から大きな恩恵を受けているのだとスチュワート・ウォームバスは言う。

「バカルディは2年前にシングルモルトウイスキーをベトナム市場に投入したばかりなのですが、売れ行きは急激に伸びてきています」
(つづく)