何百年にもわたって、スコッチウイスキーの特徴として愛されてきたスモーキーな香り。化石燃料であるピートの燃焼について、環境保護の視点から議論のポイントを整理しよう。

文:ジョセフ・フェラン

近年のウイスキー業界で、特に重視されてきた課題といえばサステナビリティだ。ウイスキー業界には、さまざまな形で競争しながらも互いに助け合う気運がいつもある。より良いウイスキーをつくりながら、同時にサステナビリティの目標も達成できることが各地の蒸溜所によって証明された。

ノックニーアン蒸溜所、ブルックラディ蒸溜所、グレンゴイン蒸溜所など、スコットランドにある数多くの蒸溜所が二酸化炭素排出のネットゼロを達成しつつある。スコットランドで初めてクラウドファンディングの資金から設立されたグレンウィヴィス蒸溜所は、ウイスキーづくりに使用する全エネルギーをグリーンエネルギーでまかなっている。

ピート(泥炭)を採掘することで巨大な炭素の格納場所である泥炭地の環境が損なわれ、それを燃やすことによって二酸化炭素も発生する。ウイスキー業界はこの問題をどのように解決していくのだろうか。

だが完全にサステナブルな未来への道筋には、まだまだ課題も残されている。そのひとつがピートの燃焼だ。スコッチウイスキーとは切り離せないピートの取り扱いは、ウイスキー業界が正面から取り組まなければならない大きなハードルのひとつである。

ピートは泥炭とも呼ばれ、何千年にもわたって植物が水浸しのまま堆積されてできた泥上の炭である。生物分解による炭化は不完全だが、スコットランド各地では古くより乾燥させて燃料に用いられてきた。

地球上の泥炭地には5,000億トンから7,000億トンもの炭素が含まれており、これは世界中の植生を合わせたより約1,000億トンも多い。泥炭地が人間活動によってダメージを受けると、何千年もかけて蓄積された炭素が急速に大気中に放出され、地球温暖化の一因となる可能性がある。泥炭地は炭素を貯留して地上に保水機能を持たせ、野生生物の生息地にもなって洪水リスクを緩和する。

このように重要な生態系である泥炭地のピートが、ウイスキーの製麦にも用いられている。そのためウイスキー業界でもサステナビリティ論争の的となっているのだ。ピートの燃焼が、環境にやさしい行為であると強弁するのは難しい。しかしスコッチ・ウイスキー業界が採掘するピートの量は、英国で毎年採掘される総量の1%にも満たないという事実も踏まえておきたい。

ピートは伝統的に大麦麦芽の製麦工程で使用される。ピートを燃やした煙で発芽した大麦を乾燥させるのだが、このときにスモーキーな香りが大麦麦芽に吹き込まれるのだ。これが蒸溜後のスピリッツに独特な香味を授けてくれる。

スモーク香の強さは、使用するピートの量、麦芽への暴露時間、ピートの特性などによって異なってくる。ウイスキーの製造にピートを使用している地域は、スコットランド以外にもある。それでもピート香は依然としてスコッチウイスキーらしい特徴として広く認識されており、ウイスキーの香味の多様性を象徴する存在だ。
 

泥炭地を保護するスコットランド政府

 
スコットランドの泥炭地は、その多くが枯渇しかけている。スコットランド政府は、繊細な生態系を支える泥炭地の管理について最善策を協議してきた。面積がスコットランドの2割近くもある泥炭地には、推定で約16億トンもの炭素が埋蔵されている。だがある調査によると、これらの泥炭地の約8割は環境が劣化しているという報告もある。

スコットランドの泥炭地は、地球環境の保護を考える上で重要な役割を担っている。その問題とは気候変動と生物多様性の損失であり、どちらも危機的な状況だ。スコットランド政府は、2030年までの10年間で25万ヘクタールの泥炭地を回復させる計画を採択済み。予算は2億5000万ポンド(約460億円)だ。

泥炭地を保護するため、他の規制も検討されている。泥炭の利用をどこまで制限するかは未知数だが、泥炭の売却を制限する規制は十分に考えられる。このような動きが進めば、泥炭の使用を完全に禁止する道筋も見えてくる。

スコットランドだけでなく、ピートは日本を含む世界各地の湿地帯で採掘できる。写真はウエストランド蒸留所が使用する米国ワシントン州の泥炭地。

ノッティンガム大学のデヴィッド・ラージ教授(地球科学)は、次のように説明している。

「スコットランドで採掘される泥炭は、量で見ればそんなに多い訳でもありません。それでも政府は環境面でリーダーシップを発揮する必要があり、自国の産業をサステナブルに運営させなければなりません。採掘量がどんなに少なくても、泥炭の利用は再生不可能な資源を枯渇させ続けることになるからです。それと同時に、私はウイスキー産業が将来にわたって成功することも願っています。透明性を確保したサステナブルな方法で生産されるウイスキーは、間違いなく魅力的ですから」

ピートの使用に関する規制については、さまざまな憶測がなされている。だが今のところ、具体的な内容はまだ何も決まっていない。スコットランド政府は、家庭園芸用の泥炭について小売を禁止する計画について協議したばかりだ。この協議をきっかけに、さまざまな商用使用の見直しが始まるだろう。泥炭を使用するさまざまな業界を巻き込みながら、規制内容や発効の時期が定まっていくことになる。

このような規制は、ウイスキー業界にどんな影響を与えるのだろうか。スコットランド政府の広報担当者は、ウイスキーマガジンの独占インタビューに応じて次のように語ってくれた。

「私たちは、ピートがウイスキー製造に果たしてきた重要な役割について理解しています。ピートは何世紀にもわたってウイスキーメーカー各社に使用され、スコットランドを代表する銘柄の多くに特徴的な味わいを提供してきました。スコットランド政府の国家計画フレームワーク(NPF4)は、この経緯を認識しており、採取された泥炭がスコットランドのウイスキー産業を支えるものであれば、新たな商業的泥炭採取のための開発提案も支持できるものと明言しています」

さらに同担当者は、ウイスキー業界の取り組みに対する賛意も表してくれた。

ウイスキー業界が2040年までに排出量ネットゼロを達成する取り組みの継続を支持します。泥炭地の保護をさらに進めることで、この目標にも一歩近づくことができるでしょう。政府もウイスキー業界と密接に協力し、私たちの国で愛飲されているウイスキーが二酸化炭素を排出しない未来を確約できるように取り組みを進めていきます」
(つづく)