スコッチ業界のサステナブルな取り組み【後半/全2回】
文:マルコム・トリッグス
アナベル・トーマスCEOが率いるナクニーン蒸溜所のチームは、ネットゼロを目指す自分たちのアプローチが、他の蒸溜所にとってすぐ真似できるものではないということもよく認識している。
例えばナクニーンがバイオマスボイラーを使えているのは、商業林が近くにあるという地理的な優位性を活かしたものだ。これがオークニー諸島のようにほとんど木のない地域になると、バイオマスボイラーはほとんど蒸溜所の役に立たない。
これと同様に、ある程度大規模なメーカーは、有機栽培の大麦だけを調達してすべてのウイスキーの生産に充てる訳にもいかない。なぜなら単純に、現在の世界ではそれを可能にするだけの量の大麦が有機栽培されていないからだ。メーカーの規模が大きくなるほど、長期間にわたって商業的に利用できるサステナブルな生産技術を導入するのに、それだけ大きな手間もかかる。
そのような事実を認めつつ、比較的大規模な蒸溜所でも、特にサプライチェーンなどの他分野でサステナブルな取り組みを進められるメーカーはあるはずだとアナベル・トーマスは考えている。
「大企業がまだパッケージの分野で十分な進歩を見せていいないのは問題です。ボトルの軽量化や、不要な外箱の省略およびオプション化や、パッケージの素材が100%再生素材を使用していることなどができるはず。カーボンフットプリントの相殺も十分にできていません。スコットランドの蒸溜所はすべてカーボンフットプリントを公開できるようにするべきだと思っています」
全体としては悲観的な見方が依然として強いものの、国連が発表した最新の気候変動報告書には、世界が迅速に対応すれば気候問題による取り返しのつかない事態が回避できると書かれている。だからこそ、誰もがネットゼロを目指して全速力で走らなければならない。
だが全力といっても、これは短距離ではなくマラソンの勝負だ。そして個人競技でもなく、単独のビジネスでもない。ひたすら努力を重ねて、ある日「我が社はサステナブルだ」と宣言することも大切だ。しかしもっと重要なのは、業界全体で広く気候問題の危機的な状況を認識することだ。すべての事業体が、それぞれ全力で早急な改善に向けて走り出す必要がある。
ウイスキー業界を環境保護のリーダーに
この点でいえば、ウイスキー業界にはすでに誇るべき取り組みの実績もある。好ましい変化の多くは、ここ数年の間に起こった。スコッチウイスキー業界は、一貫してスコットランド環境保護庁の規制をもっともよく遵守している業界のひとつとして認識されてきた。環境保護庁でスコッチウイスキー業界を主導しているグレアム・ヘンダーソンは、この点について自信を持っている。
「環境問題に関する規制を守るのは、他のすべての業務と同様に重要なこと。これは交渉によってどうにかなるものではありません。事態を真剣に受け止めて、最大限の努力を注がなければならないのです。スコッチウイスキー業界は、この活動に力を注ぐことが名誉のしるしであると考えています。スコットランドの素晴らしい自然環境から生み出されたハイエンドの製品が、スコッチウイスキーなのですから」
まさしくスコットランドの自然環境と共生関係にあるスコットランド産の製品といえば、真っ先に多くの人がウイスキーを連想するはずだ。だが自然環境を守るために業界全体が率先した努力をしていなければ、単一のメーカーがスコッチウイスキーの貢献を誇っても虚しい。
すでに多くのメーカーが、2040年までのネットゼロ達成というスコッチウイスキー協会独自の目標に向かって努力を始めている。この2040年という期限はスコットランドの目標より5年早く、英国全体の目標より10年早い。
現在の状況を見ると、ナクニーン蒸溜所はスコッチウイスキー業界全体の取り組みの20年も先を走っていることになる。さらに驚くべきことは、バイオマスボイラーや再生原料のパッケージにおいて、スコットランド環境保護庁や業界の主要企業からかけがえのないサポートを受けているにも関わらず、その他の環境保護における成果が同様の草の根の創意工夫から生まれており、そのような工夫の上に蒸溜所が建設されたということだ。
すべての要素をサステナブルにしようという情熱のもと、ビジターマネージャーのエイミー・スタマーズがオフシーズンのサステナビリティ担当部長を兼任し、カーボンフットプリントをすべて把握して相殺する重要な任務をまっとうした。これがネットゼロ認定を獲得する第一歩となったのである。
アナベル・トーマスいわく、同じようにサステナブルな事業運営にこだわるスタートアップ企業のリーダーたちとWhatsAppでつながることで、この同志たちから多大なサポートを得られたのだという。ナクニーンのチームは「静かな反逆者」を自称し、スコッチウイスキー業界の他メーカーたちに野心的な前例を示している。規制を守る以上のパフォーマンスをしなければ、本当の目標は達成できないからだ。アナベル・トーマスは語る。
「結局のところ、私たちの蒸溜所は小規模なのです。ネットゼロ認証をもらえたのは嬉しいことですが、気候危機という世界的な問題の大きさを考えれば、業界全体で同じレベルの認証を達成しなければ意味がありません。スコッチウイスキー業界の事業者たちに変化の加速を促し、より大きなインパクトを起こせたらいいと思っています。ナクニーンとまったく同じことができなくても、同じ目標に向かって励ましあいながら進んでいくことが大切です」