台湾がシングルモルトを愛する理由【後半/全2回】
文:スティーブン・パーカー
スコッチウイスキーへの情熱が花開く台湾では、スピリッツ製造業も目覚ましい発展を遂げて内外から高く評価されている。
世界貿易機関(WTO)に加盟した2002年以前の台湾では、アルコール飲料の生産が国営企業の臺灣菸酒股份有限公司(TTL)に独占されていた。だが2002年のWTO加盟が大きな分岐点となり、輸入蒸溜酒の関税が引き下げられることで、台湾が世界有数の洗練されたスコッチウイスキー市場になる基盤ができた。その次の段階として、TTL以外の企業にもアルコール飲料の製造が許可されたのである。
台湾で最初に蒸溜事業を立ち上げた民間企業は、金車集団である。もともと化学メーカーだった金車集団は、1979年にルートビアと缶コーヒーの製造を始め、2005年にはウイスキーメーカーとして新しい業種に進出。台北から1時間ほどの宜蘭にカバラン蒸溜所を建設した。2006年3月に最初の蒸溜器が完成し、2008年末に最初のボトルがリリースされている。
雪山の山麓に位置するカバラン蒸溜所は、かつてこの地域に住んでいた先住民族カバラン族からその名をとっている。亜熱帯気候で、冬は島内の他地域よりも涼しい。そしてふんだんな真水が手に入ることも、この地が選ばれる理由となった。その反面、夏は高温多湿なため、スコットランドのような温帯気候よりも熟成が早く進む。
夏の猛暑が木樽とスピリッツの相互作用を加速させるため、台湾で4〜6年熟成したウイスキーが、15〜25年熟成のスコッチに匹敵するという説もある。その一方で「天使の分け前」は約12%とスコッチよりも遥かに高いため、常に過度の熟成にも配慮しなければならない。カバランのウイスキーは、主に4〜7年の熟成で仕上げられている。亜熱帯らしいトロピカルな果実味に富み、独特のフローラルな花の香りも特徴だ。このように滑らかな香味プロフィールを生み出すため、さまざまな努力を続けている。
カバランを創業した李添財氏は、自身のお気に入りであるザ・グレンリベットのようなウイスキーをつくろうと志した。そしてスコットランドの最高のノウハウを求め、息子の李玉鼎氏とともに招聘した専門家が高名なジム・スワン博士だった。
スワン博士はカバラン経営陣と長年にわたって密接に協力し、設備や製造工程の工夫によってカバランの DNAとも呼べるフレーバーを確立させる。また博士は、カバランの躍進に大きな影響を与えた元マスターブレンダーの張郁嵐(イアン・チャン)氏を指導した。スワン博士は、古いワイン樽を削ってトーストとチャーを施すSTR樽のパイオニアでもある。このSTR樽はワイン樽の熟成に伴う酸味を取り除く技術で、台湾の気候から得られる深い風味を高めるのに役立っている。
カバランの製品するウイスキーはすべてシングルモルトで、輸入したスカンジナビア産の二条大麦と2種類のドライイーストを使用している。しっかりとした味わいの2回蒸溜で、現在の最大生産量は年間約900万リッターだ。
2010年のバーンズ・ナイト(18世紀の国民的詩人、ロバート・バーンズの生誕を祝うスコットランドの祭日)にあわせ、エディンバラで開催されたブラインドテイスティング。もともとスコッチウイスキーの優位性を証明するためのイベントだが、ここでカバランは数々の有名スコッチウイスキーを破って1位を獲得する。
この番狂わせは、ウイスキー業界に新しい時代が来たことを告げた。それ以降も数々の権威ある賞を受賞し、「カバラン ソリスト ヴィーニョバリック カスクストレングス」が2015年のワールド・ウイスキー・アワード(WWA)で世界最優秀シングルモルトに選ばれた。カバランが生産する30品目のシングルモルトは、現在約60カ国に輸出されている。特に人気があるのは、アメリカとヨーロッパだ。
山国の南投県から「オマー」が登場
かつて台湾の酒造を独占していた臺灣菸酒股份有限公司(TTL)は、1980年代からブレンデッドウイスキー「ジェイド・スプレマシー」を生産販売している。だがこのウイスキーに使用されていたのは、台湾で蒸溜したスピリッツではなかった。スコットランドから原酒を輸入し、TTLが台湾人の好みに合うようにブレンドしていたのである。
だがTTLは、2013年から金車集団に続いて独自のウイスキー製造に乗り出した。台湾中部の南投にあった古い蒸溜所を改装し、シングルモルトウイスキー「オマー」の生産を開始したのである。オマーとは、ゲール語で琥珀のこと。カバランと同様に、ウイスキーづくりの技術と専門知識をスコットランドに求めた。
南投蒸溜所は、台湾中部の南投県にある。南投県は、台湾で唯一海に面していない県だ。県内には海拔3,000メートルを超える高山が41座もあり、山地が県の総面積の83%を占める山国。ウイスキーづくりに最適なスコットランド産の大麦麦芽と、包尾山の原生林を通って流れ出す水が品質の決め手にもなっている。
温暖で熟成が早い気候条件は、カバランと同様である。熟成年数よりも香味の完成度を重視し、3~5年間の樽熟成を経てウイスキーをボトリングする。オマーのウェブサイトでは、「すべてのシングル モルトウイスキーが、台湾の伝統、革新、豊かさ、テロワールという哲学を表現」と宣言している。
大手メーカーだけではない。高雄のルネッサンス蒸溜所や、台北近郊のホーリー蒸溜所など、台湾では小規模なクラフト蒸溜所も登場し始めた。ともに「神の舌にかなう蒸溜酒をつくりたい」という想いから、ジンとウイスキーを生産している。
カバランと同様に、TTLはオマーのシリーズを海外でも広く認知されるように努め、数々の国際的な賞を獲得することによって品質への信頼を獲得してきた。ジム・マレーの『ウイスキーバイブル2020』では「ワールドベストシングルカスク」「ベストアジアンウイスキー」をダブル受賞。台湾ウイスキーとしては初の快挙を成し遂げた。
だが海外での人気とは裏腹に、国内での成功にはまだ課題もある。政府の統計によると、オマーの総生産量の82%は輸出用とされている。そんな事情からも推察できるように、台湾の消費者は今でもスコッチへウイスキーへの情熱を忘れていない。