人口2,340万人の台湾は、スコッチウイスキー業界にとって極めて重要な高級酒市場だ。日本の隣にありながら、あまり知られていない現地のウイスキーシーンに迫る2回シリーズ。

文:スティーブン・パーカー

 

「外国から台湾に来た人たちと会うたびに、ある確信が深まってくるんです。それは台湾に関する外国人の知識が、どれもこれも間違いだらけだということ」

マイク・コッティンガムはそう語った。マイクが創業したコッティンガムは、台湾で初めての酒類輸入会社。今年2022年には、創業30周年を迎えている。マイクの言葉は、台湾をめぐる世界の事象全体に向けられたものだ。それでもウイスキーの世界に限定してみれば、いっそう真実味を帯びてくる。

誰も知らない常識のひとつ。それは台湾が世界トップクラスの高級酒市場であるという事実だ。

台湾ウイスキー界を代表するインフルエンサーの潘大鈞(デイビッド・パン)。ウイスキーファンなら誰もが知っているYouTubeチャンネルを主宰している。

スコッチウイスキー協会が公表している2020年のデータによると、台湾はスコッチウイスキーの輸出額でアメリカ、フランスに次ぐ世界第3位の市場ということになっている。だが数量ベースのランキングでは、トップ10にすら入っていない。この事実から浮かび上がるのは、台湾人が世界のどんな国の人々よりも高額なスコッチウイスキーを購入しているということだ。

マイクは冗談めかして言う。

「台湾で標準品のスコッチといえば12年熟成のシングルモルト。18年熟成でもまだエントリーレベルですよ(笑)」

台湾の飲酒文化は、この30年間に大きく進化してきた。その要因は主に4つある。人口動態の変化、台湾人の知識欲、インフルエンサーの台頭、国産ブランドの台頭だ。

大きな進化を遂げた業界には、必ずその変化を先導した陰の立役者がいる。台湾のウイスキー業界では、スティーブン・リンこと林一峰氏がそんな先駆者の一人といえよう。自身もウイスキーのインフルエンサーであるデイビッド・パンこと潘大鈞は、林一峰を「台湾ウイスキー界のゴッドファーザー」と呼んで称える。

「彼のウイスキークラブは、新しい世代のウイスキー紹介者を育ててきました。数々の著書によって、台湾人のウイスキーに対する考え方も変えたんです」

林一峰氏は、30年以上にわたって台湾におけるウイスキー事情のスポークスマンを務めてきた。トークイベントや執筆を通じて、酒類業界に与えてきた影響は計り知れない。作家であり、ユーチューバーであり、台北のウイスキーバー「後院 威士忌博物館(L’arriere-Cour)」と「小後苑(Backyard Jr.)」も経営している。目の肥えた客が増え続ける台湾の中心で、自分のバーを拠点に2,000種類以上のユニークな超高級ウイスキーを提供してきたのである。

台湾のウイスキーシーンは、近年ますます愛好家を増やしながら質的にも洗練されている。林一峰氏のようなインフルエンサーの存在は、現代のウイスキーブームを説明する要因のひとつに過ぎない。台湾の戦後世代は、贈答品、人付き合い、社会的地位などの象徴としてウイスキーを楽しんできた。その一方で、若い世代はブランドの背景にあるストーリーやウイスキーづくりの工程などに関心が高い。さまざまな蒸溜所の違いを理解し、ブランドごとのフレーバーについても熱心に学んでいる。
 

ウイスキーブームを牽引するネットコミュニティ

 
台湾では、SNSを通じて密接につながっているコミュニティの力も大きい。潘大鈞氏のYouTubeチャンネル「好總監瞎談(GDirector’s Talk)は、チャンネル登録者数が12,000人。そのほとんどが熱心な台湾のウイスキーファンだ。このコミュニティはドキュメンタリー映画『生命之水(The Water of Life)』のプロモーションにも一役買い、映画の鑑賞券はウイスキー愛にあふれた人々で完売することになった。

潘大鈞氏も指摘していることだが、台湾ではヨーロッパ人のように日常的にお酒を飲む人は少ない。だがエンジニア、医師、弁護士などの職業を志して海外留学を経験した世代が、西洋の生活文化も身につけて台湾に帰ってきた。そんな東西文化の混在は、親世代にとってもどこか誇らしいものであった。

アレン・チェン氏が経営する「Drizzle by Fourplay」は、台北を代表するウイスキーバーのひとつ。

留学から帰国した人々は、学校では教えてくれなかった生の知識を持ち帰り、海外で体験した世界を生活の質に反映させた。それが台湾の新しいライフスタイルを育ててきたのである。カクテルバーやウイスキーバーが人気を博したのも、そんな時代がきっかけだった。

新しい文化や環境の変化を感じて、プロのバーテンダーになろうと決意した一人がアレン・チェン氏だ。カクテルコンテストでの優勝経験もあるアレンは、台湾でも屈指の著名なバーテンダーとなった。バーの世界に足を踏み入れてから17年、台北の繁盛店「Fourplay」と「Drizzle by Fourplay」のオーナーとして台湾の新しい高級バーブームを先導している。

チェン氏は世界を駆け回る旅人でもあり、ヨーロッパ、アジア、アメリカの各地でゲストをもてなした経験がある。そんな彼が、「台湾人は信じられないほどウイスキーに詳しい」と言う。

「台湾の消費者は、知識欲が旺盛です。台湾人は、みんな自分が飲んでいるドリンクについて深く知りたがります。月並みな表現ですが、私たちは本当に勉強熱心で模範的な生徒なんですよ」

英語では「ドランクンマスター」として知られる高雄市の酔侠威士忌酒館は、独立系ボトラーとしてレアなスコッチウイスキーを販売している。メイン写真は酔侠威士忌酒館のバーカウンター。

このような知識への欲求が、インディペンデントボトリングへの情熱も生み出している。高雄市の酔侠威士忌酒館のオーナーであり、自身もインディペンデント・ボトラーであるリー・チュンフェンも同じことを語っている。知識や教育を大切にする台湾人の気風が、ボトラーズ商品の台頭において重要な役割を果たしたというのだ。

「台湾人は、自分が好きなウイスキーについて知り尽くしています。ウイスキーへの造詣は極めて深く、品質の優れたウイスキーを求め、いつもユニークでレアなウイスキーを探しているんです」

その結果として、特に英国のインディペンデントボトラーたちを支持する活気ある市場がここ台湾で生まれた。ゴードン&マクファイル、ダグラスレイン、シグナトリーといった世界有数の独立系ボトラー各社は、コロナ禍に見舞われたここ数年も台湾での売上を前年比で大きく伸ばしている。

台湾全土には1,500軒ほどの酒屋があり、個人が発注した13年前のボトルから1940年代のウイスキーまで何でも手に入る。マニアックなウイスキーファンにとって、台湾はパラダイスのような場所だ。頻繁に開催される展示会やテイスティングには、インフルエンサーやラジオパーソナリティといった人々もたくさん参加する。

長年ウイスキーを愛好してきたオットー・ライこと賴偉峯は、世界威士忌烈酒展(Exhibition O’Whisky)を主催した人物。イベントには2000人以上の参加者と80品目以上のウイスキーが展示された。コロナ禍での休止期間を経て、2022年10月には最大のウイスキーイベントであるWhisky Liveも台北で開催されたばかりだ。
(つづく)