タスマニアに学べ【第1回/全3回】
オーストラリアンウイスキーの躍進は、30年前のタスマニアで始まった。開拓者から新進の挑戦者まで、現地の変遷と近況を探る3回シリーズ。
文:タッシュ・マッギル
辺境と呼ばれるような場所で、ウイスキーをつくるのはきっと難しい。だがオーストラリアのタスマニアでは、ここ何十年にもわたって本格的なウイスキーの製造が実際に育まれてきた。つまりタスマニアは、地の利に恵まれていないと思われるすべての生産地にとって、マスタークラスのような成功例に溢れた場所でもある。
タスマニアは、オーストラリア南東部の沖合に浮かぶ島だ。人口は50万人ほどだが小さな島ではなく、九州よりも大きくて北海道よりも少し小さい。この島では少なくとも50軒以上のウイスキー蒸溜所が公式に操業しており、蒸溜所の数だけでオーストラリア本土の2倍を超える。
タスマニアのウイスキーメーカーが一堂に会する「タスマニア・ウイスキー・ウィーク」は、何千人ものウイスキーファンが島外から押し寄せる恒例のイベントだ。
この期間中は、ウイスキーファンたちにとって1年ぶりの再会を祝う機会でもある。主催はタスマニア蒸溜酒協会(タスマニアン・ウイスキー・アンド・スピリッツ・アソシエーション)で、現地の活気あふれるウイスキーコミュニティを体験できる。コミュニティ主導のマーケティングやアドボカシーによって、タスマニア産のウイスキーを新たな高みへと押し上げてくれる催し物だ。
このタスマニア・ウイスキー・ウィークでは、各蒸溜所ではさまざまなイベントやツアーが催される。各社のウイスキーディナーは、タスマニアを代表する関係者たちとも同席できるチャンスだ。伝説の創業者や、最先端の生産者とも距離が近いのはいかにもタスマニアらしい。
このフェスティバルは、ホバートの海岸沿いで開催される「ショー・デー」がクライマックスとなる。島内30軒以上の蒸溜所が一堂に集まり、来場者は効率よく試飲や生産者との交流が楽しめる。まさに南半球のアイラ・フェスティバルといった雰囲気である。
タスマニアの澄んだ空気と冷涼な気温は、ウイスキーの熟成にも理想的な環境だ。滋味に富むタスマニア産の大麦や、清らかな天然水も容易に手に入る。フランスやイタリアほど確立されていないにしろ、熟成樽を供給するオーストラリアの赤ワイン産業も十分に発展済みだ。そしてオーストラリアには、今でも十分な樽を提供できるほどトーニーポートがよく消費されている。このポートワイン樽によって、香味に独特のエッジを加えたウイスキーも生産できるのだ。
産地の物語を伝えやすい離島ならではのウイスキー
離島で生産されるアイランドウイスキーは、おそらく他のどんなウイスキーよりも強く個性の表明が求められる。だからこそタスマニア産の原料、そこに住む人々、風土に合わせた独自の製法などに関する物語を語らなければならない。
タスマニアのウイスキーメーカーは小規模な蒸溜所が大半で、容量1,200~1,500リットルの蒸溜器1基やハイブリッド型の蒸溜器でやりくりしている。生産規模は限られてくるが、さまざまな変更や実験の余地も多い。生産環境はタスマニア特有の気候の恩恵にあずかっている。だが遠隔地である逆境は変えようがなく、気候変動の影響も避けられない。
タスマニアの気候は荒々しく、それを反映したウイスキーの香味もまた力強い。ラーク、サリヴァンズコーヴ、オーフレイムのような比較的古株の蒸溜所は、タスマニアはもちろんオーストラリアのウイスキーシーンを代表するような存在だった。それぞれに個性が豊かで風味の幅も広く、時に不思議なタスマニアらしさを代弁している。
数年前まで、タスマニア産ウイスキーといえばトーニーポート樽による熟成が特徴だった。厳しい気候の中でこのような酒精強化ワインの小樽を使うと、ウイスキーにしっかりと樽材由来の骨格が備わる。この効果にあわせて濃厚な味わいのスピリッツを蒸溜し、果実味を前面に押し出した香味プロフィールになることが多かった。
そんな理由で小樽を使用しつつも、タスマニアの多くの小規模ウイスキーメーカーにとっては容量の大きな樽も重要だ。小さなメーカーがウイスキー生産の利益を確保するには、長期熟成のシングルカスク商品を市場に送り出すことも重要になってくる。そして長期熟成には大きな樽の方が適しているのだ。
このような長期熟成のシングルカスク商品が、高級ブランドとしての認知度を向上してきた事実も重要だ。小樽を使用したタスマニアンウイスキーのユニークな香味や、大樽の長期熟成による伝統的なストーリーはどちらも犠牲にできない。そのような両輪を駆使しながら、時代に合わせて変わり続ける。結果的に、まったく新しいウイスキー体験の扉を開くスタイルの拡大が起こっているのだ。
(つづく)