シェイクスピア四大悲劇のひとつ『マクベス』の登場人物を体現したコレクションが発売開始。壮大なテーマに取り組んだ仕掛け人たちが、驚くべき企画の舞台裏を語った。

文:WMJ

数多の戯曲や詩作によって、今でも世界中の人々を魅了するウィリアム・シェイクスピア。実在のスコットランド王をモデルにした戯曲『マクベス』(1606年発表)は、400年以上にわたってさまざまな舞台や映画の題材になった。猜疑と欲望が渦巻く破滅の物語は、人間の業をスリリングに描き出している。

この『マクベス』をウイスキーの香味で表現できないだろうか。そんな壮大なアイデアを思い付いてしまったのは、レキシーことアレクシス・リビングストン・バージェス。デザイナーとして数々の優れたボトルデザインを手掛け、自身でも独立系ボトラー事業を営む熱烈なウイスキーファンである。

ウイスキーで傑作『マクベス』を表現しようと考えたアレクシス・リビングストン・バージェス。すべての非凡な物語と同様に、その道のりは単純ではなかった。

「この登場人物は、ウイスキーに例えたらどんな味わいになるのだろうか。シェイクスピアの戯曲を読みながら、そんなことを考え始めたら興味が抑えられなくなりました。うっかり狂気の扉を開いてしまったのです」

人類史を代表するような戯曲がテーマだから、ボトルデザインも中途半端は許されない。今年で92歳になる英国随一のイラストレーター、クエンティン・ブレイクに頼み込んで各キャラクターの視覚化が始まった。

だが最大の問題は、中身のウイスキーだ。強烈な個性の登場人物たちに呼応するウイスキーは、一体どうやって手に入れたらいいのだろう。レキシーの書棚に並んだウイスキーガイドは、ほとんどがデイヴ・ブルーム(ウイスキー評論家)の著作だ。そこで知人の伝手を頼ってデイヴにメールを送った。

「はじめまして。マクベスの登場人物を表現したウイスキーの選定と調達をお願いできますか?」

大学で英文学を修めたデイヴ・ブルームは、このアイデアに魅了されて依頼を快諾する。戯曲を何度も読み返し、劇場に通い、『マクベス』を題材にした映画もすべて観た。黒澤明監督の『蜘蛛の巣城』もその一つだ。登場人物のキャラクターを自分なりに理解し直すためだったとデイヴは語る。

「登場人物の多くは、強烈な個性の持ち主。癖の強いキャラクターで、邪悪さや狂気も宿しています。善人は軽やかなアメリカンオークの樽香で表現できるとして、問題は悪人たちです。ピート香やシェリー香など、強烈な個性を宿したウイスキーが必要だとわかりました」

クエンティン・ブレイクは、齢90を超えた英国の伝説的イラストレーター。マクベスの登場人物を鳥に見立てた独創性で唯一無二のラベルを彩る。

この時点で、デイヴは少し後悔し始めていた。安請け合いしてしまったが、これは狂気に満ちた企画だ。そこで泣きついた相手が、のオリーことオリバー・クリントン(エリクサー・ディスティラーズのヘッドブレンダー)だ。相談を受けた時の気持ちをオリーはこう回想する。

「狂気の企画であることは、僕だってすぐにわかりましたよ。でもウイスキーを愛しすぎているから、ノーと言えなかったんです。まあ僕自身も狂っているということです。幸いなことに、マニアックなウイスキーならエリクサー・ディスティラーズにはたくさんあります。ボスたち(スキンダー・シンとやラジ・シン)の秘蔵コレクションにも手を付けたので、ちょっと心は痛みましたが」

それにしても『マクベス』の登場人物は曲者だらけだ。亡霊を表現するには、閉鎖された蒸溜所がいいだろう。二面性のあるキャラクターは、香味が徐々に変化するウイスキーで表現したい。血まみれの将校は、濃厚な赤ワイン樽熟成のタンニンとミネラル感が相応しい。デイヴは『マクベス』の世界にどっぷりと浸かりながら、そんな考察を続けたのだという。

「エレガントすぎない邪悪な感じのウイスキーも欲しい。気分が悪くなりそうなほど、ピートが効いたウイスキー(でも美味しいやつ)を探してくれないか。そんなリクエストをオリーに送り続けました(笑)」
 

ついに前代未聞のコレクションが一部公開

 
そうやって集められた個性的なウイスキー9種類が、このたび特別限定商品「マクベスコレクション」の「アクト1(第1幕)」として発売された。登場人物たちは6つの属性に分けられ、それぞれ極めて稀少なスコッチウイスキーで表現されている。

英文学を修めたデイヴ・ブルームにとって、この難題は「決して断れない依頼」でもあった。エリクサー・ディスティラーズのオリバー・クリントンとタッグを組み、前代未聞のウイスキー選びが始まった。

まず「王族」(壮麗なモルトウイスキー)からはダンカン王(グレングラント56年)。「従士」(気品漂うモルトウイスキー)からはアンガス(グレンギリー31年)、マクダフ婦人(リンクウッド31年)、メンティース(ベンリアック31年)。「亡霊」(今は亡き蒸溜所のウイスキー)からは第一の亡霊(カンバス31年)。「魔女」(スモーキーなウイスキー)からは第一の魔女(非公開アイラモルト19年)、「暗殺者」(アイランズモルト)からは第一の暗殺者(非公開マル島モルト18年)。「住人」(個性豊かなウイスキー)からはシートン(アードモア12年)、血まみれの将校(ブレアソール10年)といった内容だ。

もちろん使用されたウイスキーはすべてエリクサー・ディスティラーズの秘蔵品であり、オフィシャル品とは異なる特別な樽熟成も経ている。その複雑な香味が、登場人物のさまざまな特性にリンクしているのだ。

ウイスキーを改めて味わいながら、デイヴとオリーの議論は熱を帯びていく。特異な登場人物たちに例えることで、明らかになっていく複雑なウイスキーの個性。ウイスキーの香味を人間の性格に例えたコレクションは、おそらく史上初めての試みだ。オリーは感慨深げに言う。

「私はもともとウイスキーの香味を言葉で表現するのが苦手。香りや味わいから、心象風景や人物などの視覚的なイメージが浮かんでくるタイプなんです。だから今回のウイスキー選びも直感的に進められました」

英国を代表するプロフェッショナルたちが、その英知を結集して作り上げた稀有なウイスキーのコレクション。楽しみ方は、人それぞれだ。お気に入りの登場人物から選んでもいいし、ウイスキーのプロフィールで選んでもいい。

個性豊かな9人を紹介した「アクト1」は、物語の始まりに過ぎない。何といっても『マクベス』は第5幕まであるのだ。つまりこのシリーズは、今後5年間にわたって同様のスケールで続いていく。クライマックスはまだこれから。物語が完結するまで、しばらく舞台から目が離せない。