世界的な人気上昇によって、定義不在の問題が顕在化していたジャパニーズウイスキー。2021年に定められた自主基準について、田中城太氏(キリンビール)と肥土伊知郎氏(ベンチャーウイスキー)がデイヴ・ブルーム氏の質問に答える。

文:WMJ

 

ジャパニーズウイスキーは、この百年で独自の進化を遂げてきた。スコッチウイスキーを手本としながらも日本人の味覚にあった香味を追求し、食中酒としての水割りやハイボールが定着した。同じメーカー内で多彩な原酒を用意し、海外原酒も積極的に取り入れて味わいの幅も広がった。

しかし一躍世界の人気カテゴリーになると、ジャパニーズウイスキーの具体的な定義がなされていないことで混乱も巻き起こした。2021年2月に日本洋酒酒造組合が発表した自主基準には3年間の経過措置が設けられており、2024年4月から本格的に規制が発効することになる。ジャパニーズウイスキーを名乗るための主な要件は、原材料に麦芽を必ず使用し、日本国内で採取された仕込み水のみを使用し、日本国内の蒸溜所で蒸溜し、スピリッツは700リットル以下の木樽に詰め、日本国内で3年以上貯蔵し、日本国内で瓶詰めすることだ。

この自主基準を制定する際に、主導的な役割を果たした田中城太氏(キリンビール)と肥土伊知郎氏(ベンチャーウイスキー)が「東京 インターナショナル バーショー 2023」のステージに登場。ジャパニーズウイスキーにも造詣の深いデイブ・ブルーム氏と議論を展開した。
 

自主基準はどこまで有効なのか

 
デイブ・ブルーム:今回定められた自主的な基準について、詳しく教えてもらえますか?

肥土伊知郎:日本洋酒酒造組合というメーカーの団体で、5年前から話し合いが始まりました。それまで日本には酒税法で決められた規定以外には製造方法の定義がなく、5大ウイスキーの産地でただひとつ産地表示が法制化されていない状況が続いていました。これを改めようということで話し合いを進め、合意に至ったのが2021年2月のこと。内容はスコッチウイスキーの定義にも似ていますが、仕込み水やボトリングも国内でおこなって初めてジャパニーズウイスキーと呼べるという自主規制ルールになりました。法律ではありませんが、経過措置が終わった2024年の4月1日から本格的に効力を発します。

肥土伊知郎氏(ベンチャーウイスキー)

デイブ・ブルーム:法律ではないものの、日本洋酒酒造組合のメンバーは守らなければならないルールですね。このルールをいずれは法律にまで格上げしたいとお考えですか?

肥土伊知郎:守るべきルールとして決めたことなので、みんなに守っていただいて、日本のウイスキーの評価と中身の明確化を進めていきたい。みんなに守ってもらうなら、やはり法制化が理想だと個人的には思っています。

田中城太:法律になったほうが望ましいとは思っています。海外のリカーショップなどでジャパニーズウイスキーとして売られている商品のなかには、明らかにジャパニーズウイスキーではない商品や、そもそもウイスキーでさえないものも並べられています。このような状況を防ぎたいと考えたのが、ルール化を進めた理由のひとつです。

デイブ・ブルーム:そういった出自の怪しい商品の存在が、輸出市場におけるジャパニーズウイスキーの評判を傷つけてきたとお考えですか?

肥土伊知郎:消費者や愛好家を中心に「自分たちが飲んでいるものが何なのか」ということを詳しく知りたいのは当然のこと。以前から感じていたのですが、例えば中身はスコッチなのにラベルにはジャパニーズウイスキーと書いてある商品があれば、当然のようにすべて日本でつくられているウイスキーであろうと多くの人が推測します。でも実際にはそうではない商品も横行しており、ウイスキーですらないものがジャパニーズウイスキーとして売られていました。そんな現状を鑑みて、せっかく日本のウイスキーは世界的に評価が高まっているのに、このままだと必ずどこかでダメージがあるのではないかと考えていました。

デイブ・ブルーム:こういう状況で、既存のジャパニーズウイスキーのメーカーは被害者だと言えるでしょうか?

田中城太:被害者とまでは言いませんが、ここまでジャパニーズウイスキーが高い評価を得ているのは、真摯に良質なウイスキーをつくってきた努力が正当に評価されたおかげです。ここでお客様をがっかりさせたり、お客様に嘘をつく形になってしまわないようにしないと、市場が沈んでしまうということは過去の歴史からも明らかです。高い評価がある一方で、怪しい出自の商品が横行するのをどうやって防ぐのか。被害者意識というよりは危機感によってルール化を進めました。

デイブ・ブルーム:危機感という言葉も強い表現ですが、そこまで悪い状況なのですか?

田中城太:まだそこまで深刻な状況ではありませんが、それでも海外の棚にジャパニーズウイスキーとして並んでいる商品が、明らかにジャパニーズではないばかりでなく、それらが法外な値段で売られている状況があります。それを海外のお客さまがジャパニーズウイスキーだと誤解してしまう状況は正さなければならないと考えていました。
 

透明性を確保してイノベーションの余地も残す

 
デイブ・ブルーム:自主基準策定に至る動機についても教えてください。主要な国内ウイスキーメーカーが、同じような目的意識で連携するプロジェクトとして始まったのでしょうか?

肥土伊知郎:新規に参入してくれているクラフトメーカーの皆さんにも、現状を知ってもらいながら世界に通用するウイスキーづくりを進めていただきたいという願いあります。だからこそ、いきなり法制化は難しいので、まずは酒造組合に加盟している人たちが守るべきルールを作りました。このルールに従って世界中で評価していただけるような商品をつくり、消費者が正しい選択をできるようにするのが共通の目的です。海外の原酒を使っても、美味しいウイスキーがつくれるのならそれでいい。私の会社でもワールドウイスキーはつくっていますが、ちゃんとラベルに表示することでお客様に透明性を確保することが大事です。この先に法制化があってもいいと個人的には思っていますが、まずはウイスキーの出自がしっかりわかった上で、自分が飲みたい美味しいウイスキーを楽しんでいただくことが目標になります。

田中城太氏(キリンビール)

田中城太:富士御殿場蒸留所でも、創業当初から海外のネットワークを通じて良質な原酒を調達し、自分たちの原酒とブレンドしてお客様に美味しく手頃な価格で提供することを重視してきました。その意味でも、ワールドブレンデッドウイスキーの良さはわかっています。その一方で、これまで「ジャパニーズウイスキーとはなんぞや」という定義について厳密に意識していなかったのは事実であり、海外からの期待や評価が高まるにつれてジャパニーズウイスキーという定義の必要性を認識しました。さまざまな議論を経て、一昨年合意された定義の内容には満足しています。ガチガチに規制せず、新しい価値を創るイノベーションの余地も残しました。同時に仕込み水や瓶詰めの条件を課すことで、海外にバルクを送ってつくられる商品をジャパニーズウイスキーから除外しています。ウイスキーには多様な世界があるので、海外の原酒をブレンドした商品は否定しません。お客様に透明性が確保され、安心して楽しんでいただけるようにメーカーとしての誠実さが大切です。法律にするのは難しいと思っていますが、業界に参入してくる新しいメーカーをちゃんと巻き込み、仲間として一緒に良いウイスキーをつくっていこうという姿勢を我々が示すしかありません。

肥土伊知郎:このルールに従ってウイスキーをつくったほうが、海外の評価も透明性も確保できて、誠実なメーカーだという信頼を獲得する。それで初めて消費者の選択肢のひとつにしてもらえるという状況を作りたい。ウイスキーメーカーがどんどん増えていく中で、大多数の人たちに同じ考えを持ってもらうことが大切だと思います。

デイブ・ブルーム:英国でも店舗の棚やオンラインショップのカテゴリーで、ジャパニーズウイスキーとはいえない商品がジャパニーズウイスキーに区分されている例は見受けられます。その点で、ジャパニーズウイスキーの定義に関する教育や啓蒙も必要になるのでしょうか?

田中城太:法律ではない自主基準なので、まずはことあるごとに基準の内容について広めることが我々の役割です。日本の業界の仲間が決めたルールとして、SNSなどのさまざまな手段を用いながら海外にも発信していきたいと思っています。その意味では、教育というよりも伝道や普及に近いでしょうか。
 

本当の目的は消費者の利益

 
デイブ・ブルーム:法律や規制には、業界を保護するための退屈なルールというイメージもあります。しかし実のところ、消費者を保護するという目的こそが、ルール策定でもっとも重要になるのではないでしょうか?

肥土伊知郎:まさにおっしゃる通りです。ルール化されたとしても、ジャパニーズウイスキー以外のウイスキーがつくれない訳ではありません。消費者が正しい選択をするために必要なルールなのであって、決してジャパニーズとワールドウイスキーの間にヒエラルキーを設ける訳ではありません。知識欲旺盛な消費者のみなさんが、自分たちが飲んでいるウイスキーの出自を知りたがっており、あくまでその選択に資するための定義だと思います。

田中城太:日本の今の状況で、法制化は難しいと思っています。そこにエネルギーを割くより、日本洋酒酒造組合として決めた定義を説明しながら、さまざまな形で広めていくのが先決だと思っています。ありがたいことに、海外のウイスキー愛好家の中も、ジャパニーズウイスキーの見分け方を自発的にウェブサイトで説明してくれている方々がいます。メーカーだけでなく、自主基準の周知に協力してくれるディストリビューターもいます。お客様に誠実で良質な商品を届けるため、われわれメーカーの仲間が力を合わせて一緒に活動するしかないと思っています。

デイブ・ブルーム氏(ウイスキー評論家)

デイブ・ブルーム:完全に同じ意見です。「ジャパニーズウイスキーなんて、どれも信じられない」というリアクションは危惧しているし、現時点でもそれなりのダメージはあるでしょう。私のようなメディアの人間、小売店、流通、バーテンダー、そして消費者が、それぞれ考えていかなければならない問題です。スコッチウイスキーの定義はよくできていると思っていますが、規制のせいでイノベーションが妨げられているという消費者の声も聞きます。このような規制は、イノベーションの邪魔をすると思いますか?

肥土伊知郎:ウイスキーというカテゴリーは、長い歴史のなかで育まれてきたもの。やはり先達に対する敬意でつくらせてもらっているという意識があります。だから伝統的な酒類として、カテゴリーは明確にするべきだというのが僕の意見です。でも技術革新はどんどんやっていい。それがウイスキーなのか、スピリッツなのか、リキュールなのかという呼称の違いがあっても、結局お客様は美味しさを求めているだけなのです。あくまでカテゴリーを明確にするための規制であり、決してイノベーションを阻むルールではないと思います。

田中城太:現代は何でもありの世界で、食べ物も飲み物もあらゆる境界がなくなってきています。ただし「守破離」のように、基本をちゃんと守った上で抜け出すといった枠組みは重要だと思います。ウイスキーと定義される商品には、それなりの特徴や良さがあるはず。それは建築のルールにも似た意義があると思っています。伝統のルールや基本的な定義を守り、あえてそこから飛び出ることに「守破離」の価値があります。だからこそジャパニーズウイスキーの定義にも、さまざまなイノベーションの余地を残しました。異論がある方々とは議論を続けていきます。

デイブ・ブルーム:今後のジャパニーズウイスキーを救うことになるかもしれない重要な議論でした。日本のウイスキー業界がしっかりとイニシアティブをとることで、世界のウイスキー業界全体が発展する助けになると思います。