ジャパニーズウイスキーの今を訪ねて【第1回】
談:TWC商品開発担当者
5年ほど前から、日本各地で新しいウイスキー蒸溜所が続々と誕生しています。モルト原酒の熟成もある程度進み、商品を発売する蒸溜所も増えてきました。こんな新しい時代の到来にワクワクする一方で、既存のウイスキーファンから「どれを試してみたらいいのかわからない」といった声が聞こえくるのも事実です。
私が商品開発に携わっている会員制オンラインショップ「The Whisky Crew」(TWC)は、紹介制のウイスキークラブ。経験豊富なウイスキー愛好家やプロフェッショナルの皆様を対象に、一般では販売していない特別なウイスキーを「TWCボトリング」として商品化してきました。このボトリング事業の一環として、今年から新シリーズ「ジャパニーズトレイル」がスタートしています。
数ある蒸溜所から特に優れたウイスキーだけを厳選し、ジャパニーズウイスキーの現在地を知りたい。そんな思いから始まった旅は、たくさんな出会いと驚きをもたらしてくれました。そんな業界インサイダーとしての体験を読者の皆様と共有し、各蒸溜所の魅力を知っていただくためにこの連載を始めます。
その1:嘉之助蒸溜所
「ジャパニーズトレイル」が最初にコンタクトをとったのは、 鹿児島県日置市の嘉之助蒸溜所(2018年よりウイスキー製造開始)。当初よりウイスキーイベントでニューメイクの品質に驚いていましたが、2021年発売の「SECOND EDITION」はその予想さえ覆すほどの素晴らしい出来栄えでした。重厚なボディと濃厚な風味があり、3年熟成とは思えない風格を感じたのです。それに加えて、スコッチでは表現できない特性も面白いと思いました。例えていうなら、昔ながらの和室に置かれた古い家具のような懐かしさです。
実際に嘉之助蒸溜所を訪れると、その環境にも魅了されました。蒸溜所から見えるのは、広い海原と雄大な山々。まさに自然に囲まれた環境です。蒸溜所の設備はもちろん、その製法にも妥協はありません。樽熟成焼酎のパイオニアと呼ばれた小正醸造が、かつて海外市場で焼酎への不理解によって挫折を経験し、その悔しさをバネにしてウイスキー事業を立ち上げたという小正芳嗣社長の裏話にも感動しました。
蒸溜所の見学後、ビジターセンターの「メローバー」でカスクサンプルを3種類テイスティングしました。1つ目はバーボンバレル熟成のウイスキー。2つ目は熟成焼酎「メローコヅル」の熟成に使用されたアメリカンホワイトオークリチャーカスク熟成のウイスキー。3つ目は両者をヴァッティングしたウイスキーです。
わずか3~4年の熟成でも、樽熟成の個性ははっきりと表れます。バーボンバレルは、黄色いフルーツを思わせる香り。アメリカンホワイトオークリチャーカスクは、古い家具のようなニュアンスとキャラメルっぽさ。リチャーカスクがもたらす嘉之助のハウススタイルの魅力がバーボンバレルとのヴァッティングで一層引き出されていると理解しました。
嘉之助蒸溜所のウイスキーづくりは、スコッチの王道を思わせるオーセンティックなもの。熟成焼酎のノウハウも豊かなので、樽の香味の表現がとても巧みです。九州南部の暖かな気候で熟成が早く進むため、フレーバーもどこか南国的。これからも日置のユニークなテロワールをたびたび感じてみたいと願っています。
嘉之助蒸溜所について詳しくはこちらの記事もご覧ください。
その2:長濱蒸溜所
長濱蒸溜所に興味を持ったのは、ジャパニーズウイスキーでいちばん自由な気風を感じさせるメーカーだから。シングルモルトも発売していますが、スコッチモルトやスコッチグレーンなどの原酒を輸入して自前のモルトとブレンドした「AMAHAGAN」も高く評価されています。この融通無礙なブレンディングに、驚きと憧れを感じていました。
長濱蒸溜所のモルト原酒は、とてもきれいでモルティーな酒質です。シェリー樽で熟成すると香味が際立ち、ブレンドしても長濱らしいモルト香が引き出されます。多彩な樽熟成で香味を加えながら、長濱モルトの特徴をポジティブに打ち出すブレンディングが可能なのです。
今回はブレンダーの屋久佑輔さんにご意見をうかがいながら、TWC独自のブレンデッドウイスキーを完成させました。異色のボトリングではありますが、AMAHAGANスタイルを踏襲した長濱らしいウイスキーでもあります。ブレンドによってジャパニーズウイスキーの現地点を表現しているのが、現在の長濱蒸溜所のスタンス。その魅力を追体験するなら、やはりブレンデッドが面白いと思っていました。
TWCによる長濱蒸溜所のブレンデッドウイスキーは、モルト比率が高いこともあって長濱らしいモルト香が生かされています。スピリッツから立ち上がる黄色いフルーツの香りに加え、ピート香やシェリー樽の香味を織り込んだ複雑さ。そこに長期熟成のスコッチモルト(1993年蒸溜)で落ち着きを加えました。いろんな香味を盛り込みすぎると、他の蒸溜所ならちぐはぐになりがち。でも長濱モルトはクリーンな酒質だからバランスがいいのです。
長濱蒸溜所の魅力は、前例にとらわれない自由で柔軟な発想です。チームの全員がウイスキーづくりを楽しんでおり、その楽しさが香味から伝わってきます。こだわりがありながら、とことんフリーダムなのが長濱イズム。今度はアジア市場で人気が沸騰しているシングルモルト商品も企画してみたいと思っています。
長濱蒸溜所について詳しくはこちらの記事もご覧ください。
その3:SAKURAO蒸溜所
数あるジャパニーズウイスキーのなかでも、SAKURAO蒸溜所がつくるウイスキーには強靭なコンセプトがあります。瀬戸内海に面した桜尾と山深い戸河内の2箇所に貯蔵庫があり、それぞれが個性的な香味に仕上がるのも面白い。そこでシングルカスクを提供してもらう際に、わがままを言って桜尾と戸河内の2種類をセレクトしました。
モルト原料や熟成樽にもバリエーションがあります。桜尾がノンピートで、戸河内がピーテッド。桜尾がクリームシェリー樽で、戸河内がバーボンバレル。どちらも際立った個性を主張しながら、実際の熟成年数をはるかに超えたバランスの良さが感じられるシングルカスク商品です。バーなどで見つけたら、ぜひ両方を飲み比べてみることをおすすめします。
SAKURAOのウイスキーは、現時点での完成度にも驚くべきものがあります。クリームシェリー樽熟成の桜尾は、スパイシーな香草、フルーツ香、キャラメルなどのニュアンスがあり、普通のシェリー樽熟成ともまた異なった香味。蜜っぽい凝縮感に麦芽の甘味も加わり、たまり醤油のようなイメージも浮かんできます。3年熟成でも飲みごたえは十分で、これからの成長を確信させるしっかりとしたボディが印象的です。
戸河内の貯蔵庫は森の中にあり、ドアで密閉されていないため周囲の環境と一体化しています。エステリーな酒質にライトピートが効いていて、その奥にパイナップルのようなフルーツ香がしっかりと感じられます。ちょっとスパイシーで、トップノートにはペパーミントや井草のような青っぽさ。花、土、すす、落ち葉などのイメージも押し寄せ、マイナスイオンに満ち溢れた戸河内の森がグラスから立ち上がるようです。日本のウイスキーにしか表現できないロマンチシズムに魅了されました。
日本には素晴らしいウイスキー蒸溜所がまだまだあります。「ジャパニーズトレイル」では、他の蒸溜所との企画も進行中。これからも日本各地の蒸溜所を訪ね歩き、ウイスキーづくりの現場で感じた印象をレポートしたいと考えています。
桜尾蒸溜所について詳しくはこちらの記事もご覧ください。
The Whisky Crewとは
世界と日本の希少なウイスキーを独自にボトリング。「The Whisky Crew」(TWC)は、会員のみがWebサイトにアクセスして商品を購入できる会員制のオンラインショップです。会員になるには、現会員の紹介が必要となります。お申し込みは、現会員の氏名(漢字フルネーム)を入力して申請するだけ。ウイスキーマガジン日本版の読者の皆様も、ぜひお近くのTWC会員をお探しになってみてはいかがでしょうか。詳しくはこちらから。
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