アメリカ西海岸北部のクラフト旋風(2)ウエストランド蒸溜所

December 25, 2017


アメリカ西海岸北部の革新的な蒸溜所巡りは続く。シアトルのソードー地区で、世界中のウイスキー関係者が注目するウエストランド蒸溜所を訊ねた。

文:ステファン・ヴァン・エイケン

 

世界各地で著名なウイスキー関係者たちと語り合うたび、数年前から頻繁に名前が挙がるようになったウエストランド蒸溜所。スコットランドのマスターディスティラーやブレンダーたちも理想的なクラフト蒸溜所のひとつと見なしており、いつか訪ねてみたいと考えていた場所だ。

ウエストランド蒸溜所を設立したのは、当時20代の男性2人。ワシントン大学の3年生だったマット・ホフマンは、ある日、高校時代からの親友であるエマーソン・ラムと一緒にケンタッキーを車で巡る旅に出る。きっかけはエマーソンの実家が製材業を営んでいたこと。思い返せば、あれがすべての始まりだったと2人は語る。ほどなくマットは大学を中退し、エマーソンとともにウエストランド蒸溜所を設立。最初はジンとウイスキーを蒸溜していたが、すぐに生産品目を絞り込むことにした。当時はまだカテゴリーとして成立していなかった「アメリカンシングルモルトウイスキー」である。

2010年の開業時は、同じシアトル市内でも現在とは別の場所にあった。だがすぐ手狭になり、2012年にシアトルきっての工業地帯であるソードー地区に移転。近所にはスターバックスの本社もある。

麦芽の粉砕、発酵、蒸溜は、ここソードーの蒸溜所(面積1,300㎡)でおこなわれる。築98年で、15年前まではクレーン工場として使用されていた建物だ。蒸溜所でもっとも印象的な場所は4段組にバレルが積まれた貯蔵用の大ホールだが、ほとんどの貯蔵原酒はホーキアムの貯蔵庫にあるのだとマットが説明する。

7,560リッターのウォッシュスチルと、5,670リッターのスピリットスチルが並ぶ蒸溜棟。週4日の蒸溜で、1年あたりバレル約1,000本分のスピリッツを樽詰めしている。

「ここのバレルがただの飾りという訳ではなく、ちゃんとウイスキーも入っていますよ。でもこのスペースは、あくまで私用です。原酒の大半を熟成しているのが、ここから車で約2時間のホーキアム。シアトルの南西にある海辺の町です」

ホーキアムはクィノルト温帯雨林から約50km南にあり、年間の平均湿度は85%ほど。夏は涼しく、冬は暖かで、シアトルよりも気温の変化が少ない。そのためホーキアムにあるウエストランドの貯蔵庫には、人工的な温度管理が必要ないのだという。

「ホーキアムの特殊な気候も、我々にとっては必要な条件です。なぜならウイスキーの品質にワシントン州を表現したいと思っているので」

この言葉を、滞在中に何度もマットから聞かされることになる。

 

ここでしかつくれないウイスキーを

 

ウエストランド蒸溜所は、スコッチモルトウイスキーの真似をするつもりが毛頭ない。それは蒸溜所のあらゆる要素を見ても明らかである。マット・ホフマンは、スコットランドのエディンバラにあるヘリオットワット大学の醸造蒸溜研究所で学んだ。だからスコッチモルトウイスキーの生産方法は熟知しており、スコッチ業界にも大きな敬意を払っている。だからこそ、彼の言葉を借りるなら「ワシントン州でスコッチの真似をしても意味がない」のだ。

ならばウエストランド蒸溜所は、一般的なスコットランドのモルトウイスキー蒸溜所とどのように異なっているのだろうか。

「まず大麦が違います。大麦原料は80%がワシントン州産。このあたりは春大麦の生育に理想的な環境なんです」

一般的なスコットランドの蒸溜所と異なり、ウエストランドではさまざまなタイプの大麦モルトを使用する。これはクラフトビール醸造所で使用されている品種を参考にしたものだ。

「クラフトビール醸造所は、例えばローストしたモルトを使ったりします。ウイスキーの世界で、そんなことをするスコットランドの蒸溜所は、グレンモーレンジィとバルヴェニーくらいしか聞いたことがありません」

ブレンディングを検証中のマット・ホフマン(左)とシェーン・アームストロング(右)。本物のこだわりを表現したウイスキーづくりは、若い世代の手に委ねられている

ウエストランドでは、5種類の大麦モルトが使用されている。ワシントン州特産のペールモルト、ミュンヘンモルト、エクストラスペシャルモルト、ブラウンモルト、ペールチョコレートモルトだ。マッシュビルは3種類。第1に全5種類のモルトを使用したレシピ(前述の順に70%、9%、13%、4%、4%)、第2に100%ペールモルト、第3にピーテッドモルトだ。2016年までピーテッドモルドはスコットランドから輸入していたが、2017年からは地元のピートで燻したワシントン州産のピーテッドモルトを用意しており、今ではスコットランド産とワシントン産が半々になった。マット・ホフマンによると、ワシントン州産のピートは併用しているハイランド産ピートとまったく異なる風味を生み出すのだという。

「ワシントン州のピートは苔の含有量が多いため、ラブラドルチャ、ローズマリー、ラベンダー、オレンジの皮などの風味をもたらすんです」

地元産の大麦はローストの深さをさまざまに変えて使用し、大麦品種の多様性もさらに広げている。ワシントン州立大学の通称「パン研究所」で研究を続けるスティーブ・ジョーンズ博士と密接に協働し、大量生産用以外の品種も採用しはじめているのだ。農家と直接契約して、特別に希少品種を栽培してもらった実績をマットが説明する。

「パープルオブシディアンはその一例です。2,000年前のエジプト産の品種で、100年前にラクダを輸入した人がシアトルに持ち込みました。その名の通り紫色で、素晴らしい香りがあります。アルコール収率は標準的な大麦の60%に過ぎませんが、風味がドラマチックなので使う価値がある。今年だけで新たに5〜6種類を試してみました」

だが目的は、風変わりなフレーバーを得るためだけではない。

「スカジットバレー地区で、地域の継続的な振興も目指しているんです。忍び寄る不動産開発の餌食にならないよう、農業用地として維持していくことが大切なので」

スカジットバレーの農家は、主にチューリップや伝統品種のジャガイモを育てている。大麦を植えるのは土壌を回復させるためだ。大麦は穀物のなかでもっとも価値が低いが、ウイスキー用の製麦済み麦芽なら農家に高い価値をもたらしてくれるのだとマットは語る。

「農家の人たちに付加価値を提供したい。すべての原料を地元産にしたい。そんな価値を1箇所で確保するため、2010年にスカジット・モルティング・カンパニーを設立しました。大規模なモルティング業者では、私たちが好む特別な希少品種を育ててくれません。彼らの大型機器が、標準的な大麦品種のモルティングにしか適応できないからです。スカジット・モルティング・カンパニーでは、機械に合わせて標準的な品種を選ぶのではなく、異なった大麦品種に対応した新しいモルティング機器を開発しました」

マットの案内で、ウイスキーの生産行程を追ってみる。マッシングはセミラウターのマッシュタン(容量5,000リッター)で1日2回おこなうため、1日分のバッチは10,000リッターになる。スコットランドの伝統と同様に、マッシュへの加水は3回だ。3度目の加水は、短期熟成用のスピリッツ(3〜5年)で80℃、長期熟成用のスピリッツ(全体の15%)で99℃と使い分けている。

マットはその科学的根拠を示しながら理由を説明してくれるが、難しすぎてついていけない。だが細部にまで気を配っていることだけは、はっきりと伝わってきた。彼らのモットーである「細部へのこだわり」はダテじゃない。こだわりのひとつひとつが本物なのだ。

ステンレス製の発酵槽は5槽あり、それぞれ容量は10,000リッター。使用する酵母はベルギー産セゾン酵母の1種類のみである。発酵槽の温度は最高で27℃に保たれている。5日間の発酵を経て、蒸溜前のもろみには柑橘、チェリー、赤いフルーツ、スパイスなどの風味が備わる。

地元産の希少なオーク種であるギャリアナが注目の的。ゼロから新しい経済のサイクルを立ち上げるのも、西海岸らしいチャレンジだ。

蒸溜棟には7,560リッターのウォッシュスチルと5,670リッターのスピリットスチルがある。蒸溜プロセスはかなり複雑だ。ある意味において、スコットランドのモートラック蒸溜所と類似性がある。だが詳細は別の機会に説明しよう。すべての工夫は望、ましい特定のフレーバーを導き出すため。スピリットスチルから流れ出すニューメイクの度数は約70%で、オークの新樽に詰めるときは55%、古樽に詰めるときは62.5%にそれぞれ加水される。

「蒸溜は週4日おこないます。1日でバレルで5本なので、年間でバレル約1,000本。2018年には1,200本を樽詰めするのが目標です。現在は貯蔵庫スペースの4分の3がまだ空いています」

樽の半分はオークの新樽だ。そのうち半分は「スロー熟成用」で、18ヶ月の空気乾燥を経た樽材にレベル3のチャーを施したもの。残りの半分は「超スロー熟成用」で、24ヶ月の空気乾燥を経た樽材にヘビートーストと軽いチャーを施している。新樽を除く半分は古樽ということになるが、多くがバーボン樽かウエストランドで使用した樽の二次使用(マットによると両者の違いは大きい)。15%がシェリー樽(オロロソとペドロヒメネス)、赤ワイン、白ワイン、ポート、マデイラ、ラムなどのバリエーションだ。

「アプローチは日本のメーカーとよく似ているんです」と、何度か来日経験もあるマットは言う。「ひとつのメーカーが幅広い種類のウイスキー原酒をつくり、それをブレンドすることで特定の製品になる。すべてが自社内の作業です」

スタンダードな3つの銘柄は、それぞれに異なったブレンドによるウエストランドの表現だ。例えば「ウエストランドシェリー」にはシェリー樽でフィニッシュした原酒が40%、最初からシェリー樽で熟成した原酒が40%、シェリー樽以外で熟成した原酒が20%ブレンドされている。

 

希少なオークの樽材で地域経済を活性化

 

通常の蒸溜所なら、取材もこのあたりで終了である。だがウエストランドの物語はまだまだ終わらない。地元産にこだわる彼らが、樽材でもウエストランドならではの個性を出そうとこだわっているからだ。

ギャリアナ(ギャリーオークの別称)は、カナダのブリティッシュコロンビア州南部からアメリカのカリフォルニア州北部にのみ原生しているオーク種である。ウエストランド蒸溜所のチームは、運良く偶然に7年ほどの空気乾燥を経たギャリアナ(それだけ客がつかずに放置されていたということ)と出会うことになった。その樽材でウイスキーを熟成した結果は上々だが、このような幸運にはしょっちゅう巡り会えるものでもない。

ギャリアナは、生息地域のなかでもオーク全体の5%に過ぎない希少な原生種だ。だが入植者が来るたび、ギャリアナは農地や宅地を切り拓くために伐採されてきた。現在は小さく製材して床材や家具材に使用されるのがほとんど。そこでウエストランド蒸溜所のチームは、いわばゼロから新しい経済のサイクルを作り出そうと努力を始めた。ギャリアナが原生してる地域の住人たちと関係を築き、なおざりにされてきたこの木材に新しい使途を見出すことで地元経済を活性化させるのだ。

ギャリアナで熟成したウイスキーには、強いインパクトのあるフレーバーが備わる。マットが希少なギャリアナオークのシングルカスク商品を試飲させてくれた。黒糖、糖蜜、醤油、バルサミコソースなどの力強いフレーバー。「すべてがダークな色を連想させる要素だね」という私の感想に、マットもうなずく。感動的な味わいだが、マットの意見は少し違うようだ。

「自分としては、お気に入りのボトルという訳でもないんです。ギャリアナ自体は個性がやや強すぎるので、他の樽材で熟成した原酒とマリイングすることでうまくいくような気がしています」

その好例が「ギャリアナエディション2.1」。ギャリアナ原酒は21%のみで、残りはアメリカンオーク(52%がファーストフィルのバーボン樽で、27%が新樽)だ。

大麦原料は80%がワシントン州産。春大麦の生育に適した風土が、ユニークなモルトウイスキーづくりを後押しする。

2016年12月、ウエストランド蒸溜所はレミーコアントローに買収された。大資本の変革で、悪い方向に進むことを懸念したファンがいたのも無理はないだろう。だがマットは断固としてそんな不安を否定する。蒸溜所は何ひとつ変わっていない、ウイスキーづくりの信念や哲学も変わることはないと念を押した。

ウエストランドの名声が世界に広まるにつれて、マット自身が忙しくなってきたのは事実だ。マスターディスティラーなのに、前回の蒸溜をおこなったチームの顔ぶれを憶えていない。スチルハウスでそんな現状を嘆く一幕もあった。

テイスティングにもヘルプが必要な状況になってきた。現在常駐しているブレンダーはシェーン・アームストロング。訪問時には、ちょうど11月に開催される恒例の「第4回ピートウィーク」に向けたボトルを完成させたばかりだった。このイベントは、ウエストランド蒸溜所のピーティーな製品にスポットを当てるチャンス。9つの樽をヴァッティングした新作を試飲させてもらったが、その出来栄えに舌を巻いた。ウエストランドは、ピーティーなウイスキーでも見事な仕事をしている。

アメリカ西海岸北部の大地と文化を、ウイスキーで表現しているウエストランド。産地の魅力を絵葉書スタイルで訴えるのは蒸溜所の常套手段だが、産地の文化的なDNAまでを表現できている蒸溜所は稀である。その点、ウエストランドはあらゆる意味で特別な存在だ。ウイスキー自身が産地を語り、その物語がウイスキーを超えて伝播する。なるほど、これが世界中で注目されている理由なのだ。

 

 

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