グレングラッサ蒸溜所を訪ねて

March 24, 2018

たっぷりの海風を浴びるロケーションと、ミネラルを豊富に含んだ大地。10年前に復活したグレングラッサ蒸溜所のユニークな特性は、今でも長い歳月を越えてウイスキーの味わいに受け継がれている。

文:サム・コイン

 

ついにやってきた。トールキンの小説に登場しそうなウイスキーマガジンの巨大ビルを後にして、やっとポートソイの町に到着。空は雲で覆われ、冷たい海風が全身を包み込む。旅の実感がひしひしと湧いてくる。

実をいえば、グレングラッサ蒸溜所についてどう捉えていいものか迷っていた。ブラウン・フォーマン社がベンリアックの3つの蒸溜所を傘下に入れたというニュースを聞いて、すぐにグレンドロナックとベンリアックの行く末が気になった。だがグレングラッサのことは、正直あまり気にかけていなかったのである。そんなちょっとした罪悪感も抱えながら、ともあれ私はここに辿り着いた。蒸溜所へは海を経由して行こうと誘われてボートに乗る。海水浴には寒すぎるだろうと訝しく思ったのは、私が乗船の目的をよく理解していなかったからである。

この日の船長を務めてくれるのは、レイチェル・バリー氏。本来の職業は船乗りではなく、ご存じの通りウイスキーづくりのプロフェッショナルである。話してみると、バリー氏は化学の話を興味深く伝えくれる達人だ。理科の授業程度の知識しかない相手でも、たっぷりと楽しませてくれる化学談義なのだ。バリー氏によると、この海岸線には約70ppmものミネラルを含んだユニークな海水が打ち寄せており、グレングラッサ蒸溜所が採取する水にも影響を与えている。

蒸溜所のモットーは「Per Mare Per Terras」。ラテン語に疎い私だが、「海にあっても、大地にあっても」という意味なのだという。だがその言葉は真実を伝えている。海風の中を歩いて蒸溜所に入ると、スピリッツが大地と海の影響を深く受け取っていることを実感できるのだ。主力商品のひとつである「エボリューション」を、カレン湾に浮かぶ船の上で味わった。蒸溜所のモットーを実践するような試飲は、これからもずっと記憶に留まるであろう素晴らしいウイスキー体験であった。

 

固有の要素を丁寧に育てる

 

バリー氏は「エレメンタル」(要素)という言葉を多用しながらウイスキーを解説してくれる。蒸溜所の内部にはどこか古風な趣があり、粉砕機が置いてあるミルルームでさえ魅力を感じさせるものだ。蒸溜所長を務めるアラン・ マコノキー氏は冗談好きで、バリー氏といいコンビである。ミルルームに感心した私にすぐさま応えてこう言った。

「ミルルームなんて、別に大したことありませんよ。ただ赤い巨大な箱が置いてあるだけですから」

だが1962年製だというポーテウス社のミルを見ているだけでも、何か特別な威厳のようなものを感じるのである。

「ポーテウス社のミルは本当に性能が優れていますよ。きっとそれが原因で会社が傾いたんですけどね」

グレングラッサに来るまでの船旅では、「海」の要素を垣間見ることができた。今度はバリー氏が「大地」の要素について説明してくれる番である。

「ここの土地の水はミネラル分を200ppmも含む硬水です。スペイサイドの蒸溜所がおおむね10〜20ppmの水を使用していることを考えると、大きな違いがわかるでしょう。カルシウムやマグネシウムなどの要素が豊富な地質は、ウイスキーづくりの前提としてある特定の条件を授けてくれます」

マッシュタンは鋳鉄製で、銅メッキを加えた伝統的なスタイルだ。

「内側には緑青が見えますよ。これもみんな化学反応を引き起こす要素です。効率を追求したラウタータンとは異なり、ゆっくりと確実に糖化させる仕組み。理想的なフィルターの層が底にできて、クリアなワートに仕上がるんです」

バリー氏は、自身が伝統的なマッシュタンを保存する提唱者であることを強調する。

「なぜならこのマッシュタンこそが、科学的な要素に変化をもたらすプロセスの始まりだから。次の段階では木製のウオッシュバックが待っていて、そこでは木と銅の相互作用も起こります。このへんのプロセスすべてをステンレスでおこなう蒸溜所もありますけどね」

とっておきの樽からサンプルを取り出して試飲させてくれたアラン・ マコノキー氏。長期熟成でもグレングラッサならではの要素をしっかりと保持した原酒ばかりだ。

すべてのウイスキー蒸溜所が参加して忍耐力を競う我慢比べ大会をしたら、きっとグレングラッサが栄冠を手にするだろう。時間のかかる行程を今でも採用している最大の理由は、わずか10年前の2008年まで20年以上も操業停止だったこと。グレングラッサの発酵工程もまた気の長い作業なのだとマコノキー氏も語る。最低48時間、通常52時間とたっぷり時間をかけるのだ。

1960年代から使用されているというウォッシュバックの隣りで、バリー氏が誇らしげに語る。

「ウォッシュバックの素材は、完全な自然物である木材です。でもそれだけではなく、周囲の環境からたくさんの微小植物も吸収しています。ここで麦汁を発酵させるたび、複雑さがどんどん加わるのはそのため。自然の要素によって引き起こされる化学的反応のなせる業です」

 

歴史と未来を味わえるラインナップ

 

蒸溜所の建物を出て、カレン湾を見渡す。まだ味わっていないグレングラッサの主力商品「リバイバル」と「トルファ」を試飲するときがきた。蒸溜所再興後にリリースされた第1号である「リバイバル」(度数46%)は、心地よいクリスマスケーキの味わい。一方のピートを効かせた「トルファ」(度数50%)は、わずかな塩気に海風のような香りがマッチしている。ニューメイクスピリッツも味わったが、とてもユニークで面白い。オードヴィーのような印象があり、盛大なトロピカルフルーツの風味が特徴だ。

このグレングラッサ蒸溜所から旅立つであろう将来のウイスキーを味わうため、第1貯蔵庫に足を踏み入れる。いくつかの原酒を試飲させてもらったが、これで興奮しないウイスキーファンは一人もいないだろう。これらの原酒は、グレングラッサから2017年末にリリースされた「バッチ3 レア・コースタル・カスク」の基礎をなしている。同シリーズには30~50年前に蒸溜された8種類のウイスキーが顔を並べており、樽はペドロヒメネス、マサンドラ、バーボンといったバリエーション。それぞれにユニークな特性を育てながらも、グレングラッサらしさをしっかりと表現している。バリー氏が蒸溜所で説明してくれた、フレッシュでオープンな蒸溜所の大切な要素である。

シリーズのハイライトは、年数の長さに惹かれる人なら間違いなくホグスヘッドの50年ものであろう。だがペドロヒメネスのパンチョンで熟成された38年ものも、フレッシュなフルーツ風味とリッチなフィニッシュが素晴らしい。もちろん38年もかなりの長期熟成原酒であることに変わりはない。

この「バッチ3」が蒸溜所の歴史を振り返るシリーズであるなら、新しい未来を占うシリーズが「ウッドフィニッシュ」だ。「ポートウッドフィニッシュ」「ピーテッドポートウッドフィニッシュ」「ペドロヒメネスフィニッシュ」「ピーテッドバージンオークウッドフィニッシュ」があり、すべて度数46%でボトリングされている。

歴史を受け継ぐグレングラッサの今後に期待したい。

 

 

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