どんなウイスキー通でも驚いてしまう複雑な香り。シングルモルトブランドに生まれ変わったグレングラッサは、名ブレンダーの手によって本当の実力を発揮し始めたばかりだ。ガヴィン・スミスによるレポートの2回目。

文:ガヴィン・スミス

 

ブラウン・フォーマンが保有するスコッチシングルモルトウイスキーのブランドは3種類。グローバルブランドアンバサダーは、以前にベンリアック社の生産部長だったスチュワート・ブキャナンが務めている。今回の訪問では彼が直々に出迎えてくれた。

「蒸溜所自体は、1957年に改修された当時の設備を今でも使っています。スチルは手動のスチームバルブで制御するタイプで、釜は直径の大きな浅めの形状です。ネックはかなり長く、ラインアームはほんの少し下向き。つまり比較的ピュアなスピリッツが得られる設計ですね。とてもゆっくりと穏やかに加熱して、銅との接触時間が長くなるように調整しています」

2基のスチルはウォッシュスチルとスピリットスチルのペアではなく、どちらもウオッシュスチルとして設計されたものだという。これはいったいどういうことだろう。

「経緯はよくわかりませんが、蒸溜所が改修されたとき、他の蒸溜所から持ってきた設備がたまたま2基ともウォッシュスチルだったということかもしれませんね」

古い鋳鉄のマッシュタンには銅製のドームが被せられている。その一部に刻まれた大きな傷痕をブキャナンが見せてくれた。今では修繕されているが、そういえば2008年に訪ねたときは缶詰を缶切りで開け損ねたように切り裂かれていたのを思い出した。ブキャナンが説明する。

「蒸溜所が改修される前に、アングルグラインダでつけられた傷です。実は銅を狙った泥棒グループが盗もうとしたのですが、警備員に見つかって未遂に終わりました。ちょうど警備員が車で見回りに来ていなかったら、マッシュタンごと持ち去られていたでしょう」

 

誰もが驚くファンキーな味わい

 

大麦はコンチェルト種。糖化は鋳鉄のマッシュタン(5トン)で週10回。木製ウォッシュバック4槽とステンレス製ウォッシュバック2槽で、24,500Lのチャージを70~100時間かけて発酵する。ウォッシュスチル(1基)は12,250Lで、スピリットスチル(1基)は7,000L。生産量は純アルコール換算で年間100万Lというのが、グレングラッサのプロフィールだ。スピリッツの特性について尋ねると、ブキャナンの声に力がこもった。

ウォッシュバックをテイスティングするビジターたち。テキーラを思わせる極めてユニークなフレーバーの原因は、ミネラル豊富な仕込み水にあるのかもしれない。

「ここの水は、かなりの硬水なんです。おそらくスコットランドでミネラル分がいちばん多い水ではないかと言われていますよ。このミネラル分の作用で、大麦のアロマやフレーバーに甘みが加えられます。マッシュにも大麦の甘みがあり、ウォッシュバックでは甘いトロピカルフルーツの風味が加わり、そこにより重厚な特性も伴ってきます」

舌の先で甘いフルーツの風味を感じた後、舌の奥側にミネラルの感触があるのがグレングラッサの特徴なのだという。ニューメイクスピリッツには、テキーラのような印象があるとブキャナンは説明する。

「このテキーラみたいな要素を何とか手懐けようとして、ブレンダーたちはいろいろ苦労したんでしょう。ウイスキーの味わいはファンキーで、かなりユニークなキャラクターです。ノージングする人は、必ず眉毛を上げて訝しげに驚きますよ。『これはいったい何の香りだ?』てな感じでね。そんな眉毛をひそかに『グレングラッサの眉毛』と呼んでいます(笑)。この特性の正体を、はっきりと見極めるのは難しいんです」

以前の親会社の下では、ニューメイクスピリッツをブレンダーに販売して経理上の帳尻を合わせる必要があった。だがブラウン・フォーマンの傘下に入ってからは、もうそんな資金繰りの要請もなくなったのだとブキャナンは言う。

「今ではすべてのスピリッツがシングルモルト用で、例外なくこの蒸溜所内で熟成されています。古いダンネージ式の貯蔵庫は改修して2つのエリアに分割し、屋根も取り付けました。以前の貯蔵庫は屋根もなくて、羊小屋に使われていたんですよ。屋根が復活したのは2013~2016年のことで、貯蔵は2016年から始まりました。他にも超大型のラック式貯蔵庫が2棟あります」

 

テロワールを表現した多彩なシングルモルト商品

 

ほとんどのスピリッツは、ファーストフィルのバーボン樽に詰められるのだという。

「グレングラッサの酒質に合うんですよ。でもポートや赤ワインの樽もよく合います。そして熟成後のスピリッツには、はっきりとした海岸のニュアンスが加わるんです」

グレングラッサは、年間に1週間だけヘビリーピーテッドのスピリッツをつくる。これがコアレンジの一角である「トルファ」に使用される原酒となる。

「グレングラッサは、アジアの消費者にととても人気があります。『グレングラッサ トルファ』で作ったウイスキートニックが、ハイボール人気も手伝って大ブームになろうとしているんです」

「トルファ」とともにコアレンジの一角をなすのは、赤ワイン樽とバーボン樽で熟成した原酒をヴァッティングしてからシェリー樽で後熟した「リバイバル」。そしてファーストフィルのジャックダニエル樽(バレル)で熟成した「エボリューション」だ。

以上の3銘柄は年数表示のないノンエイジステートメントの商品だが、グレングラッサには「30年」「40年」やさまざまな限定エディションもある。「ピーテッドバージンオークウッドフィニッシュ」「ピーテッドポートウッドフィニッシュ」「ペドロヒメネスシェリーウッドフィニッシュ」「ポートウッドフィニッシュ」などだ。

当代きってのマスターブレンダー、レイチェル・バリーがシングルモルトの味わいを管轄する。テロワールを表現した今後のリリースにも期待しよう。

その他にも「オクターブ」という名の商品が不定期にボトリングされる。この「オクターブ」には「クラシック」 と「ピーテッド」の2種類があり、現在はバッチ2が市場に出回っている。どちらもバーボン樽、ペドロヒメネスシェリー樽、オロロソシェリー樽、アモンティジャードシェリー樽、ポート樽を小型に造り変えたオクターブ樽(約65L)で熟成したものだ。

だがおそらくグレングラッサのボトルの中でもっとも価値が高いのは「オールド&レア」のコーナーにある商品であろう。ブキャナンが説明する。

「ここにあるボトルはどれも本当に希少です。もともと生産量が極めて少なかった上に、ほとんどがブレンド用に出荷されていたので、残されていた樽はほとんどなかったのです。ここにあるのは1963〜1985年に蒸溜されたウイスキーです。それに加えてマスターブレンダーのレイチェル・バリーが『30年』や『40年』に使用する原酒を持ち出したので、『オールド&レア』がますますレアになりました」

上記のボトルは、蒸溜所のショップやビジターセンターで販売している。2010年にオープンしたビジターセンターでは自分でウイスキーをボトリングできる『ボトル・ユア・オウン』のサービスもあり、取材時には8年もののマルサラ樽原酒が用意されていた。マスターブレンダーのレイチェル・バリーも今後の見通しについて語ってくれた。

「これから数年のうちに、何十年もあたためてきた本当に特別な原酒をみなさまに味わっていただく機会もご用意しています。大麦はスコットランド北東部のモルティング業者から地元産のものを調達しており、ピート、水、生産環境、製麦条件などもすべて蒸溜所がある地域のテロワールを表現したものです。グレングラッサ蒸溜所のロケーションがウイスキーに与えるユニークな影響は、今でもさまざまな形で私を驚かせてくれます。グレングラッサは新しい時代に入り、まったく新しい高みに到達しようとしています。まだまだやるべきことがあり、これから将来の成長を楽しみにしています」

素晴らしい特性を持ちながら相応しい注目に恵まれず、長年の閉鎖期間にも耐えてきた不遇のウイスキーブランド。グレングラッサは、ついに本当のカムバックを遂げた。今こそ傑出したフレーバーを味わって、眉を上げてみようではないか。