ジャパニーズウイスキー発祥の地が、待望のリニューアルオープン。白州蒸溜所に続いて、サントリーが報道陣に公開した山崎蒸溜所の新しいビジター体験をご紹介。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

山崎蒸溜所の一般公開が、11月1日から再開される。それに先立って、サントリーは10月10日にプレス内覧会を開催した。同席したのは、鳥井信宏氏(代表取締役社長)、藤井敬久氏(山崎蒸溜所工場長)、福與伸二氏(チーフブレンダー)。新しいビジター体験を一足先にご紹介できるのは幸いである。

まず敷地内に入ると、新しい印象的な門と美しい人工林が目に入る。この門は引退した蒸溜釜(具体的には1989〜2018年に使用された第5初溜釜)の銅素材で作られたものだ。建築デザインのあちこちに、このような蒸溜所の歴史が垣間見える。古い蒸溜釜から切り出した銅が各所のインテリアになり、部屋の家具や床には古い樽材が再利用されている。

森の中に現れる銅製の門。自然の恵みと人間の英知を融合させたジャパニーズウイスキーの聖地が再びオープンする。メイン写真は設備投資を終えた清潔な蒸溜室。

門をくぐって小さな森を抜けると、山崎ウイスキー館の入口がある。過去に訪れたことがある人でも、再訪すべき理由は十分にあるだろう。展示内容には新しい情報が追加され、展示方法も魅力的に生まれ変わっている。

展示のテーマは、大きく3つに分けられている。「創業期の物語」では、日本で初めて本格的なウイスキーづくりに取り組んだ鳥井信治郎の功績を紹介。また「継承と革新、匠の物語」では、製品だけでなくウイスキーを楽しむ文化づくりに尽力してきたサントリーの歴史がよくわかる。そして「つくりの物語」では、歴代マスターブレンダーたちの役割やこだわりを伝えている。

すべての情報はわかりやすく図解され、豊富な史料が添えられている。ウイスキーの初心者からマニアまでを魅了するデザインが、そこかしこに散りばめられているのも嬉しい。例えば4つあるステンドガラスの小窓は、サントリーの古いボトルからガラスを再利用したものだ。

ウイスキー館には、蒸溜所ショップと新しいテイスティングラウンジが併設されている。ラウンジには多彩な原酒ボトルで囲まれた空間があり、3,000本以上ある原酒の半分以上が新たに用意された。

ラウンジの中央にあるバーカウンターは、古いポットスチルの縦半分を利用したユニークなデザインだ。かなり大きなサイズなので、1980年代にサントリーが蒸溜所を改修して小型の蒸溜器に移行する以前の設備ではないだろうか。見学者はさまざまな珍しいウイスキーをグラスで注文し、窓の外に広がる森を眺めながらゆったりくつろげる。

大きなポットスチル(蒸溜釜)をそのままカウンター風にデザインしたバー。ウイスキーファンの心を躍らせる唯一無二のデザインがたくさんある。

サントリーが用意したツアーは2種類。ひとつは「ものづくりツアー」で、所要時間は80分、料金は3,000円(税込)だ。もうひとつは「ものづくりツアー プレステージ」で、所要時間は2時間、価格は10,000円(税込)となる。

どちらのツアーも、ウイスキーの製造工程をまさに五感で体験できる。糖化槽の熱気、木製発酵槽から漂う甘酸っぱい香り、蒸溜室の音と匂い。ひんやりとした倉庫の魅惑的なアロマ、発酵槽のもろみの香り。そんな現地でしか知り得ないウイスキーづくりの魅力がじっくり味わえるのだ。プレステージ版のツアーでは、貯蔵庫の樽からサンプルを採取する音を聞いたり、取り出した原酒のノージングもできる。

通常の「ものづくりツアー」では、ノンエイジの「サントリーシングルモルトウイスキー山崎」、希少な「モルトウイスキー原酒」、「山崎ハイボール」がテイスティングできる(オリジナルのテイスティンググラス付き)。プレステージ版のツアーでは、「山崎12年」、「モルトウイスキー原酒」などが味わえる。

「ものづくりツアー」は、ウイスキー館の隣にある大きな建物の1階で終了する。この部屋の床材、テーブル、椅子はすべて樽のリサイクル材でできている。一方のプレステージ版ツアーは、同じ建物の2階にある見事な新しいゲストルームにも入る。この部屋には、往年のユニークな陶器のデキャンタや、切り絵作家の成田一徹氏が2002年に山崎蒸溜所を訪問して制作したオリジナル作品4点が展示されている。

 

未来への革新を秘めたパイロットディスティラリー

 

この建物の3階は一般公開されていないが、山崎蒸溜所だけでなくサントリー株式会社にとっても重要な機能を果たす「パイロットディスティラリー」だ。もともとは1968年に設立され、蒸溜所から幹線道路を挟んだ向かい側の敷地にあったが、1991年に現在の場所へ移設された。パイロットディスティラリーは実際の蒸溜所を模した自己完結型のミニ蒸溜所で、サントリーのウイスキー事業部が研究開発の実験に使用している。

普段は非公開のパイロットディスティラリーだが、今回は改修後とあって報道関係者も内部を見学させてもらった。ここでは常時数人が働いており、大麦モルト400~500kgを1バッチとしてスピリッツをつくる。設備は、仕込室(マッシュタンとラウタータン)、発酵室(温度調節可能な容量2,300リットルのステンレス製発酵槽5槽)、小型蒸溜釜2基と樽入れスペースを備えた蒸溜室からなる。蒸溜室には、今年の改修時に蒸気と電気の両方が使える加熱設備が導入された。

壁一面に並べられた3000本以上のボトル。すべてがブレンド前のモルト原酒のサンプルだ。

原酒の分析をおこなう部屋もあり、ここでは熟成したウイスキーと比較するためにニューメイクスピリッツを10年間は貯蔵することになっている。パイロットディスティラリーでは、原酒はもっぱらアメリカンホワイトオークのホグスヘッド樽に充填される。これは熟成プロセスをできるだけ均一に保ち、他の香味要素が加わらないようにする配慮だ。樽はエレベーターで建物から運び出さなければならないので、これよりも大きなサイズの樽がエレベーターに乗せられないという事情もある。

2023年の改修では、フロアモルティングの施設も新設された。パイロットディスティラリーと同様に、この設備も一般公開はされない。だが山崎蒸溜所の製造工程を継続的に改良していく上で、フロアモルティングが重要な役割を果たすことは間違いないだろう。

これまでの歴史が証明しているように、人目に触れない改良も最終的には消費者が恩恵を受けることになる。山崎蒸溜所は1980年代に大規模な改修をおこない、その結果として2003年には山崎12年がインターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)でジャパニーズウイスキー初の金賞を受賞した。そして今年9月12日に開催されたISCでは、山崎25年と響30年がともにトロフィーを受賞。特に山崎25年はシュプリーム・チャンピオン・スピリット(ラムやテキーラなどを含む全スピリッツ約2,300品目の頂点)に輝いている。

山崎蒸溜所のリニューアルオープンは、衆目を集める大きなニュースだ。サントリーは来年の来場者を135,000人と見込んでいる。コロナ禍前に比べて若干の増加(104%)となるが、定員制の入場をめぐって競争率は高まるだろう。ジャパニーズウイスキー発祥の地への巡礼が叶った人たちは、蒸溜所を見学しながらみずからの幸運を噛みしめるはずだ。