首都サイゴンと商都ホーチミンでは、人気のバーと秘密結社のようなウイスキークラブが存在する。ベトナムのウイスキー事情を知るインサイダーからのリポート。

文:ミリー・ミリケン

 

ホーチミンでウイスキーバー「ムード」を経営するホアン・グエンは、ハノイの「ブラザーズ・シングル・モルト・クラブ」の会員でもある。彼もまた、ベトナムにおけるウイスキー人気の急上昇を目撃してきた一人だ。その背景には、さまざまなウイスキーブランドがベトナムでも入手し易くなった環境があるという。

ウイスキーラウンジ「アンジェリーナ」では、西洋流にウイスキーを楽しむ人も増えてきた(メイン写真も同店)。この変化を支えているのが、成長しているバーテンダーたちの力量である。

「ウイスキーを飲んで、買って、収集の対象にするという習慣は、ここ2年間のベトナムで劇的に変わりました。たくさんのウイスキーブランドがベトナム市場でも活発に動いているので、消費者が入手できるウイスキーの種類は大幅に増えてきました。現在のベトナムのウイスキー文化は、ちょうど3~5年前のシンガポールや台湾に似た状況だと思います。このウイスキーブームはまだ拡大を続けています」

このウイスキーブームを力強く後押ししているのが、ベトナムの2大都市である ホーチミン(旧サイゴン)とハノイで増えているカクテルバーの存在だ。中でも有名なのは「ファーキン」、「ドラムバー」、「スターサイゴン」といった店である。

サイゴン・ウイスキー・ソサエティ(SWS)を共同設立したマイキー・ブレンカーが、初めてベトナムに降り立ったのは2016年のこと。当時は、バー文化といってもビアクラブを中心にしたものだったと言う。

「元々のビアクラブを中心とした飲酒文化が消えてしまったわけではありません。でも現在は、スピークイージー的なムードやカクテルを主体としたトレンドに移行してきたのです」

今年はベトナム国内にある3軒のバー(「ハイブリッド」、「ネーカクテルバー」、「サマーエクスペリメント」)が、アジアのベストバー100位以内にリストアップされている。

 

ウイスキーを囲むエクスパットたちの交流

 

マイキー・ブレンカーがベトナムに来てからの5年間には、大きな変化がたくさんあった。特に活気があるのはホーチミンだ。マイキーは2020年1月に招待者限定の会員制グループであるサイゴン・ウイスキー・ソサエティ(SWS)を共同で設立したが、このグループには、世界中からベトナムに集ったアーティスト、ビジネスパーソン、シェフなど約20人の熱心なウイスキーファンが参加している。

SWSの構成員はみなベトナムに住む外国人で、ベトナムにいくつがある秘密結社めいたグループのひとつとなっている。SWSはマイキーの自宅にあるバーで隔月の水曜日に会合を持つが、バーの名前は「ビープ・ビープ」である。これはベトナムならではの騒がしい交通渋滞を愛着たっぷりに表現した名称だ。

かつては味わいよりも知名度が重視されていたベトナムのウイスキー市場。現在は消費者の好みに応じて、個性的なウイスキーも注目されるようになっている。

メンバーたちは1本のハウスウイスキー(シングルトン12年だったりオーバンだったりする)を目当てにやってきて、その後はスコッチ、アイリッシュ、ジャパニーズ、バーボン、インディアンなどのウイスキーをテイスティングする。テイスティングするのはどれも希少なボトルばかりで、1本800ドルもする高額商品もある。メンバーはゲストを招待することができるが、そのゲストは自分で選んだウイスキーを1本持ってきて、グループのメンバーに紹介するしきたりとなっている。

回を重ねるごとに、マイキー・ブレンカーの棚には飲みかけのボトルが増えていくが、これは毎年1月に開催されるSWSのバーンズ・ナイトの夕食会に持ち込まれることになる。今年のバーンズ・ナイトには60人の参加者があり、各テーブルにはまずオルトモアとロイヤルブラックラが1本ずつ置かれた。宴が進むにつれて棚が開放され、ゲストは思い思いにそれぞれお気に入りのウイスキーを楽しんだのである。

このSWSには、モデルとなったグループがある。それは20年以上前にハノイで結成されたインドシナ・ウイスケベーハー・クラブ(ICUC)だ。ICUCのオフィサー兼セールス&マーケティング部門ディレクターを務めるアントニー・スレクワ(ソフィテル・レジェンド・メトロポール・ホテル)は次のように語ってくれた。

「現在、ICUCの会員総数は105〜106名です。一度会員になれば終身会員となるため、現在活動中の会員は15人。目立った活動もしていないので、あまり知られてはいません。ウイスキーに関心の高い人が、バーで耳にすることがあるくらいです。私自身もその実体をつかむのに数年かかりましたが、やっと入会できました。運が良ければ、あなたも招待されますよ」

SWSと同様に、ICUCも様々な分野で活躍する人々によって構成されている。その内訳は、大使館員、世界銀行、そして金融業界やホテル業界のプロフェッショナルたちだ。そしてSWSもICUCも会員は男性のみである。

メンバーは年に6〜8回の会合を持ち、5〜6品のコースディナーを食べながらそれぞれの料理とペアリングされたウイスキーを楽しむ。そしてウイスキーに関するクイズ大会や、ブラインドテイスティングもするのが習わしなのだとスレクワは言う。

「クイズもブラインドテイスティングも、私たちの出来はたいてい散々なものです」

ハノイのICUCは、ホーチミンのSWSよりもフォーマルな儀礼を重視しているのかも知れない。スレクワの説明は続く。

「会則があって、ミーティングでは議事録も取ります。この議事録は発行してみんなが読むためのものです。とてもフォーマルで儀式的な伝統ですね」

それでも、もちろん最大のイベントであるバーンズ・ナイトでは200人以上が参加し、クラブの会合費用や各種チャリティーへの寄付金なども集める。
(つづく)