ボトルをみんなでシェアするベトナムのウイスキー文化は、どこか昭和時代の日本にも通じるものがある。国内初のウイスキーフェスティバル開催は、市場が成熟する契機となるだろう。

文:ミリー・ミリケン

 

ベトナムでのウイスキーの伝統的な飲み方やスタイルの好みは、ゆっくりではあるが変化してきている。そんな現状を説明してくれるのは、アルケミー・エイジアのグループ統括パートナーを務めるクリスチャン・ハームストンだ。アルケミー・エイジアは、デュワーズ、ワイルドターキー、ブッシュミルズ、ハイランドパーク、マッカランなどのウイスキーブランドを取り扱っている。

「ベトナムのウイスキー文化は、いつも1本のボトルを仲間とシェアすることから始まります。誰かが購入したボトルを、テーブルにいるみんなで楽しむ風習です。この伝統があるので、ベトナムでは依然として大手ブランドの力が強いのでしょう。やはりみんなで楽しむとなれば、みんなが知っているブランドが安心ですからね」

カペラ・ハノイ・ホテルのバーマネージャーを務めるショーン・ハルスは、それでもこのベトナムらしい風習を変えようと模索している一人だ。

カペラ・ハノイ・ホテルは、ベトナムの新しいバー文化を発信している拠点(メイン写真は同ホテルの「ディーバズ・ラウンジ」)。ボトル売りが基本だったウイスキーの愉しみ方を変革しつつある。

「特にハノイでは、お酒の飲み方に変化が現れてきてきました。ハノイっ子たちは、すぐにウイスキーのボトルを開けるのではなく、まずバーでカクテルから飲み始める傾向が強まっており、これがカクテル人気を盛り上げています。カクテルの人気を支えているのは、地元のバーテンダーたちの水準が底上げされてきたこと。完璧なカクテルを作れるようになっただけでなく、お客様がお酒を楽しむ一連の流れをしっかりとサポートできるようになりました」

そんなバーテンダーの一人が、ハノイのバー「ドゥージー」のヴー・ゴックだ。ベトナムにおける今年のワールドクラス・バーテンダーに選ばれた新星である。

「私がまだ小さい頃は、知っているアルコール飲料といえば地元産の伝統的なお酒でした。当時はシーバス12年なんて高価だから手が出なかったのです。でもそれが今ではすっかり様変わりしました。お客様はみなフレーバー、味わい、ストーリーなどといったウイスキーのコアな価値に惹かれるようになっていますよ」

ゴックいわく、ベトナムのウイスキーファンは4種類の飲み方で分類できる。その第1グループは、アメリカンウイスキーやスコッチウイスキーを使用したカクテルを好む層。第2グループは、シングルモルトウイスキーやブレンデッドウイスキーをストレートで楽しむ層。第3グループは、ウイスキーをソーダで割って楽しむ層。そして第4グループは、ハイエンドの高級ウイスキーが好きな層だ。

モダン・クラシック・カクテルズを謳うバー「スター」を2021年に開店させたラム・ドゥク・アンも、ベトナムのウイスキー界では重要な人物だ。彼はベトナムにおけるフレーバーの好みやお酒の飲み方が、ゆっくりではあるが少しずつ変化してきているのを察知している。

「結局のところ、カクテルは西洋文化。ベトナムにも東南アジアにもなかったカルチャーなので、変化はかなりゆっくりです。以前は、ピートの効いたウイスキーを飲む人なんていませんでした。ウイスキーを飲む人も、そのウイスキーの特性が気に入っているのではなく、単に有名なブランドをフォローしている感じ。でもそれが変わりつつあります。ハイランドモルトやノンピートは依然として人気ですが、タリスカーやボウモアのようなピート香の強いウイスキーを好む層も少数ながら育っています」

そしてバーボン、ライウイスキー、ジャパニーズウイスキーへの関心が高まっている一方で、バーテンダーたちの間ではスコッチウイスキーへの回帰傾向も見られるのだという。しかもそのスコッチ再人気の中心にはアイラモルトなどのスモーキーなタイプのウイスキーがある。そう証言するのは、ベトナムでバカルディのウイスキーアンバサダーを務めるダット・ルウだ。

 

初めてのウイスキーフェスティバル開催が迫る

 

前述の「ドゥージー」と「スター」はウイスキーだけに特化したバーという訳ではない。だがベトナムには明確にウイスキーを重視したバーもある。それが「ファーキン」と「ドラムバー」だ。共同創設者のグレゴリー・ジェイコブは、メルボルンの「ジンジャーボーイ」で経験を積んだ人物。西洋流のカクテル作りの手法をスタッフに伝授しながら、ベトナムにおけるウイスキー文化の成り行きに注目している。

「ここは高温多湿な東南アジアなので、ビールにも氷を入れて飲むくらい。もちろんウイスキーにも氷は入れます。地元の人はウイスキーを1本ボトルで買って、グラスと氷のセットを出すように頼み、自分たちでウイスキーを注いで飲むのが好きなんです」

2017年にオープンした当時、「ファーキン」はホーチミンで初めてのウイスキーバーだった。アメリカ、カナダ、オーストラリア、台湾、日本、スコットランド、アイルランド、そして英国の他地域で生産されたウイスキーをメインに取り扱っている。カクテルを提供するチームは独立しており、さまざまなレシピのオールドファッションド、ウイスキーサワー、マティーニなどを用意してくれる。300種類以上のボトルからウイスキーをグラス売りするが、伝統的なグレンケアンのウイスキーグラスに入れて、ほんの少しだけ水を垂らすといったスタイルだ。

カペラ・ハノイ・ホテルの「ディーバズ・ラウンジ」では、バーマネージャーのショーン・ハルスがやはりカクテルに力を入れている。クラシックなカクテルが依然として人気ではあるが、「グレタズ・ギフト」(ウイスキーベースでキュンメル、ショウガ、ザボン、ソーダを加えたレシピ)などの現代的なカクテルも常連たちにはおなじみだ。近い将来、ショーン・ハルスはウイスキーと牡蠣をペアリングする企画をやってみたいと考えている。

カペラ・ハノイ・ホテルのバーマネージャーを務めるショーン・ハルス。バーで高品質なカクテルを楽しんだ後に、ウイスキーへと移行する消費スタイルの定着を目指している。

ベトナムにおけるウイスキー文化の未来は、おおむね明るいと言っていいだろう。もしコロナ禍が収まってくれたら、2022年1月には記念すべき第1回となる「ベトナム・ウイスキー&カクテル・フェスティバル」が予定されている。主催者のカーテル・イベント&コミュニケーションで代理店長を務めるナターシャ・アクラムが、このタイミングでウイスキーに的を絞ったイベントを開催する動機について説明してくれた。

「ジンに特化したイベント『ジンフェス』を3年連続で開催してみて、そろそろウイスキーも潮時だと考えたのです。ベトナムの人たちはウイスキーでさまざまな実験を始めており、ここ近年で大きな変化も目にしてきました」

今回のイベントには23のブランドが参加し、2日間の会期で1日あたり400人程度の来客を見込んでいる。広々としたテイスティングホール、無料の試飲コーナー、マスタークラス、VIP用のテイスティングルーム、その他たくさんのお楽しみが用意されている。アクラムは、イベントに来るのが在越の外国人だけではないと明言している。

「地元のベトナム人と外国人の両方に楽しんでいただけるような内容になっています。私たちにとってベトナム人のコミュニティは極めて重要なので、開催告知のコミュニケーションも地元密着型になっています」

アルケミー・エイジアのクリスチャン・ハームストンは、ウイスキーガテゴリーが成長していくためには消費者の教育が鍵となると見ている。だが重要なのはそれだけでもない。

「2030年までに、ベトナムのミドルクラスは人口の80%まで増えていきます。その中心は20~50歳の人々です。例えばマッカランのような高級ブランドにとって、ベトナムはまだ収益性の高い市場とは言えません。でもそんなマッカランでさえ、非常に長期的な視野で未来の消費者を教育する活動を今から開始しているのです」

サイゴン・ウイスキー・ソサエティ(SWS)を共同で設立したマイキー・ブレンカーは、これから1年以内にサイゴン・ウイスキー・ソサエティ(SWS)とインドシナ・ウイスケベーハー・クラブ(ICUC)をベトナム全土の組織に育てたいと考えている。今よりもっと多くのメンバーを獲得すれば、それによって国際的なウイスキー市場におけるベトナムの地位を強化していけるからだ。だがナターシャ・アクラムは、それよりもさらに先の未来を見据えているようだ。

「いずれはベトナム産のウイスキーが発売されるところまで見てみたいですね。タイではすでに地元産のウイスキーがたくさんあるので、ベトナムと大きな違いがあります。だれか高品質なウイスキーをつくれる人がベトナムに現れたら、本当に面白いことになるだろうと期待しています」