ウイスキー業界のダイバーシティ&インクルージョン【第1回/全3回】
文:ミリー・ミリケン
2020年の暮れにグレンモーレンジィが打った映像広告は、公開と同時に圧倒的な称賛で迎えられた。ウェス・アンダーソンのような雰囲気で、タイトルは「It’s Kind of Delicious and Wonderful」。スコッチウイスキーの蒸溜所の世界感をドリーミーに表現した内容だ。ピアノ、列車、テント、ビルの屋上などで、ウイスキーを楽しむ若い人々のライフスタイルをフィーチャーしている。
カラフルで、鮮やかで、楽しそうな雰囲気はもちろんのこと、いちばん魅力的なのは登場人物の多様性だ。民族も性別も多様な「酒飲み」たちが登場し、全体としてインクルーシブな映像作品に仕上がっている。社会のさまざまな場所に住む人々が自分自身を表現し、その一人ひとりが最終的に選んだブランドはグレンモーレンジィ。そんな世界観が、ウイスキーブランドとしては実に新鮮だったのである。
試しにグレンモーレンジィ蒸溜所のInstagramページをスクロールしてみてほしい。過去の投稿に遡るほど、ビジュアルコミュニケーションの変遷を理解できるだろう。かつての投稿に「ウイスキー愛好家」のモデルとして登場していたのは、おびただしい数の白人男性だった。もう何世代にもわたって、当たり前とみなされてきたステレオタイプである。
ウイスキー業界で、多様性の問題に取り組みはじめたのはグレンモーレンジィだけではない。スコッチウイスキー協会(SWA)も、2020年9月に「ダイバーシティ&インクルージョン憲章」を発表。業界の男女比を50:50にするという目標を打ち出した。特定の人々がウイスキー業界でぶつかるさまざまな障壁の存在を認め、ダイバーシティ&インクルージョンの成功事例を積極的に共有しあおうと呼びかけたのだ。
マッカラン、ボウモア、メーカーズマーク、山崎などのウイスキーブランドを販売するエドリントンとビームサントリーも、同じ頃に社内で独自のダイバーシティ&インクルージョン推進グループを立ち上げた。また2020年11月には、スピリッツ業界の巨人であるディアジオ(タリスカー、ラガヴーリン、ジョニーウォーカーなどを所有)が「ソサイエティ2030:進歩の精神」と題した10年計画をスタート。その3大柱のひとつにダイバーシティ&インクルージョンが掲げられた。スコッチウイスキー協会は、「ダイバーシティ&インクルージョン憲章」における次のステップとして、2021年3月からフォーカスグループを始動させている。
業界全体に大きな課題
大企業によるコミットメントは影響力も大きい。それでも英国のウイスキー業界は、これまでの固定観念を覆すという点ではまだ発展の途上にある。業界で働く人も、ウイスキーの愛好家も、いまだに課題は山積みだ。米国と比較すると、英国のウイスキーにおける黒人や少数民族の割合は明らかに低い(英国で黒人が経営するウイスキーブランドは現在1社のみ)。
またOurWhiskyが実施したSNSレポートによると、世界で最も影響力のあるウイスキー企業150社が2020年に投稿した人物イメージに、有色人種は18%、女性は36%しか登場していなかった。この調査では、障がい者、社会的流動性から阻害されている人々、LGBTQI+コミュニティの人々のビジュアル使用に関するデータは収集されていない。だがウイスキーのコミュニケーションにおけるマイノリティの存在は、ほぼ無視されている現状であると思われる。
ホスピタリティ分野で、人種平等を加速させるために創設された非営利団体にビー・インクルーシブ・ホスピタリティがある。創設者のロレイン・コープスは、過去20年間にわたってゴードン・ラムゼイのレストランチェーンやコービン&キングなどで材料調達の仕事に携わってきた。長いキャリアの中で、ウイスキーブランドを代表するブランドアンバサダー、アカウントマネージャー、営業部長などの肩書を持つ有色人種には1人も会ったことがないという。
「ダイバーシティ&インクルージョンの推進についても、ウイスキー業界の企業が私たちのNPOと提携した実績はまだありません。ウイスキー業界で働く黒人、アジア人、少数民族の割合は合計で17%ほど。彼らはバーや通常の業務に従事していますが、上級職はなぜか白人だけで占められています。どんな障壁があるのかと疑問が湧きますね」
市場調査会社のカンターによると、ウイスキーを飲む英国人女性の数は過去10年間で15%増加した。それだけではなく、ウイスキー業界では未来を担う世代の女性たちが重要なポジションに付く例も増えている。フォレスト蒸溜所のリンジー・ボンド、ジョン・デュワー&サンズのステファニー・マクラウド、ヘイルウッド・アーティザナル・スピリッツのカースティ・マッカラム、ペンダーリンのローラ・デイビーズ、ブラウン・フォーマンのレイチェル・バリーなどはよい例だ。
また社内で徒弟制度を導入することにより、若くて多様なバックグラウンドを持つ人たちがウイスキー業界で働くようになってきた。彼らは未来のウイスキー業界を支えるスターの卵である。
ディアジオは10年計画「ソサイエティ2030:進歩の精神」の一環として、サプライチェーンにおける女性または少数民族出身者の割合を増やすと約束している。ディアジオが保有するアバクロンビー銅工場では、実習生だったレベッカ・ウィアーを2017年に正式な銅職人として認定。女性としてはスコットランドで初めての銅職人となった。だが民族の多様性という点を考えると、現在のところあまり期待できる材料はない。
(つづく)