あらゆる属性の消費者と従業員が、別け隔てなく受け入れられる世界。究極の理想に向かって、ウイスキー業界の取り組みは続く。

文:ミリー・ミリケン

 
グレンモーレンジィが2019年にスタートした実習生プログラムは、ウイスキー業界で成長するために必要な経験や知識を若者に与えるための試みだ。現在は特に障がい者の応募を促進するため、アクセスのしやすさを向上させて門戸を開いている。グレンモーレンジィは実行に向けた準備を進めるため、インクルージョン・スコットランドと提携してきた。

ウイスキーの世界で幅広い顧客層と対話し、ウイスキーを民主化していくためには、ウイスキーの世界観を代表する人物もまた多様でなければならない。非営利団体ビー・インクルーシブ・ホスピタリティ創設者のロレイン・コープスは、要職に民族的なマイノリティーの人物が少ないウイスキー業界の現状を問題視している。ダイバーシティの欠如は、外向きのコミュニケーションにおいて好ましくない。真の変化を起こすべきは、企業チェーンのトップであると指摘している。

ウイスキー好きが高じて、ヨークシャーのクーパーキング蒸溜所でアシスタントディスティラーになったソフィー・パシュリー。ウイスキーは男の酒という人々の先入観をたくさん経験してきた。メイン写真は、非営利団体ビー・インクルーシブ・ホスピタリティ創設者のロレイン・コープス。

OurWhisky共同設立者であり、ウイスキーライターでもあるベッキー・パスキンがウイスキーについて執筆を始めた当初は、マーケティングにおける多様性の欠如に気づけなかったという。それでもScotchwhisky.comの編集者になると、初めてさまざまな問題に気づいた。ウイスキー業界の内部にも、消費者の視点にも、女性に対する否定的な態度がしばしば見られたのだ。パスキンによると、OurWhisky はそのような現状を打破するために創設された。

「ウイスキー業界の問題や、女性消費者が他の消費者やバーテンダーに示される態度について、何らかの変化を起こしたいと思っていました」

ウイスキー業界で性差別を経験したパスキンは、そんな性差別をなくすのが自分の使命だと感じるようになった。パスキンはジム・マレーの『ウイスキーバイブル』最新版に関するFacebookの投稿で性差別的な言葉が使われていることを指摘し、ニューヨークタイムズ、ガーディアン、タイムズなどにも取り上げられた。

クーパーキングのソフィー・パシュリーも、ウイスキーの飲み方に関して性差別を経験したことがある。バーに行く前にウイスキーに関する知識を問われたり、ウイスキーが好きかどうかを尋ねられたりしたことさえあった。

「いちばん記憶に残っているのは、父と一緒にバーで飲んだときのこと。私はウィスキーを注文し、父はジントニックを注文したのですが、バーテンダーが飲み物を逆に出してきたんです」

これを読んでいる女性の多くが、実は同じような経験をしているのではないだろうか。
 

男らしさという幻想からの脱却

 
ウイスキーに対するオーディエンスの認識をアップデートしたい。そのための新しい試みとして、グレンフィディックは2020年12月に人気テレビドラマ『ダウントン・アビー』の主演女優であるミシェル・ドッカリーをブランドの顔として起用した。

グレンフィディックが、ブランドの顔として起用した女優のミシェル・ドッカリー。オーディエンスの多様化にあわせて、伝統的なブランドも戦略の変更を迫られている。


ちょうど同じ頃、ビームサントリー傘下のラフロイグ蒸溜所は、2014年にスタートして休止中だった「オピニオン・ウェルカム」キャンペーンを再開。これは初めてウイスキーを飲んでみる人々の反応を紹介するテレビ向けの広告で、登場する人々には有色人種の男女も多く含まれている。ビームサントリーのダイバーシティ&インクルージョン運営グループを代表して、エラ・ブレイクが次のように語ってくれた。

「性別や民族を含めて、さまざまな属性の人々がウイスキーを楽しんでくれるようにするのが私たちの強い願い。あの広告は、そんな理想を表現した内容でした」

ウイスキーのマーケティングに変化が生じることで、グローバルスタンダードにも改善が見られてきた。そう考えるベッキー・パスキンは、自然体で無理のない表現手法で多様性を表現したグレンモーレンジィの広告を称賛している。その一方で、広告が男性を主要なターゲット層として描き続けるほど、ウイスキーは「男の飲み物」という固定観念が永続することになるという懸念を今でも抱いている。

現在、OurWhiskyは次の段階の立ち上げに向けて準備を進めている。パスキンは、業界における多様性を促進し、業界関係者に力を与え、新規参入者がウイスキーについてより多くを発見できるようにすることを望んでいる。ディーノ・モンクリーフのイークアル・メジャーズは、ウィスキーを含むスピリッツ・ブランドと都市部のコミュニティをつなぐ全国的なアウトリーチ・プログラムを開始する予定だ。

これで対策は十分なのだろうか。はっきりとした答えを出すのには時間がかかるだろう。だがコープスは、自らを戒めるように言う。

「ウイスキーや他の酒類業界が、多様性の問題をうまく解決していると判断するのは時期尚早です。平等に向けた変化をもたらすには、まだまだ長い道のりを歩まなければなりません。業界として何をすべきかを問うのではなく、個々人が意思を持って行動を起こすような機運を高めていく必要があるのです」