オーストラリアの世界戦略【第3回/全3回】
文:ルーク・マッカーシー
オーストラリアンウイスキーの隆盛を支えるため、スコットランドから業界の第一人者たちがオーストラリアを訪れている。アイラモルトの伝説的存在であるジム・マキューアンも、近年はずっとオーストラリアで休暇を過ごしてきた。マキューアンは、エディ・ブルックとバイロン・ベイ近くのケープバイロン蒸溜所を共同で経営。新銘柄「ケープバイロン・シングルモルトウィスキー」を発売したばかりだ。
長年にわたってディアジオでビールやウイスキーの製造を手掛けてきたダレン・ペックは、酒精強化ワインで有名なラザグレンのモーリスウィスキー蒸溜所を率いている。プロジェクト創設時のアドバイザーとして、スコットランドから経験豊富なベテランたちも招聘した。その一人はマスターディスティラーのジョン・マクドゥーガル。さらには故ジム・スワン博士も現地でウイスキーづくりの知見を授けた。
ディアジオで現場マネージャーの見習いとしてキャリアを始めたジョージ・キャンベルは、タリスカー、カードゥ、マノックモアの各蒸留所でリーダーとしての役割を果たしてきた人物だ。その後もウィリアム・グラント&サンズ社で5年間勤務し、バルヴェニーとキニンヴィーでウイスキーの生産業務を指揮した。そんなキャンベルも、今はすっかり南半球の住人となっている。
現在のキャンベルは、マイティークラフトの蒸溜責任者として活躍中。マイティークラフトは、数多くのクラフト飲料ビジネスを展開する公営のアクセラレーター企業だ。アイラ島出身のキャンベルは、今やオーストラリア独自のウイスキーづくりを先導し、複数の蒸溜所で責任者を務めている。マイティークラフト傘下の78ディグリーズ蒸溜所では、オーストラリア原産のグレーンウイスキーを生産。カンガルー・アイランド・スピリッツ社とセブン・シーズンズ社では、テロワールに焦点を当てたウイスキーの開発などに携わっている。セブン・シーズンズ社は、ララキア出身で先住民文化にフォーカスした食品企業の創設者でもあるダニエル・モトロップの所有企業だ。
オーストラリアを代表するウイスキーブランドとなったラーク・ディスティリング社でも、ウィリアム・グラント&サンズ社の東南アジア担当マネージングディレクターだったサティア・シャーマがCEOに就任したばかりだ。ラークはここ数年で飛躍的に成長しており、シャーマには輸出市場への進出などといった事業の成長戦略を監督する重大な任務が待ち受けている。
ラークは新しい本拠地も建設中だ。ポントビルで巨大な蒸溜所とビジターセンターが完成すると、ウイスキー生産能力は大幅に向上する。現在すでにタスマニアで3箇所のモルトウイスキー生産拠点を有するラークにとって、ここが恒久的な事業の中心地となる予定だ。
オーストラリアンウイスキーの夢は広がる
オーストラリアのウイスキーは、ようやくスケールアップし始めたばかりだ。だがこのような成長と同時に問われてくるのは、オーストラリアンウイスキーの個性を世界市場でどのように位置づけていくかという問題だ。オーストラリアのウイスキーメーカーは、どんなスタイル、特徴、特徴を持つウイスキーを輸出しようとしているのだろうか。
まずシングルモルトのファンにとって、オーストラリアは興味の尽きない場所となることだろう。前述の「ケープバイロン・シングルモルトウィスキー」は、トロピカルフルーツのような香味に満ち溢れている。またスターワードやスピリット・シーフ・ディスティリング社は、ワイン樽熟成の効果を前面に押し出したウイスキーが人気だ。消費者の好みに応じて、さまざまなタイプのシングルモルトウィスキーが楽しめる。ブラックゲート蒸溜所、ライムバーナーズ蒸溜所、ファーノー蒸溜所などではピート香の強いタイプをつくっているし、スミス アンガストンやサリヴァンズコーヴからは長期熟成のモルトウイスキーも発売されている。
またタスマニアにはユニークな独立系ボトラーのハートウッドがあり、ちょっと奇抜で味わい深い実験的なウイスキーも味わうことができる。さらにはアデルフィ、ブティックウイスキー、スコッチモルトウイスキー・ソサエティ、ベリー・ブラザーズ&ラッド、ラ・メゾン・デュ・ウイスキー、ウイスキー・エクスチェンジなど、世界有数の独立系ボトラーが厳選したオーストラリアンウィスキーも入手可能だ。
そしてオーストラリア国内では、ライウイスキーの人気が高まりつつある。ゴスペル・ディスティラーズ、バックウッズ、そして「農場からボトルへ」を標榜するベルグローブ、さらには有名なアーチーローズといったメーカーが、それぞれのライ麦農場から個性豊かなライウイスキーを生産しているのだ。
またオーストラリアには、バーボンの愛好家も大勢いる。ホイッパースナッパー、タイガースネーク、ネッドウイスキーなどの国内で生産されるコーンウイスキーは、そんなアメリカンウイスキーのファンたちからも熱視線を浴びている。
オーストラリアのウイスキーは、まだ新しい歴史が始まったばかり。現在起きていることや、今後起きるかもしれないことについて延々と語り続けることもできる。だが未来には不確かなことも多い。現時点で断言できるのは、オーストラリアのウイスキーづくりには自由な独創性があるということだ。
新しいものをつくりたい、この土地と人々に語りかけるものをつくりたいという欲求はかつてないほど高まっている。ウイスキー愛好家たちは、オーストラリアンウイスキーのおかげで発想の転換を促され、今までになかったウイスキーの物語を語り始めることになるだろう。