キューバとシガーを知る1週間。フェスティバル・デル・ハバノの期間中は、現地ツアーやテイスティングなどの催し物が満載だ。

文:クリストファー・コーツ

 

キューバの歴史と文化が複雑であるように、フェスティバル・デル・ハバノの内容もまた多彩を極める。タバコ畑へのツアー、科学者を交えたタバコ研究所でのパネルディスカッション、直近のシガー市場について説明する記者会見、各ブランドの製品発表会、上級トルセドール(巻き職人)や工場長によるシガー工場のプライベートツアー、トップブランドによるマスタークラスなどなど。このマスタークラスでは、タバコの種子、品種、テロワール、農業、発酵、熟成、ブレンディング、テイスティングなどの議論が続く。ウイスキー愛好家にとっては、最も身近に感じられるメニューのひとつだった。

キューバ産シガー全ブランドの英国総輸入元であるハンターズ&フランカウのジェマ・フリーマン社長。シガーの世界では特別な存在だ(詳細は第3話)。メイン写真はクラブ・ハバナで開催された初日のパーティー。

ラグジュアリーを好むシガー愛好家のために、大規模なパーティーが3回開催される。このフェスティバルがなければ、決して出会えなかったであろう参加者同士が交流する場所である。イベント週間は、まずモンテクリストオープンがスポンサーとなったビーチパーティーで幕を開けた。

会場となるクラブ・ハバナは、ハバナ西部のビーチサイドにある豪華な庭付きの邸宅。建物は1928年に建設され、キューバ革命以前は「ハバナ・ビルトモア・ヨット&カントリークラブ」の名で外交官、著名人、裕福な観光客たちを呼び寄せていた古い社交場だ。

創設から1世紀近くが経った邸宅は、再び外交官、有名人、裕福な観光客たちのたまり場になっている。エンターテイナーたちは緑色のスポーツウェアに身を包んでいるが、これはシガー銘柄「モンテクリストオープン」シリーズのテーマが「アウトドアの追求」であることと関連する。バーベキューや複数ステージでのライブミュージックなどが来客を楽しませ、キューバでは禁止されているはずのドローンが光のショーを演じている。基本的には巨大なビーチパーティーだ。

イベント週間の半ばには、ベネズエラの革命家シモン・ボリバル(1783〜1830)にちなんで名づけられたシガーブランド「ボリバル」のイベントがあった。レッドカーペットが敷かれた豪華なガーデンカクテルパーティーで、やはりライブ演奏をバックにフライボードに乗ったアイアンマンたちがシガーを運んできたり、ホイル包みのシガー「ニューゴールドメダル」がお披露目されたりした。

このイベントでは、チケットで購入できる2箱のシガーを手に入れようと、シガー愛好家たちが長蛇の列を作った。帰国後に聞いたところによると、このようなイベントで発売される限定品のシガーを転売して1週間分の旅行資金をまるごと取り戻す者もいるらしい。今回のコレクションは複雑な「ドロップヘッド」構造が特徴のシガーで、経験豊富な「カテゴリー9」のローラーでさえ特別なトレーニングを受けなければ巻けない超高級品なのだ。
 

シガーにまつわる多彩な人々のコミュニティ

 
このイベント週間で出会う参加者たちは、キューバ産フルーツのように多種多様だった。野性的な人もいれば、洗練された人もいる。これまで見たこともない豪華な服装に身を包んだ人々が一堂に会しているかと思えば、英国のウイスキーバーやシガーラウンジで見かけるカジュアルな常連客のような人たちもいた。

タバコの乾燥小屋で働き始め、ハバノス社のマーケティングディレクターにまで昇りつめたアナ・ロペス。現在は英国ハンターズ&フランカウのセールス&マーケティング顧問を務める(詳細は第3話)。

こんなシガー愛好家のコミュニティを構成しているのは、決して社会的なエリートやワナビーたちだけではない。でも参加者たちのシガーに関する一般的な知識レベルは高く、何気ない会話でもすぐに豊かな知見を感じ取れる。シガーを社会的ステイタスと結びつけ、表面的なイメージで好きになった初心者もいるだろう。だがシガーの面白さを知るにつれて、そんなステイタスシンボルや単なる趣味よりも奥深く、ウイスキーの世界とも似通った本物のコミュニティ感覚が育っていくのだ。

シガーへの情熱について語り合うと、多くの参加者はその複雑な感情について説明し始める。シガーを愛する感情は決して数値化できるものではないが、きっとウイスキー愛好家の多くが共感できるはずだ。

製造過程、科学、フレーバー、ローラーの技術などに惹かれてシガーを収集する人々。ハンドメイドの葉巻を切り、火を付ける儀式的なおごそかさ。そして高級シガーブランドに付き物の大げさな広告もみんな愛している。

表層的な趣味の仮面を1枚剥がすだけで、シガーの瞑想的な境地が現れてくる。シガーの煙をくゆらす時間は、何物にも代えがたい静かな内省のひととき。そんな濃密な時間を共有できる仲間たちがフェスティバルに集っている。

このような煙と内省の時間を「マインドフルネス」と表現する人もいる。シガーを楽しむ一連の儀式が、祈りにも似ていると考える人もいる。世界で最も人気のあるキューバ産シガーブランド「モンテクリスト」の名を世に知らしめたアレクサンドル・デュマは、代表作『モンテ・クリスト伯』の作中で次のように述べている。

「その煙は、心の悩みをすべて取り除く。それと引き換えに、魂の幻影をすべて喫煙者に与えてくれるようだ」
(つづく)