貯蔵庫内の空気は、どんなメカニズムでウイスキーの熟成に影響を与えるのか。ウイスキーマガジンきっての理論派イアン・ウィズニウスキが、業界を代表する識者たちに尋ねる。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

ウイスキー蒸溜所の貯蔵庫では、安全面での対策も兼ねて換気がおこなわれている。だがその方法は、蒸溜所ごとにまちまちだ。貯蔵庫内の空気の動きを追跡したら、きっと面白いことがわかってくるだろう。赤外線カメラを使えば、空気の通り道が明らかになるのではないか。ライブストリーミングで観察してみたいものである。

貯蔵庫に流入してくる外気の重要な役割は、気化したアルコールなど、樽から揮発してきた成分が含まれる空気を分散させることである。アルコールの分子は空気の分子よりも重いので、樽から抜け出すと下に向かう軌道で落ちていくことになる。ロッホローモンドグループのマスターブレンダー、マイケル・ヘンリー氏は語る。

タムデュー蒸溜所のダンネージ式貯蔵庫。ダンネージ式は通常2〜3段組だが、ここでは最大7段積みにされている。

「蒸溜所で気化したアルコールの濃度を計測したことがあります。すると地面から約1m程度のあたりが一番濃く、3〜6mでは極めて薄いことがわかりました」

この値は、季節によって変わることも考慮に入れなければならない。気温が高い夏には、揮発するアルコールの量も多くなる。そのため、気化したアルコールの濃度も冬季よりは高くなるのだ。レイチェル・バリー氏が説明する。

「通気も少なく、樽の移動も少ないダンネージ式貯蔵庫では、気化アルコールを含む空気がそれだけ長く同じ場所に留まることになります。この気化アルコールを含む空気は、どうやらオーク樽から得られる香味を複雑にしてくれる働きがあるようです。そのためシェリー樽での長期間にわたる熟成(時には60年以上)からゆっくりとした複雑な反応を引き出すには、ダンネージ式貯蔵庫が理想的な環境なのです。香味の複雑さだけでなく、樽からの揮発が抑えられることで、ウイスキーがより長期間にわたって熟成できるという利点もあるのです」

貯蔵庫に流入する空気の温度も考慮すべき要素のひとつである。スコットランドの平均気温は、冬季なら2〜8℃、夏季なら14〜20℃である。

春になると気温が上昇してきて、暖かい空気が貯蔵庫にも流入してくるようになる。だが貯蔵庫の中には、まだ冷たい冬の空気が含まれている。冷たい空気は暖かい空気よりも濃密で、「重み」もある。そのため、流入してきた暖かい空気は、必ずしも冷たい空気を分散させることができないということになる。その結果として、暖かい空気は貯蔵庫に入って1〜2mほど動いただけで上昇を始めてしまう。

秋になると、冷たい空気が貯蔵庫に流れ込みはじめる。だが貯蔵庫の中には、まだ暖かい夏の空気が含まれている。冷たくて濃密な空気は暖かい空気よりも重いので、貯蔵庫の空気を分散させてから上昇することができる。さらに冷たい空気は、暖かい空気に比べて貯蔵庫のずっと奥まで入り込める可能性が高い。

このようなことから、通気口や窓やドアに近い樽は、より大きな通気の影響を受ける。そして貯蔵庫の中央付近に置かれた樽よりも、広いレンジの空気に触れることになる。逆に貯蔵庫の中央付近に置かれた樽は、長期間にわたって環境が変わりにくいともいえる。樽の中で起こるさまざまな反応は、気温が上がるにしたがって活発になり、気温が下がるにつれて遅くなっていくことも念頭に入れておきたい。

 

樽が呼吸するメカニズム

 

年間のサイクルに従って樽に流入し、樽から去っていく空気の流れもある。冬から夏にかけては気温が上がり、樽の内部にある液体が物理的に膨張する。ヘッドスペース(樽内で液体の表面上にある空っぽのスペース)も膨張して、液体と空気が樽内で混じり合う。そしてヘッドスペースの中にある空気は押し上げられるようにして樽外に解き放たれる。気温が下がると、液体とヘッドスペースは収縮して、樽外から新鮮な空気が樽の中に招き入れられる。

プルトニー蒸溜所の貯蔵庫は、比較的モダンなラック式。それでも置かれる場所によって熟成の進行が変わってくる。

この空気中に含まれる要素で重要なのが酸素だ。酸素はスピリッツの中に溶解して酸化を促す。この作用によって、香味要素が変化して新しいフレーバー(フルーツ香など)も生まれてくる。一連の反応については、複雑すぎてすべてが理解されているわけではない。

通気はスピリッツの蒸発率にも影響を及ぼす。通常なら、1年間で平均2%の液体が樽内から蒸発していく。グレンモーレンジィのウイスキー原酒熟成管理部長を務めるブレンダン・マキャロン氏が説明する。

「通気量の多い環境に置かれた樽は、蒸発率も高まります。その結果、液体の量が減って、ヘッドスペースが増えていくスピードも速くなります。その代わりに液体と樽材の接触度は増えていくため、樽材の影響が強まって、蒸溜所本来の特性(ニューメイクスピリッツ)がその分だけ後退します。通気量を減らすと、いわゆる天使の分け前も減り、 樽材から引き出されるフレーバー成分の量もその分だけ少なくなるということです」

このように、通気にはウイスキーの味わいを変えていく包括的な影響力がある。だがこのメカニズムを議論する機会はほとんどなかった。だがそんな傾向も、変わりつつあるようだ。ホワイト&マッカイのウイスキーメーカー兼ブレンダーを務めるグレッグ・グラスが語っている。

「月に1~2回はフェッターケアンの貯蔵庫をすべてチェックし、場所によって変わる気温や湿度を調べながら樽の状態を把握しています。このような違いが、それぞれの貯蔵庫の特徴を決める要素になるからです。ウイスキー愛好家にはウイスキーづくりの詳細を理解したいという欲望があり、それがどんどん広がっています。今では個々の貯蔵庫の影響にまで関心を示す人が増えているのです」