開業直前レポート(1):厚岸蒸溜所【前半/全2回】
ジャパニーズウイスキーに続々と新しい顔ぶれが加わる2016年。開業直前の新設蒸溜所を訪ねるレポートの第1回は、道東で初めてのウイスキー蒸溜所となる厚岸蒸溜所。ステファン・ヴァン・エイケンが現地を訪ねた。
文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン
あと何ヶ月もすれば、日本のウイスキーマップにはいくつかの新しい蒸溜所が加えられることになるだろう。現存設備の拡張も多いが、それよりも冒険心に満ちた事業が北海道東岸で進行中だ。今年の末までには、厚岸の地で新しいウイスキーの歴史が始まっているだろう。まったく新規の蒸溜所が日本で建設されるのは、秩父蒸溜所以来初めてのことだ。建設計画はどのくらい進んでいるのか。将来に向けてどのような計画を立てているのか。はるばる厚岸まで赴いて、関係者にお話をうかがうことにした。
厚岸蒸溜所を運営するのは、東京で食品の輸出入をおこなう堅展実業である。代表取締役の樋田恵一氏は長年のウイスキー愛好家で、とりわけアイラモルトには目がない。日本で巻き起こったハイボールブーム以降、高品質のウイスキーが日本でも入手困難になり、わずかな新発売ウイスキーに大勢の人々が殺到する様子を憂いてきた。このような状況で、高品質のウイスキーを確実に入手する方法はひとつ。もはや自分でウイスキーをつくるしかないと樋田氏は悟った。2010年から真剣に蒸溜所建設の検討を始め、建設候補地を模索。だが樋田氏にとって、そもそも蒸溜所を建設するなら北海道以外の場所は考えられなかった。愛してやまないアイラ島と気候風土が似ており、自分がウイスキーをつくる理想の地だと感じていたのだという。北海道の西岸にはすでに蒸溜所がひとつある。ならば道東で建設地を探そうと樋田氏は決心した。
厚岸町が候補として浮上するまでに、さほど時間はかからなかった。釧路市から東に約50kmの海岸近くで、美しい湿地帯に囲まれ、ピートもふんだんに埋蔵されている。厚岸は蒸溜所に必要なすべての条件を満たしていた。それに厚岸には、ピーテッドウイスキーと非常に相性のいい牡蠣もある。2010年に樋田氏は厚岸町長に事業計画を明かし、町は2014年になって借地に合意した。カラスが飛び交う、海から約2km離れた土地に蒸溜所の建設を認可したのだ。建設は2015年10月に始まり、寒さの厳しい冬季も工事が続けられた。今回の取材時には、蒸溜棟が完成間近の状態だった。
スコットランドから設備を輸送中
蒸溜所設備の大半は、スコットランドのフォーサイス社製である。ちょうど船で日本に輸送しているところで、7月末までには到着するはずだ。蒸溜の開始は今年の11月を予定している。11月の第1週にフォーサイス社のチームがやってきて、最初の蒸溜に着手しながらスタッフに機器の取り扱いを指南する。第2週目からは、厚岸蒸溜所のスタッフだけで操業されることになる。最初の蒸溜シーズンは、11月だけの丸1ヶ月間。メンテナスのために夏を休業期間とする他の蒸溜所と異なり、厚岸蒸溜所は冬季に休業する。気温が−20°Cにまで落ち込む冬に蒸溜所を運営するのは、少なくとも容易なことではない。厚岸蒸溜所のメンテナンス期間は12月下旬〜3月中旬で、2017年3月から蒸溜が再開される。
厚岸蒸溜所は、今年だけで約30,000Lの生産を予定している。1日300Lで、毎週5日稼働させる計算だ。来年は週7日で蒸溜をおこない、フルシーズン初年度の生産量は100,000Lが目標。2018年以降は、毎年300,000Lのニューメイクを生産したいと計画している。初年度の2016年11月は、原料の80%がノンピートのモルト。2017年以降は徐々にピーテッドモルトの比率を増やしていく予定だ。また、最初のシーズンに使用されるモルトはスコットランドから輸入する。道東地方で蒸溜所を運営するにはいろいろな課題があるのだという。そのひとつが、原材料を蒸溜所まで輸送する手段だ。実用上の問題から、近くの釧路港は使えない。大麦(だけでなく蒸溜所の設備も)は札幌に近い苫小牧港まで送られ、そこからトラックで300km離れた厚岸まではるばる旅をさせなければならない。
最終的に、厚岸蒸溜所は地元産の大麦とピートを使ってウイスキーをつくりたいと考えている。ピートは、蒸溜所の周囲にも、真下にもふんだんにある。深さが2〜50mほどもあるため、将来に枯渇する恐れはほとんどない。だが地元産ピートの使用は即座に始まるわけでもない。将来には地元産の大麦とピートによる実験をおこなおうと考えている。
(つづく)