不遇の時代があったからこそ、不確実な未来に一歩を踏み出す自信もある。ビル・ラムズデン博士が管轄するアードベッグの個性的なコアレンジは、今でも進化の真っ最中だ。

文:ガヴィン・スミス

 

ミッキー・ヘッズ蒸溜所長の在任期間中に、アードベッグは24種類に及ぶ多彩な新商品を発売してきた。最近の蒸溜所拡張計画が実行されるまでは、年中無休の24時間体制に移行するなどの大きな変更も経験している。すべてはアードベッグのシングルモルトウイスキーを求める世界中のファンの需要に応えるため。樽出しやバッチの集約だけでも、生産ペースを下げる余地はない。

グレンモーレンジィ・カンパニーがアードベッグを傘下に収めて以来、原酒の樽は貯蔵庫からグレンモーレンジィの生産拠点があるウェスト・ロージアンのブロックスバーンまで陸路で運ばれ、そこで原酒の樽出しがおこなわれてきた。しかしここ10年は、樽出しとシングルモルト用のバッチ分けは蒸溜所内でやっている。バッチが完成したところでウイスキーをタンクローリー車に入れ、ウェスト・ロージアンのリビングストンまで運び、グレンモーレンジィ・カンパニーのボトリング工場で瓶詰めするのだ。

現在の体制に移行する際には、蒸溜所チームの人員を補充しなければならなかった。貯蔵庫担当にはフルタイムの専門スタッフが6人。さまざまなウイスキーの銘柄をバッチごとにまとめるスチール製のヴァット(容器)も複数槽が用意された。2017年に「アードベッグ アン・オー」を発売するときは、このヴァット関連の設備増強も必要になったのだとミッキー・ヘッズが振り返る。

「あの『アン・オー』をつくるために、新しくフレンチオーク材のヴァット(各15,000L)を2槽用意しました。そして原酒を集約させるための大きなメインヴァット(30,000L)も1槽導入して、マリイングに使用しました。『アン・オー』のレシピでは、ペドロヒメネスのシェリー樽、チャーを施したオーク新樽、バーボン樽という3種類の樽熟成が併用されています。フレンチオーク材のヴァットは、1979年以来使われていなかった第2キルンハウスに設置されました。この古い建物は放棄されていたので、新しい使途を与えるのにちょうどよかったのです」

キルンハウスだけではない。蒸溜所のほとんどの設備が、放棄を余儀なくされそうな時代もあった。ピカピカの設備で忙しそうに稼働している現在の蒸溜所を見ると、つい数十年前にウイスキー不遇の時代があったことなど嘘のようだ。

今ではカルト的ファンたちに愛される大人気のシングルモルトブランドだが、アードベッグは瀕死の状態から復活を遂げた蒸溜所のひとつとしても知られている。1990年代半ば、蒸溜所としてのアードベッグも、シングルモルトブランドとしてのアードベッグも、将来にわたって安泰だと考える人はいなかった。
 

激動の歴史を乗り越えて未来へ

 
アードベッグ蒸溜所は、1815年にジョン・マクドゥーガルによって創設された。長く個人経営の時代が続いた後、1959年に法人化されてアードベッグ・ディスティラリー社が誕生。1973年にハイラム・ウォーカー&サンズ社とディスティラーズ・カンパニー社の共同所有となり、1977年にはハイラム・ウォーカーが全権を掌握することになった。

だが当時は、ブレンデッドウイスキー全盛の時代。パワフルで自己主張の強いアードベッグのモルト原酒はなかなか受け入れられなかった。スコッチウイスキー業界全体でも熟成中の原酒に余剰があったため、アードベッグは1982〜1989年の間に操業停止を余儀なくされる。この休業期間中、1987年にハイラム・ウォーカーはアライド・ディスティラーズ社に買収された。アライド社の傘下でその2年後に操業を再開したが、生産量は微々たるものであり、1996年にはアライド社が再び蒸溜所の閉鎖を決定してしまった。

ユニークな商品のヴァッティングに活躍するフレンチオーク材のヴァット。新品らしく艷やかに光り輝いている。

当時の疲れ果てた古い蒸溜設備は、お世辞にもバラ色の未来を期待させるものではなかったはずだ。だが1997年にグレンモーレンジィ社がアードベッグを総額700万英ポンドで買収すると歴史は動き始める。700万英ポンドのうち550万英ポンドは熟成中の原酒の代金だったので、新オーナーとなったグレンモーレンジィ社は残りの10万英ポンドあまりを蒸溜所設備の購入と改修に充てたことになる。

そして2000年には、今でもアードベッグの看板商品のひとつといえる「アードベッグ10年」を発売。2008年以降、この商品はすべてグレンモーレンジィ傘下でつくられたスピリッツによる商品となった。

「アードベッグ10年」と並行して、独創的で多彩な新商品のリリースが続いていく。このようなウイスキーを先行で入手できるのがアードベッグ・コミッティーの魅力だ。特に話題をさらったのは、アードベッグ史上最強のピート香を放つ「アードベッグ スーパーノヴァ」(2009年)、しっかりとチャーを施した新樽の熟成原酒を一部に使用した「アードベッグ アリゲーター」(2011年)など。またビル・ラムズデンのチームは、マルサラワイン樽熟成の「アードベッグ ガリレオ」(2012年)、ダークシェリー樽の熟成を取り入れた「アードベッグ ダークコーヴ」(2016)、黒海地方のオーク材を使用した「アードベッグ ケルピー」(2017年)などの意欲的なボトルと次々にリリースする。2016〜2018年には21年熟成、22年熟成、23年熟成の特別商品を数量限定で発売した。

現在のアードベッグの小アレンジは、「アードベッグ10年」、バーボン樽とシェリー樽を併用したカスクストレングスの「アードベッグ ウーガダール」(2003年発売)、バーボン樽とフレンチオーク新樽を併用したカスクストレングスの「アードベッグ コリーヴレッカン」(2008年発売)、それに2017年以降の「アードベッグ アン・オー」「アードベッグ トリー・バン」「アードベッグ ウィー・ビースティー」が加わっている。

パンデミックによって、ウイスキー業界もしばしの休息を余儀なくされている。だがひとたび増産体制が整えば、アードベッグはかつて苦難の時代を乗り越えたときと同様にウイスキーの未来を切り開いてくれることだろう。誰にも真似のできないウイスキーづくりで、アイラモルトの魅力を世界に示してくれるはずだ。