限定品を買いあさり、すぐに転売して値を吊り上げる行為はどのように回避できるのか。業界の取り組みを通して、現代オークション事情を紹介するシリーズの最終回。

文:ガヴィン・スミス

 

転売ヤーの問題

 

偽物のウイスキーが出回る潜在的なリスクの他に、オークションでウイスキーを購入する際に問題視されるのが「フリッピング」と呼ばれる転売行為である。これは人気の高いウイスキーブランドの限定品を発売と同時に購入し、ほとんど即座にオークションで法外な値段で売りに出す慣行のことだ。

このような行為が横行すると、お酒を愛する人々や本物のウイスキーコレクターたちが本来の価格で購入できなくなる。発売直後から、まったく手の届かない価格になるのは納得できないし、ファンの怒りまで買ってしまうのも無理はない。

このような転売ヤーの中は、高度に職業化された人々もいる。ネット上のフォーラムを幅広くチェックして、公式には発表されていない限定品の発売情報やショップの再入荷情報がリークされるのを待つ。自動化されたモニタリング用のソフトウェアを駆使して、アナウンスと同時に今後の発売予定を把握する。そして複数の偽メールアカウントで何人分も抽選に申し込み、偽名を使うことで販売者側に察知されないようにする(このプロセスも自動化可能)。そして他のバイヤーを出し抜き、発売直後の限定品 を手に入れるのだ。

このような転売行為の広がりは、あるオンラインサイトのウイスキーオークションに見られた事例で説明できる。このオークションはわざわざ転売行為を奨励している訳ではない(一部には実質的に奨励しているサイトもある)。しかし最近1カ月で売り上げた4,000本弱のウイスキーの内訳を見ると、その約3分の1が発売されたばかりの限定品を即時に転売しているものだった。

ウイスキーライター、独立系ボトラー、コンサルタントの肩書を持つアンガス・マクレイルドは次のように語る。

「このセカンダリーマーケットを利用した慣行の周辺で、ウイスキー市場とは別途の業界を形成してきた人がたくさんいます。こうなったのも、ウイスキーが需要と供給の法則によって多大な影響を受ける製品だからです」

確かな価値があって、みんなが探し求めるウイスキーの品質や種類については、すでに世界規模の合意があるとアンガスは語る。

「そんなウイスキーを探している人々は、新世代の世界的なオーディエンスであり、互いに情報を交換しながら知識も豊富になっています。このようなセカンダリーマーケットの存在によって、需要が供給を上回る事態につながっています。それを後押ししているのが、インターネットというテクノロジーです」

このような転売の慣行に、はっきりと反対の立場をとっている会社のひとつがロイヤル・マイル・ウイスキーズだ。同社が取り入れた「ドラマーズ・リワード」は注目に値するだろう。

このルールでは、まず希望小売価格100英ポンド(約15,000円)以下の限定品に5英ポンド(約750円)、希望小売価格100英ポンド(約15,000円)以上の限定品に10英ポンド(約1,500円)の価格を上乗せしておく。ウイスキーがオンラインで売買され、購入者が自分の指名と注文番号をボトル上に記載することに同意したら、上乗せしていた金額(5または10英ポンド)の倍額に相当するバウチャーが購入者にメールで送られる。このバウチャーは、同社のウェブサイトで次回以降の購入に使用できるものだ。

オークションに持ち込まれたサマローリ・コレクションのタリスカー(1988)。この世界最大級のコレクションには、軽井沢、羽生、山崎などのジャパニーズウイスキーも含まれていた。メイン写真は、ドーノックにあるトンプソン・ブラザーズ・ディスティラーズを創設したサイモン・トンプソン。

店頭販売の場合は、購入者が店外でボトルを開封し、再び店内に戻ってスタッフに開封済みのボトルを見せると同じように倍額のバウチャーがもらえる。これも後日の購入に使用できる仕組みだ。

さらに重要なことだが、ロイヤル・マイル・ウイスキーズはスタッフメンバーが店舗割り当ての在庫や限定品を購入できないようにしている。スタッフといえども、上客や友人に発売日前の商品を販売したり特別な便宜を図ったりしてはならない。また将来の価格高騰を見込んで、在庫を抱え込んでもいけない。そして特に人気のボトルについては世帯あたりの厳格な購入限度を設けている。

ロイヤル・マイル・ウイスキーズの購入販売部長を務めるアーサー・モトリーが、このようなルールの真意について説明してくれた。

「ここ数年来、大勢の人々による限定品の買い占め行動が急増してきました。転売を目的としたプロバイヤーとの競争で大きな不利益を被っていたウイスキーファンのためにボーナスを提供しようと考え、ドラマーズ・リワードのようなルールを考え出したんです」

転売を防ぐために採用され始めた方法といえば、抽選購入もある。これは同様の問題に悩んでいたスニーカー業界が、ナイキの「ジョーダン」シリーズやカニエ・ウェストの「イージー」などの限定品発売に際して適用しているアプローチである。

だがこのアプローチをウイスキー業界で採用する是非については、複雑な心境を表明する人もいる。ある有名な小売店の代表がこんなことを言っていた。

「これはちょっと諦めに近い方法だと感じますね。運良く抽選で当たったら、開封しないでとっておこうという動機を育ててしまいかねませんから」

そんな意見が正しいことは、スニーカー業界の前例でも証明されている。希少な限定品が未使用のまま保存され、「StockX」や「Klekt」などの再販サイトで転売されることが後をたたないからだ。

ウイスキーの世界に目を戻すと、この抽選購入制度を完全に新しいレベルへと高めたメーカー兼ボトラーがいる。ドーノックにあるトンプソン・ブラザーズ・ディスティラーズだ。創設者のサイモン・トンプソンが説明する。

「ボトルには通し番号がふられているので、誰がどのボトルを購入したのか追跡できます。さらに、専用のソフトウェアで購入者をランク付けするシステムも開発しました。購入者のランクには8段階があり、第1階層に近いほどボトル購入権が当たる可能性が高くなっています。

「購入したボトルを転売するとわかっている人々は、抽選から除外しています。また、開封したボトルの写真をメールで送ってくれたお客様はランク付けをアップします。これは自分で飲むためにウイスキーを購入する人たちに最大限のチャンスを与えるための取り組みです」

ウイスキーオークションに関わる人々のすべてが、転売行為に対して強硬に反対しているわけでもない。だがロンドンのウイスキー・ドット・オークションでオークションディレクターを務めるイザベル・グレアム・ユールは次のように語る。

「ウイスキーのボトルを1本買って、その気になればすぐに転売することで利益が得られる。このような状況が倫理的に正しいのかは、議論が分かれるところです。でも考えてみれば、小売店はみなそうやって利益を得ているわけなので、個人がやって何が悪いのだという考えもあるでしょう。水や栄養食品とは違って、ウイスキーの供給は人権問題になりません」

原則論として、ウイスキーはいまだに贅沢品なのだとイザベルは語る。

「転売を推奨するようなオークションもありますが、その判断はあくまで彼らに委ねられています。蒸溜所やウイスキーフェスティバルのそばにバンで乗り付け、蒸溜所限定ボトルやイベント限定ボトル購入の列に人々が並ぶように促し、即座にオークション会社のバンで転売品を買い取るような業者もいるくらいです。これはもちろん違法ではないし、不道徳と断じることもできません。でも下品で俗悪だと感じる人には同意しますね」

アンガス・マクレイルドの見解によると、ウイスキーに関心のある大多数は、お酒を自分で飲んで楽しみながら、時には収集したり転売したりしてもいいという考えが入り混じっている。

「ウイスキーを真剣に愛しているファンの多くが、オークションでボトルを販売して多少の儲けを出した経験を持っています。私を含め、そのようなファンの多くは、転売によって生まれた利益でもっと上等なウイスキーを飲んでみたいという欲望にしばしば突き動かされています。だから転売の問題は、見かけ以上に複雑な構造もあるのです。

「ウイスキー関連企業には、転売ヤーに抵抗する気運も生まれています。実際に開封して飲んでくれる消費者に優先的に販売できるような仕組みを作り、バランスをとろうと努力してきました。ショップ、バー、ボトラーの多くが、このような流れを注視しています。その一方で、転売やオークションの慣行がすぐに変わっていく気配はありません。この現象が、これから中期的にもう少し適切な方向へ変わっていったらいいなと思っています」