開封するつもりもなく、展示するつもりもないウイスキーの入手に熱をあげる人々。収集にかきたてられるコレクターの心理を分析する2回シリーズ。

文:ハンス・オフリンガ

 

オランダのスコッチウイスキー・インターナショナルが、世界的に有名なヴァレンティノ・ザガッティのウイスキーコレクションを買収したのは2015年のことだった。盲目のウイスキーコレクターが生涯かけて収集したボトルの数々を展示するため、スコッチウイスキー・インターナショナルは専用の博物館まで新たに建設した。

ちょうど同じ頃、このコレクションを解説した複数巻にわたる書籍を制作したのが、他ならぬ私ことハンス・オフリンガと妻のベッキー・オフリンガである。この編集作業は、完了までに2人がかりでも2年半の歳月を必要とした。ボトルひとつひとつをカタログ化していく際には、膨大なリサーチも必要となった。その過程で、収集癖の背後にあるウイスキーコレクターの動機や考え方を深く考察する機会に恵まれた。

オランダのスコッチウイスキー・インターナショナルが手に入れたヴァレンティノ・ザガッティのウイスキーコレクション。これほどまでの収集に人を突き動かす動機は何なのだろう。

心理学者や精神科医などの専門家によると、人々が物を収集する理由はいくつもあり、それぞれに異なった収集の動機もある。自分が詳しい分野について、知識を自慢したいという動機で収集する人がいる。そんな人にとっては、ある特定の収集物が自尊心を高めてくれるのかもしれない。希少な対象物を探検のように求めていく過程のスリルがたまらないという人もいるだろう。

またある対象物の歴史に興味がわいた人なら、研究対象として注目すべき価値がある物を集積してくことで、知的満足が得られるという側面もあるだろう。意識しているか、無意識であるかに関わらず、物を収集して蓄積するのは、過去を保存していく行為でもある。

財産の投資も、コレクションの動機になりうる。芸術品、調度品、コイン、腕時計、ジュエリー、切手、ワイン。そんな定番の収集対象のひとつとして、近年注目されてきたのがウイスキーだ。

また自分が夢中になっていることを公にすると、同好の士たちの間でつながりが生まれ、コレクターたちの社会生活が開かれてくる。このような関係構築の場がどんどん増えることで、普段の仕事の重圧などから開放されるリラックス効果もあるだろう。

そしてある種の人々には、人生の一分野を完全に自分のコントロール下に置きたいという欲望もある。気まぐれや思いつきにまかせて、収集物を何度も整理しなおすたび、このような支配欲が満たされることもあるはずだ。単純に、自らの構成力やカタログ化の能力を発揮することだけで満足できる人もいるだろう。

 

人間心理に刻み込まれた収集本能

 

このようなことを考えるとき、古くから信じられてきたある言い伝えが頭に浮かぶ。それは「何事も手に入れてしまえば興味が失われていく」というものだ。

神経学と心理学の専門委員会に認可された科学者で、自身も熱心な中国陶器の収集家でもあるシャーリー・M・ミューラーが興味深い見解を示している。著書『収集家の頭の中:神経心理学的作用の研究(Inside the Head of a Collector : Neuropsychological Forces at Play)』(2019年)で、見つけた物を実際に所有するより、発見への期待のほうが楽しさとやりがいを生じさせていることを指摘したのだ。

博物館入りになった自らのコレクションとウイスキー界の友人たちに囲まれる盲目のヴァレンティノ・ザガッティ(中央)。

ミューラーは科学的な立場からこの原則を説明する。人はコレクションに加えたくなる対象物を発見することで、原初的な報酬系回路をつかさどる側坐核(前脳に存在する神経細胞の集団)が刺激される。この刺激によって、コレクターは幸福感やエクスタシーを覚えることになるという。

反対に、コレクション候補を見るけることで、恐怖をつかさどる回路も刺激される場合もある。それは提示価格が高額すぎる場合や、販売者を信頼できない場合に、欲しいものが手に入らないという結果を招くことへの恐れである。

幸福感と恐怖感のデッドヒートは、際限なく続くことになる。なぜなら、どんなコレクションも、究極的に完成させるのはほとんど不可能と相場が決まっているからだ。つまりコレクターは対象物を所有する考えに取り憑かれているのではなく、幸福感と恐怖感の終わりなき競争に突き動かされているのだ。

精神科医として数々の著作があるラヴィ・チャンドラ(サンフランシスコ在住)は、人気の心理学系ウェブサイト「psychologytoday.com」で、コレクションの独創性についてさまざまな比較をおこなっている。チャンドラによると、何かを収集することは一種の創造的な行為であり、そのコレクションの自体がクリエイティブな発想を生み出すこともあるのだという。

「私たちは衝動を刈り取ったり、研ぎ澄ましたり、増大させたりしています。この分野に注目して探求し、創造性との兼ね合いについても研究してきました」(ウェブサイトより)

生物学者でもあるチャンドラによると、収集癖は人類だけの特性ではない。ネズミも用途が不明なカラービーズを集めるし、リスだって自分では食べ切れない量のナッツ類を溜め込む。きらめく装飾品類にとりつかれたカササギもいる。動物たちの中にも、コレクター気質の種族はいるのだ。

だから人類にそんな収集癖が染み付いていても驚きはないのだとチャンドラは言う。ある調査では、6歳以下の子供たちの70%が、何らかの物を収集し始めるという。ぬいぐるみ、人形、ミニカーなど、子供たちのコレクションはすぐ頭に浮かぶだろう。

 

収集と溜め込みの違い

 

このように物を手に入れる行動への執着が増してくると、「収集」というよりも「溜め込み」という概念で言い表されるようにもなる。収集と溜め込みの区別は、そんなに難しい話でもない。収集は前述のように継続的な喜びを目的にしているが、溜め込みは深刻なまでに不安を呼び起こして日常生活への悪影響もある。

ハンス・オフリンガ(この記事の著者)と妻のベッキー・オフリンガが2年半の歳月をかけて編集したザガッティ・コレクションのカタログ。カタログ化によって、収集品の背後にある動機が見えてくる。

コレクターが関心を持っているのはある特定の分野に限られ、収集済みの品々を系統立ててカタログ化したがる傾向がある。だが溜め込み型の人はそれとまったく異なり、家の中が一見して脈絡のない品物たちであふれかえるようになる。

溜め込み型の人が新しい物を入手するとき、病理学的な自制心の欠如へと引き込まれていく。最初は単に物を集めていたのが、その収集行為に執着するあまり、強迫行動のように変化してしまうのである。

溜め込み行動を専門に研究している神経内科医のスティーブン・W・アンダーソンによると、物を集めなければならないと駆り立てる感情は、大脳皮質下と大脳辺縁系で生成されている。これは食べ物や水分など、生きるのに不可欠な物資を集めて確保しておこうとする人間の本能と関連がある。

さらにアンダーソンは、溜め込んでおく価値のあるものと、そうでないものを見分ける前頭前皮質の働きについても論じている。アンダーソンの研究では、脳損傷がある人の中で強迫的な溜め込み行動をしている人の多くに前頭前皮質の損傷が見られた。

この前頭前皮質は認知行動をつかさどり、意思決定をしたり、物事を秩序立てて情報を処理したりするのに不可欠な部位だ。脳損傷があるのに溜め込み行動をしない人は、脳の右半分や左半分が大きく損傷を受けていても、前頭前皮質には損傷がないことがわかったのである。
(つづく)