最高級キューバ産シガーの世界【第1回/全4回】
文:クリストファー・コーツ
司会者が落札者の名前を読み上げる。固唾をのんだ観客たちに一瞬の静寂が訪れ、それが1,000人以上の歓声に変わる。歓声と拍手が静まると、会場のざわめきにはさまざまな質問が飛び交っている。
「信じられる?」「買ったのは誰?」「シガー1本あたりだといくらになる?」
パーティー会場には香ばしい煙が渦巻き、霧のような視界の合間にシガーをふかす参加者たちの顔が見える。
フェスティバル・デル・ハバノ(キューバのシガー業界最大のイベント)は、いま最終日のクライマックスを迎えている。観客たちはすでに何時間も飲食を楽しみ、シガーを吹かしながらさまざまなエンターテイメントに興じてきた。躍動するダンス集団やオペラ歌手がノンストップで舞台を賑わせ、最後にチャリティーオークションで幕を閉めるのだ。
オークションでは、500本のコイーバが入った特注のヒュミドールが、2人のコレクターによる競り合いの末に420万ユーロ(約6億8,800万円)で落札された。近くのテーブルにいた観客が教えてくれる。これは2020年に同じイベントで同じような葉巻の特注キャビネットが記録した240万ユーロ(約3億9,300万円)をはるかに上回る金額だ。
このチャリティーオークションは、工場見学、酒類の試飲、シガー関連イベントなどで賑わったお祭り騒ぎのような1週間を締めくくる恒例イベントである。わずか6ロットの出品で、合計1100万ユーロ(約18億200万円)がキューバの医療制度に寄付された。
シガーを吸わない読者諸氏にとっては、このような数字のすべてが驚きであろう。たとえ高額なハンマープライスが予想されるチャリティーの資金集めであっても、これほどの小ロットでこれほどの大金を集めるオークションが他にあるだろうか。ハイエンドのウイスキーを対象にしたチャリティーオークションでは、最近も42ロットで合計310万ポンド(約5億8,300万円)を集めたばかりだ。だが高級シガーの価値は、そんな高級ウイスキーとも桁が違うのだ。
キューバ産のシガーを独占する国営企業のハバノス社は、2022年の売上高が5億4500万ドル(約820億9,500万円)である。高額のようにも思えるが、マッカランを擁するエドリントンが2023年3月期に達成した売上高の約半分に過ぎない。ウイスキーよりも遥かに小さな市場規模も考慮すると、ハバナの高級手巻きシガーの市場がいかにニッチであるかを理解できるだろう。ウイスキー業界の中でニッチとされるシングルモルトスコッチウイスキーと比較しても、そのニッチ度と高級路線が突出した市場なのである。
不景気とは無縁の高級シガー市場
米国、英国、欧州、中国の経済情勢は、おしなべて低調だ。ウイスキースタッツ社やレアウイスキー101社の集計によると、ウイスキーの二次市場でも取引価格の下降が見られる。希少銘柄は約4%、ウイスキー全体なら1.5〜3. 5%の下落だ。同じようなオークション価格の下降は他の高級品市場にも見られ、スイス製の高級腕時計は昨年比で平均33%が下落。マニア向けのスニーカーも似たような数値で暴落している。ところが、キューバ産シガーだけは需要が高まる一方だ。特に希少なヴィンテージシガーの再販価格はとどまるところを知らない。
コロナ禍によって引き起こされた供給不足が克服された今でも、多くの国では輸入タバコの品不足が続いている。そしてタバコ店に寄せられるシガー関連の問い合わせは増加傾向にあり、明らかに若くて多様な客層がシガーへの関心を示しているという報告もある。
だがタバコとキューバ産シガーは同列で比較しない方がいい。キューバ産シガーはワイン界におけるシャトー・ラフィット・ロートシルトにあたる。あるいはラリックのデキャンタに入ったマッカランやゴードン&マクファイルのプライベートコレクションなどにも近い。
だがその一方で、キューバ産シガーは圧倒的な産地ブランドを背景にして、世界中に安定した製品供給を維持している。その点はブルックラディやジョニーウォーカーの立ち位置にも通じる。このあたりのポジショニングは、シガー初心者ならほとんど逆説的にも見えるだろう。
スコッチウイスキーと同様に、キューバ産シガーもアジアで人気が急上昇している。中国が世界トップ3の市場となっており、アジア太平洋地域が全売上の19.3%を占めている。東アジアとの関係をより強固なものにするため、それまでインペリアル・ブランズが所有していたハバノス社の株式50%が2020年に匿名の香港コンソーシアムに10億ドル以上で売却された(この時点でプレミアムシガー事業におけるインペリアル・ブランズの活動は終了)。
今年はコロナ禍後(そして株式売却後)初めてフェスティバル・デル・ハバノとあって、多くの参加者がイベントを通じて製品の変わらぬ魅力と市場の勢いを実感することになった。
華々しいフェスティバルウィークに参加することは、私の10年来の夢だった。パーティー会場に戻ると、群衆に押し流されながら葉巻をもう1本勧められる(一瞬でも手が空けば回ってくるシステム)。そしてラム酒をさらに数杯飲むことになる(ウィスキーは見当たらないが、この背景は第3話で詳述)。シガー市場の変化について思いを巡らすのは次回以降。今はフェスティバルの活気の中に身を委ねたい。
(つづく)