オーストラリア産ウイスキーの基礎知識【後半/全2回】

February 6, 2017


広大なオーストラリアでつくられるウイスキーは、そのスタイルも極めてバラエティが豊かだ。ウイスキーのコンサルタントやライターとして活動し、オーストラリア最大級の蒸溜所でディレクターを務めるクリス・ミドルトンが詳細に解説する。

文:クリス・ミドルトン
 

穀物原料について

 

オーストラリアンウイスキーの85%は国産の大麦を使用している。その次にポピュラーな穀物はライ、さらにコーン、小麦と続き、さらにはキノア、オート麦、糖蜜を使用した実験的なウイスキーもある。

1903年以来、オーストラリアではさまざまな品種の大麦が開発されてきた。産業界の研究開発によって、国内の多様な耕作条件や製麦技術に適合した品種も生まれている。品種改良の主な目的は、オーストラリアとアジアのビール業界に原料を提供すること。人気種のスクーナー、ガードナー、コマンダーなどが、それぞれの地域や生育条件にあわせて栽培されており、何十種もの新種が現在も開発中である。このような交雑育種は、アミノ酸、糖質、微量栄養素の構成にさまざまなバリエーションを生み出す。さらにビール向けの軽いモルティングの効果や、酵母菌株や発酵技術の違い、オーストラリア特有のウォッシュなどの要件も加わって、ウイスキーには多彩な個性が生まれることになる。

自前の穀物を栽培して製麦する蒸溜所もいくつかある。ベグローブはライ麦で、レッドランズ・エステートとナントは大麦でこの原則に従っている。ピート香を表現するために、スコットランドのベアードやポートエレンから大麦を輸入している蒸溜所もわずかにある(ヘリヤーズ・ロード)。オーストラリア産のピートも使用されており、タスマニア産ピート(ラーク)、西オーストラリア州の湿地帯で採れるピート(ラインバーナーズ)、さらにはオーストラリア南部のユーカリ材などでスモークした穀物を使用する蒸溜所もある(イニクイティ)。コーンのみを使用するブランド(レイモンドB)、ライのみのブランド(アーチー・ローズ)、アメリカ流のマッシュビルを使用するブランド(タイガー・スネーク)もバリエーションを広げてくれる。
 

酵母について

 

酵母のバリエーションは豊富だ。ワイン酵母、エール酵母、ピルスナー酵母、そして発酵を促進するウイスキー酵母も併用される。外部のビール醸造所からウォッシュを入手している蒸溜所も6社ある。そんなことで手づくりを名乗る資格があるのかと議論したがるウイスキーマニアもいるだろう。だがここは文字通り「蒸溜所」であって、製麦所、醸造所、樽工房を意味しない。樽を自前で製作する蒸溜所は少数だし、イギリスでつくられるウイスキーの原料も中東に起源がある大麦や酵母を使用している。スチルの原料である銅だってチリやメキシコやインドネシアが起源だし、オークはアメリカとヨーロッパのものではないか。ウイスキーづくりにおいて、純粋主義にはおのずから限界がある。
 

蒸溜設備について

 

3分の2以上の蒸溜器が、オーストラリア国内のエンジニアリング企業や溶接工場などで製造されている。それ以外はイングランド、ドイツ、チェコ、スペイン、イタリア、ポルトガル、中国からの輸入品だ。ここにスコットランドとアメリカが含まれていないのは意外である。

スチルの形状やデザインはさまざまだ。イベリアンアランビック、シャラントやグラッパを蒸留するスチル、オーストラリアンブランデーのスチル、ダブラー、ポットレクティファイングコラム、それに伝統的なスコットランド風の形状をしたスチルである。

スミスで使用されている古いブランデースチルを除けば、各蒸溜所のスチルには2つの共通点がある。それは小容量であることと、ずんぐりした形状であることだ。スコットランドの蒸溜所に比べて蒸溜のスピードは緩慢で、カットはタイトであることが多いため、アルコール収率は3分の1ほど少ない。3社を除いて、ウォッシュスチルの容量は1,800L以下である。体積は小さくネックは短めで、ラインアームはほとんどが下向き。コンデンサーはシェル&チューブ型で、フレーバーに影響を与える屈曲点が多い。このような特徴から、外国人はよくオーストラリアの蒸溜液をオイリーで豊満な味と評している。

大半の蒸溜所はウォッシュスチルとスピリッツスチルの組み合わせだが、3回蒸溜を採用したり(シーン・エステート)、1基のスチルでまかなったり(ティンブーン)、ダブラーを使用したり(フーチェリー)する蒸溜所もある。フーチェリーは自前のコーンウイスキーをキンバリー産のマホガニー炭で精溜している唯一の蒸溜所でもある。ニューサウスウェールズ州では、シャルドネのワイン樽でパハレテウイスキーも生産されている(イーストビュー・エステート)。
 

熟成について

 

あまり知られていない事実がある。オーストラリアのウイスキーには、熟成に使用する樽のサイズに関する規定がない。そもそもオークである必要もない。関連法が制定されたとき、オーストラリアの蒸溜所はさまざまな国産の硬材を使用していた。輸入の樽材はアメリカンオークと、かつてリトアニアのクライペダ港から出荷された「メーメル」と呼ばれるヨーロピアンオーク。樽職人たちはオーク樽の一部に地元産の硬材を組み込む実験も始めている。

タスマニアの蒸溜所は、より小さい樽(100L)を好んで使用する傾向にある。本土の蒸溜所は、オーストラリア産ワインに使用されるホグズヘッド(300L)を好む。小さな古樽は、ウイスキーに多大なフレーバーを授ける。特にトーニー(オーストラリアにおけるポートワイン)やアペラ(同じくシェリー)を何十年も熟成していた樽の影響力は顕著だ。このような秘密の樽は、徐々に数を減らしている。

活気のあるオーストラリアのワイン業界からは、バロッサのシラーズ(スターワード)、トーニー(サリヴァンズ・コーヴ)、アペラ(オーフレイム)、マスカット(ベーカリー・ヒル)、ピノノワール(ヘリヤーズ・ロード)などのワイン樽が供給される。気温が高く乾燥した地域でワイン貯蔵に使われたばかりのホグズヘッドは、リッチかつフルーティで刺激的なフレーバーを地元産のモルトスピリッツに注ぎ込むのだ。

気候も重大な条件である。オーストラリア大陸本土では、夏の気温が40度を超えて湿度も低い。そのためオーストラリアの連邦政府は、ウイスキーの最低熟成期間を、2年という短期間に定めた世界で初めての国である。高温の環境がウイスキーの熟成を加速するのは、ウイスキーづくりの経験者なら先刻承知のことだった。
 

職人について

 

原料も工程も多彩なオーストラリアンウイスキー。シドニーで蒸溜所とバーを経営する「アーチー・ローズ」は、ライ麦を原料としたウイスキーを少量生産している。

他国のマイクロディスティラリーとも共通するが、オーストラリアでウイスキーづくりに乗り出す人々の多くは実経験に乏しい。つまりは試行錯誤の繰り返しである。過去に例のない実験や、風変わりともいえるアプローチもたくさんおこなわれてきた。偶然に生まれたものであれ、意図した結果であれ、この伝統の少なさが実験的で多彩なスタイルやフレーバーを生み出しているのは間違いない。

地元の原料、それぞれの手法、周囲の環境などが積み重なって、繊細な影響をウイスキーに授ける。オーストラリアのウイスキーは、この広い国土で生まれたがゆえに、それぞれが際立った個性を持っているのだ。

幸運にもオーストラリアンウイスキーに出会う機会があったなら、ひとつひとつがユニークな存在であることを心に留めておこう。それぞれが他のブランドとはまったく異なり、同じウイスキーはふたつとない。若々しいもの、力強いもの、優雅なもの、斬新なもの。オーストリアの国土のように雄大な個性のバラエティを楽しんでいただけたら幸いだ。

 

 

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