ウイスキーの一大消費地域でありながら、生産地としてはまだ駆け出しのイングランド。「イングリッシュウイスキー」の業界はどのように編成されていくのか。識者に現在地を尋ねた2回シリーズ。

文:ベッキー・パスキン

 

2020年4月23日。聖ジョージの日は、イングランドでは珍しいほど暖かい春の陽気に包まれていた。この日、16社の新興ウイスキーメーカーが、歴史的なオンライン会議にログインしていた。参加者がみな緊張と期待を胸に画面を見つめていたのは無理もない。なぜならこれはイングリッシュウイスキー生産者が共同で公式な自治組織を設立し、イングリッシュウイスキーというカテゴリーに法的拘束力のある定義を設けるための第1回会合だったからだ。

ヨークシャーのクーパーキング蒸留所は、伝統的なウイスキー用の大麦品種をあえて使わない。長めの発酵時間も、タスマニア製のポットスチルも、すべてが斬新で挑戦的だ。

つい6年前まで、イングランドでウイスキーを定期的に生産する蒸溜所は1軒のみだった。その1軒にあたるイングリッシュウイスキーカンパニーのアンドリュー・ネルストロップ(オーナー)は語る。

「もう長い間、イングリッシュウイスキーという言葉が出れば、それは私がつくったウイスキーのことでした」

イングリッシュウイスキーカンパニーが、ノーフォークのセントジョージズ蒸溜所で蒸溜を開始したのは2006年のことだ。アンドリュー・ネルストロップが当時を振り返る。

「かつてはイングランドでウイスキー専用の蒸溜所を経営する唯一のウイスキーメーカーでした。あれから15年が経って、イングランドでは新しい蒸溜所も何軒か加わりました。1社のブランド名だったイングリッシュウイスキーという概念も、国ぐるみの業界を指す言葉に変わったのです」

2014年までに、3軒の新しい蒸溜所がウイスキーづくりに参入した。バタシーのロンドンディスティラリーカンパニー、カンブリアのレイクス蒸溜所、シップストン・オン・ストゥールのコッツウォルズだ。その後、イングランド北東部のダラムから南部のワイト島まで、イングランド中でさらにたくさんの新興メーカーが設立された。

現在では約25軒の蒸溜所がウイスキーをつくっており、そのスタイルやアプローチはそれぞれがユニークだ。みな周囲の環境にあわせた設備やプロセスを採用し、情熱的な創業者や生産責任者のビジョンも反映されている。
 

多様なスタイルを、共通の情熱が貫く

 
レイクス蒸溜所では、ウイスキーメーカーのダヴァル・ガンディーがハイネケンやマッカランでの経験を駆使して独自のウイスキーづくりを発展させている。それはシェリー樽熟成を基本としながら、さまざまなタイプの樽を使用した重層的なフレーバーのシングルモルトだ。

スピリットオブヨークシャー蒸溜所では、農業の実践や農学のバックグラウンドを持つチームが、地元産の大麦にこだわって「畑からボトルまで」のエコでサスティナブルなウイスキーをつくっている。

シュロップシャーのオスウェストリーにあるヘンストン蒸溜所では、2020年初頭から「オールドドッグ・コーンリカー」を発売した。これは熟成期間8カ月の「バーボンスタイル」でつくられたスピリッツで、コーン、小麦、大麦を原料としている。使用する蒸溜器はポットスチルとコラムスチルのハイブリッド型だ。

2006年創業のノーフォークのセントジョージズ蒸溜所は、しばらくイングランド唯一のウイスキー蒸溜所だった。たった1社が標榜していた「イングリッシュウイスキー」という産地カテゴリーは、いま大きく世界に羽ばたこうとしている。

一方、イーストロンドンリカーカンパニーは独自のライウイスキーを2018年以来つくり続け、実験的なアプローチの成果である限定エディショを発売している。この中には、カリフォルニアのソノマディスティリングカンパニーとのコラボレーションから生まれたロンドン産のライ麦を使用したバーボンなども含まれる。

やはりロンドンにあるビンバー蒸溜所は、伝統的なウイスキーづくりに回帰している。スチルを加熱する熱源は、今や珍しい存在となった昔ながらの石炭直火式だ。またノーフォークにあるセントジョージズ蒸溜所は、ノンピートとピーテッドのシングルモルトウイスキーをつくりながら、ライウイスキーまで生産している。

イングリッシュウイスキーを定義するような単一のスタイルもないし、ウイスキーづくりの方向性がまちまちであるのは明白だ。それでもすべてのメーカーに共通しているのは、スピリッツづくりにかける強い情熱だ。レイクス蒸溜所のダヴァル・ガンディーは語る。

「イングリッシュウイスキーの特徴は、その多様性にあります。さまざまな伝統から影響を受け、さまざまな思考プロセスを経てつくられるバラエティ豊かなウイスキーなのです。イングリッシュウイスキーは、良質なウイスキーはどんな地域からでも生み出せるということを世界中の人々に教えてくれます。他者との差別化をするために独自の手法を採用しているのではありません。みずからが信じる最高のウイスキーをつくろうとすれば、そこから自然に違いが生まれてくるものなのです」

アビー・ニールソンは、ヨークシャーにあるクーパーキング蒸留所の共同創設者兼社長だ。彼もイングリッシュウイスキーの定義について意見がある。

「イングリッシュウイスキーが、このようなウイスキーでなければならないという定義はありません。その代わりに、『こんなウイスキーもできるのだ』という可能性を提示するような存在ではないかと思っています。私たちにとってのイングリッシュウイスキーは、スコットランドで確立された伝統をうまくなぞりながらも、ニューワールドウイスキーをヒントにしていける立場にあります」

スコッチよりも、革新的な自由度を大きく広げられる存在。それがイングリッシュウイスキーのアドバンテージであるとアビー・ニールソンは語る。

「クーパーキング蒸留所では、地元産の大麦品種を使っていますが、これは伝統的なウイスキー用の品種ではありません。発酵時間は長く、銅製のポットスチルはタスマニア製。容量100Lの小樽はバラエティ豊かで、スモークしたバーボン樽、赤ワイン樽、アルマニャック樽、オーク新樽などを駆使して熟成します」
(つづく)