ファイフのクラフトウイスキー(1) ダフトミル蒸溜所
文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン
ダフトミル蒸溜所の訪問はハードルが高い。ここはフランシス・カスバートとイアン・カスバートの兄弟が運営する農場。忙しい日々の仕事があり、2人とも実際の業務で手一杯だ。だから一般公開もされていない。
だが昨年11月上旬、ある日曜日の朝に幸運が訪れた。蒸溜所の全業務を担当するフランシス・カスバートが、寛大にもウイスキーマガジン・ジャパンの訪問を受け入れてくれたのだ。おまけに土地勘のある友人を運転手として派遣してるという親切ぶり。GPSを見ながら蒸溜所を目指すと、永遠にたどり着けない人も多いのだという。なぜか同じ道の先にある老人ホームにナビゲートされてしまうらしい。
ダフトミル蒸溜所は、ウイスキー界で有名になろうという野心がまるでない。フランシス本人も同様である。だから訪問中も写真を撮るのに往生した。自分の名前と顔が知られることに興味がないのだ。露出を嫌がっているせいで(いや、だからこそ)、ダフトミルはここ数年で世界中のカルト的なファンの注目を浴びてきた。フランシスは言う。
「広報活動なんか一度もやったことはありません。でも、それがかえって宣伝になるんですね。ウイスキーファンに、たくさんのセールストークや説明は不要なんでしょう」
手渡された名刺には、シンプルに「フランシス・カスバート、農家&蒸溜家」とだけ書かれている。何の飾りもないが、現実も肩書通りだ。ブランディングやマーケティングが叫ばれる昨今において、ここまでの潔さは清々しい。ウイスキーの品質だけを重視するダフトミルの態度が、ますますウイスキーファンを惹きつけているのだろう。
小さな事務所では、古いウイスキーマガジンがマウスパッド代わりに使われている。そこに立つフランシスは、紛れもなくウイスキーファンが転じてウイスキーをつくり始めた人物だ。
「蒸溜所を建てようという考えが浮かんだのは、もうだいぶ前の話です。2002年に、ある引退した蒸溜所長の紹介で、キニンヴィ蒸溜所の設立に関わった人と知り合いました。ここで蒸溜所が建設できるのだろうかと検証し、2003年6月に建設許可願いを地元の役場に提出したんです」
ダフトミル農場は、クーパーの町へと続く国道A91号線から南に入った場所にある。周囲は古くからの畑ばかりで、農場はフランシス家が6代にわたって所有する「ピットレア・エステート」の一部だ。
農場の建物は19世紀初頭のものだが、1600年代から受け継がれている一角もあるという。そのためここで蒸溜所を建設するには、ヒストリック・スコットランドの許可も必要だった。建築作業が完了したのは2003年の末のこと。実際の生産は2005年12月から始まった。
ダフトミルの設計に関わったエンジニアは、キニンヴィとキルホーマンを設計した人物でもある。というよりも、この3つの蒸溜所は同時に建設計画が進められていた。フォーサイス社製のマッシュタンとポットスチルを除いて、すべての材料と労働力は地元ファイフで調達したのだとフランシスは語る。
ダフトミル蒸溜所の運営スタイルは、18~19世紀に隆盛した農場付きの蒸溜所と同様である。すなわち農場の閑散期にあたる真夏と真冬に蒸溜をおこなっている。蒸溜所で使用する大麦は、すべてこの農場で栽培されたものだ。
大麦は自前で蒸溜する分よりも多いので、他の蒸溜所にも卸している。ダフトミルの大麦を買ってくれる最大の顧客は、エドリントン・グループだ。フランシスが生産する大麦は、その優れた品質で受賞したこともある。「でもいちばん上質な大麦は自分用に隠してあるから、申し訳なくて他人に見せたこともないんですよね」といたずらっぽく笑った。
シーズンごとに100トンの大麦が、ダフトミル専用に確保される。これは製麦業者に持ち込める最低単位でもある。アロアにあるクリスプ・モルティングズは、スコットランドでも最小クラスの製麦業者だ。それでも小規模のクラフト蒸溜所から見れば大企業である。ダフトミル農場で栽培した大麦のモルトは、他の大麦原料と分けて処理される。だからフランシスとイアンの兄弟は、間違いなく自分たちが栽培した大麦のモルトを戻してもらえるのだ。製麦が済んだモルトは、80トンにまで重量を減らして蒸溜所に帰ってくる。
昔ながらの農場兼蒸溜所
今回訪問したのは、農作業が一段落して冬の蒸溜シーズンが始まる直前だった。11月下旬から2月上旬までが、蒸溜シーズンに相当する。2月も中旬になると、3月と4月におこなわれる作付けや種まきの準備が始まる。一方、夏の蒸溜シーズンは6月中旬から8月上旬まで。8月中旬からは収穫が始まり、1ヶ月から1ヶ月半くらい収穫の作業が続く。10月になるとジャガイモの収穫があり、それが終わると次の冬季蒸溜シーズンとなる。
9月に収穫された大麦は農場で保管され、4月か6月に100トン単位で製麦業者へと運ばれる。ここ5〜6年は主にコンチェルト種を栽培してきたが、今年からはローリエート種も製麦した。だが現在蒸溜所で使用しているのは、昨年のコンチェルト種である。
「シーズンごとに異なることもありますが、ほんのわずかな違いだけ。樽の性質にも微妙な違いがあるので、厳密にどこがどう違うのかは定義できません。昨年の収率は低めだったけれど、品質が低かった訳でもない。いつでも最良の品質を目指して調整していますから」
粉砕機はアランラドック社製の4ロール式だ。ただしこの設備が蒸溜所に導入されたのは2018年秋と最近のことだ。それまで蒸溜所内には粉砕機がなく、モルト原料のグリストは車輪付きの大型容器で運ばれ、漏斗型の装置でマッシュタンに送られていた。粉砕機が導入され、フランシスも随分と楽になったようだ。バッチごとに1トンの大麦モルトが処理される。グリストの比率を見ると、毎回少しずつ異なっていることに気づいた。
「粉砕機は1年生なので、まだまだ調整しながら使っているんですよ」
蒸溜シーズンの間、週に3回の糖化が組まれている。通常は月、水、金だが、これも他の工程に変化があったときは変更される。ステンレス製のマッシュタンはセミラウター式で、銅製の蓋が付いている。お湯の投入は一般的な3回方式だ。1回目が64.5°Cで4,000L、2回目が77°Cで2,000L、3回目が88°Cで次回バッチの1回目になる。仕込みや冷却に使用する水は、すべてダフトミルが保有する「ダフトバーン」という小川から引いてくる。蒸溜所から丘を登った場所にある小川が、ブランド名の由来にもなった。ちなみにダフトとは英語で「馬鹿」を意味する。
フランシスは、糖化工程からできる麦汁を可能なかぎり透明にしたいと考えているようだ。水を循環させ、マッシュタン内にある穀物の層で濾過するのである。
「ほとんどラガービールみたいに透明になりますよ。水の循環に時間をかけるので、糖化はだいたい8〜10時間くらいかかりますね。出し殻は農場で牛の餌にします」
発酵工程では、2槽ある7,500Lのステンレス製発酵槽と麦汁投入機が使用される。バッチごとに5kgの酵母が加えられる。ドライタイプのウイスキー酵母だ。
「保管に便利なので、このタイプを使用しています。求めている軽やかでフルーティーな風味が得られる酵母です」
麦汁がすっきりと透明なので、発酵も爆弾のごとく急速に進行する。そのため発酵槽から溢れ出るのを防ぐ切り替え装置が付いている。発酵時間は72〜100時間。発酵工程の後半で乳酸発酵がおこなわれている間は、エステルの生成が盛んになって麦汁に酸味が加わる。これもまたフランシスの意図するところだ。発酵槽では1槽あたり約5,200Lのもろみができる。これを半分量に分けて初溜が始まる。
希少なウイスキーだが高級化は拒絶
積み藁小屋を改装した蒸溜棟には、2基のポットスチルがある。ウォッシュスチル(初溜釜)は3,000Lで、スピリットスチル(再溜釜)は2,000Lという容量だ。どちらも釜の形状は薄型で、短いラインアームは少しだけ上を向いている。
スチルを満タンにしないのは、銅との接触をできるだけ増やすためだという。発酵槽にあるもろみの半分量(2,600Lでアルコール度数は約7.5%)をウォッシュスチルに入れ、800〜900Lのローワイン(アルコール度数は22〜23%)を得る。このローワインと前回の蒸溜で残ったフェインツ(約800〜900L)を合わせてスピリットスチルに投入する。初溜で残存したポットエールは畑の肥料になる。
再溜のフォアショッツは7分。その後、ミドルカットをアルコール度数78〜73%で収めたら、アルコール度数0.2%までをフェインツとする。出来上がるスピリッツの量は約260Lだ。特筆すべきは、極端に狭いミドルカットの範囲であろう。こんなに高い度数でカットを止める蒸溜所はほとんど聞いたことがない。だが目標とするフレーバー構成を実現するには、このエリアこそがスピリッツにおける最上の部分であるとフランシスは感じている。
さらにフランシスは、蒸溜速度を遅くしながらカットの幅を狭めることで、スチルの形状よりも多くの影響をスピリッツに与えられると信じている。蒸溜棟の中では本当に難しい仕事がないという見解も面白い。
「スチルの形状は、ただ自分が好きな形を選んだだけなんですよ。蒸溜なんて簡単だから、猿でも訓練すれば覚えられるでしょう。ウイスキーづくりで本当に難しいのは糖化です」
樽詰めの場所に送られる前に、スピリッツは加水してアルコール度数63.5%にまで希釈する。加水は蒸溜棟にある木製のスピリッツ容器でおこなわれており、木製の長いパドルでかき混ぜている。このようにアナログで古めかしいアプローチは、樽詰めの部屋でも見ることができる。樽を昔ながらの台量りにかけて、計測した重量とアルコール度数を台帳に書き込んでいるのだ。
ダフトミルで初めてスピリッツが樽入れされたのは、2005年12月16日のこと。フランシスの母であるカスバート夫人が第1号の樽に栓をした。平均すると、1年に約100本の樽入れがおこなわれる。これは本当に少ない数だ。大半(85〜90%)は、ファーストフィルのバーボンバレルで、主にヘブンヒルから調達したもの。残りの樽はシェリーバットである。どちらの樽も、仕入元はスペイサイド・クーパレッジ。最高の品質が保てるからだとフランシスは言う。
蒸溜所の敷地内には、貯蔵庫が3棟ある。第1貯蔵庫は土床のダンネージ式。第2貯蔵庫はコンクリート床のダンネージ式。第3貯蔵庫はラック式だ。
「つまりこの蒸溜所では、スコットランドにおける樽熟成の歴史がミニチュアサイズで見学できるという訳です」
年間の生産量があまりに少ないので、蒸溜所内にボトリングの設備はない。近所のアデルフィ社にボトリングを委託し、販売と流通をベリー・ブラザーズ&ラッドが担っている。フランシスは地元のウイスキーフェスティバルに顔を出したこともあるそうだが、そのようなイベントで出会える確率は極めて低い。彼の居場所は農場と蒸溜所。ここで日々の仕事をこなすことが幸せなのだ。特に好きなのは蒸溜所だという。なぜなら最初から最後まで、ただ1人で蒸溜の仕事に携わっていられるから。
「延々と掃除をしているような退屈な仕事ですけどね。ウイスキーづくりを1ヶ月も続ければ、畑仕事が恋しくなってきます」
現代のウイスキーづくりは巨大産業である。種まきから始まり、何年にも及ぶ熟成を経て出荷するまでの工程をたった1人で手掛けている例は奇跡に近い。自分の農場と蒸溜所で働くフランシスに会い、実践している人生について話を聞くのは感動的な体験だ。変わり者だし、ウイスキーの量もほんのわずか。でも自分のウイスキーが高級品のように扱われることは望んでいない。この生産量では避けられないことでもあるが、ウイスキーコレクターに買い溜めされたり、オークションで転売されたりすることに憤慨している。
「ウイスキーの値段がお店で100ポンドなら、そのうち75ポンドは経費や諸税。僕が生産者として受け取るのは25ポンド。僕がつくるウイスキーだから、それで十分なのです」
利益を追求する人の目には、完全な狂気と映るだろう。だがフランシスにとっては当たり前のことだ。目的はあくまでウイスキーであり、それを手づくりする喜びが重要なのだから。
(つづく)
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