樽入れ時のアルコール度数【後半/全2回】
文:イアン・ウィズニウスキ
樽材からフレーバー要素が引き出されるためには、そのフレーバー要素が液体内に溶け出す性質でなければならない。すべてのフレーバー要素は、アルコールにも水にもある程度は溶け出す。だがなかにはアルコールに溶け出しやすいフレーバー要素もあれば、水に溶け出しやすいフレーバー要素もある。
最も一般的なウイスキーのフレーバーのひとつはバニラ香だ。テストで明らかになったのは、バニラ香のフレーバー要素であるバニリンが、アルコールに溶け出しやすい性質であるということである。ブルックラディのヘッドディスティラーを務めるアダム・ハネットが次のように語っている。
「樽入れ時の度数を変えると、結果的にフレーバーのプロフィールが変わってきます。これはスピリッツと樽材の相互作用にそれぞれ違いが生じるからです。樽入れ時の度数を上げると、樽材からより幅広いフレーバーを引き出せるようになります。それに度数が40%を下回るまで時間がかかるので、潜在的により長い熟成期間を確保することもできます。オクトモアの場合、高いピートレベルと高い樽入れ度数がうまく相互に作用しています。度数63.5%で樽入れしても、度数の強烈さがそのまま最終的なモルトウイスキーで表現されるわけではありません。樽入れ時の度数が高いので、より多くのバニリンが引き出され、これがスモーキーなフェノール香をとてもよく補完してくれるからです」
しかしこのような法則が、そのままノージングやテイスティングで近くできるようなウイスキーの違いにつながるというわけでもない。ウィリアム・グラント&サンズのマスターブレンダー、ブライアン・キンズマンが説明する。
「高い度数で樽入れされると、それだけ引き出されるバニリンの量は上がります。でもボトリング時に加水して薄めると、官能評価では違いが知覚できない程度に弱まってきます。これは実際の含有量をppm値で比較しても同じことがいえます」
さらにブライアン・キンズマンは、樽内から揮発する「天使の分け前」に水とアルコールの両方が含まれていることも指摘する。そのため樽内でのアルコール度数は絶えず変化しているのだ。
「揮発によって1年あたり2%の液体が失われますが、これはウィリアム・グラント&サンズの樽入れ度数でいえば年間0.5%ずつアルコール度数が下がっていくことになります。この2%という揮発率は最長12年間にわたって維持されますが、その後の10〜15年は約1%にまで下がります。さらにその後は樽によって異なりますが、揮発率が下がっても常に幾分かの液体が揮発し続けることに変わりはありません」
風味に影響を与える複雑なメカニズムのひとつ
樽入れ時の度数が高いと熟成に長い時間がかかり、逆に樽入れ時の度数が低いと熟成のスピードが上がるといった話はよく耳にする。その説明として、ひとつには度数が挙がるほどスピリッツと樽材の相互作用が緩慢になるといった理由が挙げられる。逆にいえば、度数が低いほど熟成は速く進むという考え方だ。だがこの影響を受けるフレーバー要素は限られている。
例えば研究によると、エステルの生成は樽入れ時の度数が変わっても一定である。そのため風味にバリエーションを加えるため、樽入れ時の度数をどれくらい変えたらいいのかという質問には、人によってさまざまに異なった回答が返ってくる。樽入れ時の度数が2%も変われば、熟成後の特性に影響があるという人もいる。その一方で、樽入れ時の度数を5%変えたぐらいでは、無視できるほどの違いが最終製品のウイスキーは現れないという人もいる。
これまでの研究によると、どちらの言い分もそれなりに正しい。メーカーが強調したい熟成効果の内容によって、判断の基準が異なってくるからだ。
モルトウイスキーのスタイルによって、樽入れ時の度数による影響の現れ方も違ってくる。なかでも興味深いのは、極めて特徴的なフレーバー構成を持つピーテッドモルトへの効果だろう。グレンモーレンジィのウイスキー原酒熟成管理部長を務めるブレンダン・マキャロンが語る。
「アードベッグを63.5%以上の度数で樽入れすることがあります。こうすることで、よりスモーク香が高まるのです。逆に63.5%以下の度数で樽入れすると、ウイスキーはよりフルーティな風味が強くなります。何かを変えれば、その結果も変わってきます。それがどのように違うのかという定性的な評価が重要になってきます」
樽入れ時のアルコール度数に関して、ひとつの結論を引き出すのは難しい。実験を進めるほど、そのメカニズムの複雑がわかってくるからだ。同じ種類のオーク材を使用した同型の樽だからといって、まったく同じ効果を示すわけではない。だから最終的なモルトウイスキーの違いは、樽入れ時の度数よりも樽ごとの特性の違いによるものが多いと言えるのだ。
同様に、隣り合った2棟の貯蔵庫にもマイクロクライメイト(微気候)の違いがあり、樽熟成の効果に影響を与える。季節ごとの熟成環境や、現地の気象状況などといった熟成環境の総体もまた最終製品に大きな影響をもたらしている。
それでも研究は引き続きおこなわれ、今後もさらなる事実が明らかになってくることだろう。おそらく2017年から操業しているトラベイグ蒸溜所も、何らかの答えを出してくれるはずだ。トラベイグ蒸溜所では、58%、61.5%、63.4%などと樽入れ時の度数を変えてニューメイクスピリッツを貯蔵している。
トラベイグ蒸溜所でウイスキーメーカーを務めるニール・マシーソンによると、度数の違いは樽ごとにラベルで管理されている。他の条件は同一にすることで、各々の熟成原酒を直接比較できるようになるのだ。
「それぞれの樽入れ度数が、特有のフレーバープロフィールをはっきりと表現しています。でも今は実験のデータが揃うのを待っているところ。すべて結果が出てから、各々の違いについて結論を出したいと思っています」
その日が来るまでは、焦らずじっくり待つとしよう。ウイスキーの世界では、事を急いでも意味がないのだから。