ケンタッキーの躍進(3)コッパー&キングス【前半/全2回】
日本在住のウイスキージャーナリスト、ステファン・ヴァン・エイケンがケンタッキーを訪ねるシリーズ。最後の目的地は、バーボンでもウイスキーでもなく、ユニークなブランデーとアブサンを生産する「コッパー&キングス」だ。
文:ステファン・ヴァン・エイケン
ルイビルでも特に豊かな歴史を感じさせるブッチャータウン地区。コッパー&キングスは、訪ねた瞬間から経営者の情熱が伝わってくる蒸溜所だ。創設者は、ジョー・ヘロンとレスリー・ヘロン。同社を立ち上げる以前、彼らはすでに2つの飲料ビジネスを経験している。ひとつは2006年にペプシに売却された「ニュートリソーダ」で、もうひとつは2012年にミラークアーズに売却された「クリスピン・ハード・サイダー・カンパニー」だ。
2014年に設立されたコッパー&キングスは、2人にとって引退後のささやかなビジネスという位置づけのようである。依然としてビジネスであることに違いはないが、利益を上げることよりも、クリエイティブに働いて良質な製品をつくり、自分たちが満足することを優先している。ロックバンドのような蒸溜所の名称も、そんな精神がにじみ出たものだ。蒸留所と音楽との関わりもかなり深いのだが、それは追い追い紹介することにしよう。ケンタッキーはワインの名産地ではない。小規模なワイナリーはいくつか存在するものの、こんな場所にブランデーの蒸溜所を設立するのはいささか突飛な考えに思われる。だがここで熟成されているブランデーについて知るにつれ、ケンタッキーがブランデー生産に適した場所であることがはっきりとわかってきた。
コッパー&キングスでつくられるブランデーは、ミュスカダレキサンドリー、コロンバール、シュナンブランという3種類のブドウを原料としている。ワインはカリフォルニアで造られ、タンカーでこの蒸溜所まで運ばれてくる。蒸溜所は防腐剤を使用しない主義なので、この工程は可能な限り迅速におこなわなければならない。ワインは到着と同時にポットスチルへと注がれる。
コッパー&キングスでは、アップルブランデーもつくっている。原料のリンゴはミシガン産だ。米国にはこれといったブランデー用の品種がないため、シャープやセミシャープに分類される酸味の強い品種が用いられる。7〜13品種のリンゴをブレンドし、独自のブランデー用リンゴに調合するのだ。圧搾した新鮮な生のアップルジュースをゆっくりと1カ月かけて低温発酵し、ポットスチルで蒸溜する。
小規模だが洗練された生産体制
蒸溜所には3基のポットスチルがある。どれもここから5分ほどの場所にあるヴェンドーム・コッパー&ブラスワークス社が製造したものだ。スチルの大きさはまちまちで、ボブ・ディランの曲に登場する女性の名前から愛称が付けられている。サラ(200L)、マグダレーナ(2,800L)、アイシス(3,800L)といった具合だ。すべてのスチルはスチーム加熱式で、2回蒸溜を採用している。サラのポット上部には「ヘルメット」が取り付けられており、これを取り外してジンバスケットに接続し、ジンとアブサンをつくることもできる。ヘッドディスティラーのブランドン・オダニエルが、それぞれのスチルの役割をを説明してくれた。
「サラは小規模な単発プロジェクト用。マグダレーナはそのままボトリングされる繊細なスピリッツ用。アイシスは樽熟成されるスピリッツ用です。すべてのスチルには水平式のコンデンサーが付いています。これによってスムーズに蒸気がスピリッツへと推移し、豊かなフレーバーが最大限取り込めるようになります。会社のコンピューターは、在庫管理に使っている1台だけ。カットは数値ではなく味覚で決められ、そのお酒がすぐにボトリングされるのか、樽熟成されるのかによってカットポイントも異なってきます。他にもさまざまな要件があるので、人間の官能評価と細かいモニタリングは欠かせません。蒸溜は複雑な工程なので、普通の人なら思いもよらないことも気にしています。例えば満月の日に蒸溜したスピリッツには、その後のプロセスでも特異な影響が見られたりしますから」
熟成が必要なコッパー&キングスの製品には、使用済みのバーボンバレルを使用する。なるほど、ここでケンタッキーという地の利が活かされるわけだ。
「ブランデーの90%はフレッシュなファーストフィルのバーボンバレルです。文字通り、本当にフレッシュですよ。州内にあるいくつかのバーボンメーカーと仲良くさせてもらっていて、午前中にバーボン蒸溜所で樽空けされたバレルが、すぐコッパー&キングスまで運ばれて午後にはブランデーが樽詰めされます。ここの樽は、それだけフレッシュなんです」
ブランデー熟成に関しては、米国内でもさほど多くのルールや制限は存在しない。そのため、他の種類の木材でも熟成を試してみることができる。
「グレープブランデーの残り10%は、大半がアメリカンオークの新樽で熟成され、一部でワイン樽、ポート樽、シェリー樽、テキーラ樽なども使用します。アップルブランデーの10%は、ほぼシェリー樽です。シェリー樽が、アップルブランデーにバタースコッチの風味を授けてくれることに気づいたんです」
またコッパー&キングスは、スリーフロイズ (インディアナ)、アゲインスト・ザ・グレイン(ケンタッキー)、シエラネバダ(カリフォルニア)、オスカーブルー(ノースカロライナ)などのクラフトビール醸造所と協働も始めている。
「私たちの樽をビール醸造所に送って、ビールのバレルエイジングに利用してもらいます。それが終わって送り返されてきた樽に、ブランデーを詰めるのです。これがまた、夢にも見なかったような素晴らしいフレーバーを授けてくれるんですよ。例えばここでブランデー熟成に使用したシェリー樽をシエラネバダに送ったら、彼らはその樽でチョコレートスタウトを熟成しました。同じ樽で再びブランデーを熟成すると、魔法のように素晴らしいフレーバーが生まれたのです」このようなクラフトビール醸造所経由の樽で最低12カ月熟成したブランデーのいくつかは、すでに 「クラフトワーク」シリーズとして発売されている。一方で、他の米国内の蒸溜所がたくさん採用しているのに、コッパー&キングスが手を出していないのが小樽での熟成だ。
「私たちは長期戦略なんです。次のブームはブランデーだと確信しているので、時間や手間を惜しんでまで慌てて製品を送り出すことに興味はありません。コッパー&キングスは、もっと大きな野望に向かっていますから」
(つづく)