恒例のケンタッキー・バーボン・フェスティバルを直前に控えたケンタッキー州。バーボン業界の近況を振り返る3回シリーズ。

文：マギー・キンバール

ケンタッキーバーボンの歴史は、それなりに長い。それでもワインやビールなど他の飲料の伝統に比べたら、比較的新しいともいえる。新大陸で生まれた独自の文化だからだ。

アランビック式の蒸溜器は、1〜3世紀にユダヤ人が発明したと考えられている。ウイスキーづくりに使われるようになったのは、発明から約1000年後だ。コロンブス以後にヨーロッパから北米に渡ってきた入植者たちは、農業に必要な標準的な設備のひとつとして蒸溜器を携えてきた。

ジョージタウンに建設される超モダンなブルーランスピリッツの蒸溜所（メイン写真も）。業界のベテランを招聘し、最新の設備で次世代のバーボンづくりをスタートする。

入植者が開拓のために西を目指し、北米大陸のさらに奥深くへと進むにつれて、ウイスキーづくりはさらに重要性を増していった。合衆国が建国された1700年代後半、ケンタッキーはまだ西部開拓時代だった。北部の植民地で栽培されていたライ麦は、ケンタッキーの湿潤な気候でうまく育たない。だがコーンだけは例外的によく収穫できた。

ワイルドターキーのジミー・ラッセルが、よく口にする言葉がある。それは「当時のケンタッキーでコーンの代わりに米が栽培されていたら、バーボンは米からつくられていただろう」ということだ。バーボンの歴史は、コーン栽培の歴史そのもの。毎年9月のケンタッキー・バーボン・フェスティバルが、トウモロコシ色に包まれるのもそのためだ。

約10年前のケンタッキー州には、8軒の蒸溜所があった。大半は大規模なメーカーだが、中には後に「クラフト」と呼ばれる小規模な蒸溜所もいくつか入っている。当時のバーボン業界は、長い停滞期を終えつつある時代だった。アメリカ人のバーボン熱が冷めて生産過剰になり、いくつかの蒸溜所が廃業に追い込まれたのが1970年代頃。それ以来、40年ほど大きな市場の変化はなかった。

しかし10年ほど前から、徐々に消費者のバーボン熱が再燃する。今に続く世界的なバーボンブームが到来したのだ。現在ではケンタッキー州だけでも90軒以上の蒸溜所があり、全米では2,230軒を超える勢いだ。

蒸溜所の建設と改修は、絶え間なく繰り返されている。バッファロートレースでは、蒸溜所から川を隔てた敷地内にリックハウス（貯蔵庫）を建設中。数万本の樽を収容できるリックハウスが、年に1〜2棟のペースで新築されているというから驚きだ。歴史を感じさせる蒸溜所の敷地には、新しい蒸溜棟も今年2月に完成した。この竣工式で、一部のゲストは2020年に建設された5ベッドルームの招待客専用宿泊施設「スタッグ・ロッジ」も初めて目にしている。このロッジはまだ一般公開されていない。
 

ここ10年に訪れた大変化

 
昨年の夏、ヘブンヒルは本拠地のケンタッキー州バーズタウンで新しい蒸溜所の建設に着手した。同族経営のヘブンヒルはいちばん古い蒸溜所を1996年に焼失しており、生産を継続するために1999年にルイビルのバーンハイム蒸溜所を購入した経緯がある。ヘブンヒルのマックス・シャピラ社長は次のように語っている。

「私たちがブランドを創設し、長年にわたって育て上げるのをバーズタウンの人々が助けてくれました。最高品質のアメリカンウイスキーを製造するため、新しい蒸溜所には最先端の設備と生産工程を導入しています。ここバーズタウンで長年ウイスキーをつくり続けてきた歴史を大切にし、これからもバーズタウンおよびケンタッキー州と有意義なパートナーシップを築いていきます」

ボブ・ディランのヘブンズドア蒸溜所も、ついにケンタッキー州で自前の蒸溜所を開業する（詳細は次回）。完成すれば、バーボン業界の隆盛を示す存在になるだろう。

またヘブンヒルがバーズタウンで運営する「エヴァン・ウィリアムズ・バーボン・エクスペリエンス」では、2023年3月に2,000本目の樽が充填されたばかりだ。総支配人には元バートン1792蒸溜所のジョシュ・ホリフィールドが就任している。今年のヘブンヒルは、20年熟成のコーンウイスキーも発売してファンを大いに喜ばせた。

ジョージタウンのブルーランスピリッツも、真新しい蒸溜所を建設中だ。マイク・モンゴメリー（共同設立者兼CEO）は次のように語っている。

「ジョージタウンにある蒸溜所の面積は130エーカーで、トヨタ自動車とカントリーボーイ（ビール醸造所）の向かいにあります。モダンな外観ですが、中身も先進的です。ビジター体験、建築、サービスなどのあらゆる点で、今までにないような体験を提供したいと考えています。ウイスキーづくりは最初からワクワクの連続で、予想をはるかに超えたスピード感でした。お客さまとは友人や家族のように付き合うのが私たちの流儀。一緒に成長して、歴史を築き上げていこうと頑張っています」

ブルーランスピリッツは、ジム・ラトリッジ（リキッドアドバイザー）やシェイリン・ギャモン（ウイスキーディレクター）など業界トップクラスの人材を招聘している。モンゴメリーいわく、ブランドは彼らの卓越した才能から大きな恩恵を受けているようだ。

「一緒に仕事ができるのは、夢のようなこと。ジムとシェイリンはたくさんの共通点があります。どちらも非常に繊細な味覚があり、風味の良し悪しや自分の好みを明確に理解している。何が美味しくて、何が美味しくないかを知っていて、その基準に忠実なんです」

この業界で50年の経験を持つジム・ラトリッジは、ウイスキーの歴史だけでなく自身の成功や失敗からも多くを学んでいる。そしてシェイリンは、信じられないようなブレンドを考え出すマッドサイエンティストのようだとモンゴメリーは説明する。

「この2人と一緒に仕事を続けることで、どこまで遠くへ行けるのか楽しみです。まだ道のりは始まったばかりですから」
（つづく）