わずか10年で蒸溜所の数が10倍以上に増えたケンタッキー州。新旧のプレーヤーが競い合い、開業や設備投資が急速に進んでいる。

文:マギー・キンバール

最近のバーボン業界は、明るいニュースに事欠かない。グリーンリバー蒸溜所は、ウイスキーのポートフォリオを拡大している。ケンタッキー・オウルは新しい蒸溜所を建設中だ。オールドフォレスター蒸溜所は、ルイビルに「スリープイージー」というシンプルな宿泊施設をオープンした。

ケンタッキー・ピアレスのケイレブ・キルバーンは、2023年のアイコンズ・オブ・ウイスキー・アメリカでマスター・ディスティラー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。そして現在進行中の面白いプロジェクトといえば、ヘブンズドアとボブ・ディランのコラボレーションだ。ヘブンズドア・スピリッツのマーク・ブシャラ(CEO)は次のように語っている。

一度は廃業したジェームス・E・ペッパーも起業家による買収で奇跡的な復活した。メイン写真は、ボブ・ディランが関わるヘブンズドア蒸溜所の予想外観図。

「ヘブンズドアにとっても、記念すべき出来事です。私たちがこの場所を選んだのは、その驚くべき自然の美しさとユニークな生態系に魅せられたから。この大自然が、卓越したバーボンの製造と素晴らしいビジター体験を可能にするのです。高品質なウイスキーづくりに全力を尽くし、現在のケンタッキーバーボンを築いてくれた多くの先人たちに敬意を表します。私たちは、ヘブンズドアがこの歴史ある伝統の一部となることを心から喜んでいます」

今年9月、ヘブンズドアはケンタッキー州プレジャービルに敷地面積160エーカーの蒸溜所を開業する。さらにはルイビルにもビジター用施設をオープン予定だ。ヘブンズドアのブランドを紹介しながら、全米最大級の品揃えでアメリカンウイスキーを販売することになる。

ルイビルで開業する蒸溜所は、まだ他にもある。オールドカーターとバザーズルーストだ。オールドカーター蒸溜所は、現在ビジターの見学を受け入れていない。だがオールドカーター・ソーシャルクラブに入会すれば、リリース情報の先行公開や現地イベントへの招待などで優遇を受けられる。一方のバザーズルース蒸溜所は見学も可能だが、入場者数に限りがあるため事前予約が望ましい。

長い歴史を誇るケンタッキー州の老舗蒸溜所も、初めての挑戦を始めている。世界最大級のバーボンメーカーであるジムビームは、初めてのアメリカンシングルモルトウイスキー「クラーモント・スティープ」をリリースしたばかりだ。
 

経験豊富な人々が新事業をスタート

 
ケンタッキー州レキシントンにあるジェームス・E・ペッパー(オールドペッパー蒸溜所)も、昨年までに生産能力を倍増させたばかり。設備投資を完了すると、すべてが工場内で完結した初めてのボトルド・イン・ボンド・ウイスキーを広く発売した。

ジェームス・E・ペッパーは1879年創業の老舗だが、業績不振で1961年に廃業した歴史がある。だが2008年になって、バーテンダーから起業家に転身したアミア・ペイがこのブランドを再発見。ウイスキーづくりの歴史を研究した上で、ブランド名と商標の取得に動いた。

ビジター向けのスペースを改装中のニューリフ蒸溜所。2024年からはハンナ・ローウェン(一番左)が新しいCEOになる。

そしてジェームス・E・ペッパーは、まず2010年に委託蒸溜ブランドとして再出発。そして2014年になると、ジェームズ・E・ペッパー蒸溜所の再建が創業時と同じ場所で始まった。ついに2017年後半から自前のウイスキーづくりを再開し、現在はオールドペッパーのバーボンとライウイスキーが全米39州および6カ国で販売されている。

ケンタッキー州北部では、ニューリフ蒸溜所が300万米ドルを投じて一般ビジター向けのスペースを改装中だ。創業者のケン・ルイスが2024年にCEOを退任すると、現在オペレーション担当バイスプレジデントのハンナ・ローウェンが新しくCEOになる。ローエンは次のように語ってくれた。

「これまでもずっと、ビジターのお客さまにニューリフの魅力を知っていただく努力を続けていきました。ニューリフの製品がさまざまな賞を獲得して人気が高まるにつれ、ツアー、テイスティング、ユニークなイベント、バー『アクイファー』でのドリンクなどをビジターの皆さんが広めてくれるようになりました。おかげでバーはいつも満席なのですが、今回の改装はお客さまがもっと快適に過ごせる空間を創り出すためのもの。ウイスキーの魅力を伝え、対話をしながら味わいを楽しむために生まれ変わります」

バーボン界の著名人たちにも動きがある。ジェーン・ボウイとデニー・ポッターがメーカーズマークを離れ、自分たちの蒸溜所を立ち上げた。またケンタッキー初の女性マスターディスティラー、マリアン・イーブスが自身のバーボンブランド「フォービドゥン」を創設。オールドフォレスターを退社したジャッキー・ザイカンも、いくつかのプロジェクトを始めている。

ブラウン・フォーマンはクリス・モリスが名誉マスターディスティラーになり、ウッドフォードリザーブの新しいマスターディスティラーにエリザベス・マッコールを任命した。マッコールは次のように語っている。

「世界的なマスターディスティラーとして尊敬されるクリス・モリスの後任となり、彼がこれまで築いてきた伝統を引き継ぐ重責に身の引き締まる思いです。クリスの教えを守りながら、世界最高のバーボンがつくれることを楽しみにしています」

またエンジェルス・エンヴィーは、ストラナハンズ蒸溜所(コロラド州)出身のオーウェン・マーティンをルイビル蒸溜所のマスターディスティラーに抜擢した。エンジェルズ・エンヴィーのジジ・ダダン(事業部長)は次のように語っている。

「エンジェルズ・エンヴィーは、伝統を重んじながらも進歩を受け入れることを常に心がけています。新しいマスターディスティラーには、その哲学と革新的な精神を完全に体現できる人物が相応しいと考えて適任を探してきました。製品開発と実験的な試みにおけるオーウェンの経験や、ウイスキー業界の次世代を見据えた先見性、さらにはアメリカンウイスキーの隆盛に寄与してきたリーダーシップは特別なもの。エンジェルズ・エンヴィーを素晴らしい未来へ導いてくれるはずです」
(つづく)