メーカーズマーク ― 「特別」の証【前半/全2回】

August 29, 2014

「赤い封蝋」で独特の存在感を示すメーカーズマーク。変わらないことが大前提であったが、ついに新商品が登場…その背景を歴史から探る。

「目新しいことをしているのなら、すぐ話題にもなるでしょう。しかし我々はずっと同じことをしている『年寄のハリネズミ』ですからね…」

ケンタッキー州の小さな町・ロレットにあるメーカーズマークの蒸溜所でエデュケーション・ディレクター(教育担当)をつとめる話上手のデイヴ・ プドロは、実に効果的に言葉を切った。そして、私の蒸溜所見学のために休日を返上してくれたこの男は、私がその言葉を理解するまで目を輝かせてじっと待っている。
しかし、そうは言っても。
プドロも、社長兼CEOのロブ・ サミュエルズや、マスターディスティラーのグレッグ・デイビス、あるいは引退したとはいえ今も存在感を示すビル・サミュエルズ・ジュニアも…そう、誰も「メーカーズマークはもう十分に知名度があるからニュースにする必要がない」などと考えてはいないのだ。

「知名度が高い?」もちろんそうだろう。だが「話題にならない」ということはない。
事実、メーカーズマークはとびきりよく知られた伝説を残している。同社の一番のセールスポイントは「バーボンの聖杯」を発見したことなのだから。まずは、その話をしていこう。

メーカーズマークはその起源を1780年、ペンシルバニアの市民軍の士官だったロバート・サミュエルズがケンタッキーで農業とウイスキーづくりを始めた時にさかのぼる。その後地元の名士となるほどにウイスキービジネスは軌道に乗ったが、時代は第二次大戦中に突入。戦時中に休止していた蒸溜所を売却してしまったT・ウィリアム・ ビル・ サミュエルズ・シニアだが、ウイスキーづくりへの情熱が冷めやらず、1953年にスターファームにある現在の蒸溜所(旧名・バークスプリング蒸溜所)を購入、修復してバーボンづくりを始めた。

そのとき彼は170年に及ぶ一家伝来のバーボンのレシピを、ある信念を持って手放した。プドロが言うところの「フルフレーバーだが、舌の先で味を感じる、誘うような美味しさ」を持つプレミアム・ウィーテッドバーボン(小麦を使ったバーボン)の探求の旅に出たのだ。従来の、荒さを感じるライ麦ではなく、冬小麦をたっぷりと使用した新しいレシピを模索し始めたのである。

まずは小麦を使ってパンを焼く実験を繰り返した後、ウイスキーづくりの経験豊富な知人たちから支援を受けて研究をつづけた。酵母のサンプルを提供したハップ・モトロー(WMJ註:ダニエル・エヴァンズ・モトロー、ジャックダニエルの一族)、ジェア・ビーム(T・ジェレミア・ビーム、ジムビームのマスターディスティラー)、エド・シャピラ(ヘブンヒル蒸溜所創始者の一人)、パピー・ヴァン・ウィンクル(オールド・リップ・ヴァン・ウィンクル社創始者の祖父)といった先駆者たちの助言に助けられ、ついに完璧なウイスキーに辿りついた。
それは、変わることのない、変える必要のない、唯一の方法でつくられるバーボンだ。それを彩るように、妻のマージョリー・サミュエルズがブランドを特徴付けるボトルデザインを考案した。ボトリングした後には誰も手を加えることのできない特別なボトル、ふたつとして同じ形のない封蝋。その名の通り「つくり手の誇り」を体現したメーカーズマークの誕生だった。

もちろん、これが物語の全てではない。古いレシピでウイスキーをつくり続け、一族を繁栄させた世代が抜け落ちている。それに、新たな事実も見つかった。
例えばその古いレシピだ。サミュエルズ・シニアはかつて所有していた蒸溜所を買い戻す資金を集められなかったために、ウイスキーづくりから引退する決心をしたという理由で、それを手放したようだ。
また、新レシピが生まれたいきさつでは、酵母の提供以外にも、パピー・ヴァン・ウィンクルの所有していたスティッツェル-ウェラー蒸溜所が大きく影響していることが分かっている。ヴァンドーム社にスティッツェル-ウェラー蒸溜所とほぼ同形のスチルを造らせたこと、初代ディスティラーをエルモ・ビーム(WMJ註:ビーム家の5世代目にあたる。かつてスティッツェル-ウェラー蒸溜所で働いていた)が務めたことを考えると、自然な流れだ。
従って、サミュエルズ・シニアは全てを新たに作り直すために、優れた着想とともに自分を信じるという道を選んだようだ。彼は友人たちに相談し、ウイスキーづくりに秀でた人々の技術を取り入れて、新しくて他とは全く違うバーボンをつくったのだ。

ウイスキーづくりのあらゆる点でのサミュエルズ・シニアの細かいこだわりは、ウイスキー生産が半ば産業化した時期の風潮に逆らうものだった。十分に研究して独自の方法を定め、最近になって「メーカーズマーク 46」が発表されるまで、60年近くウイスキーづくりを変えずにつくり続けた。

そのつくりの重要なポイントとは、まず「石灰岩質の泉からの水」から始まる。
地元産の穀物をローラーで挽く(メーカーズマークによると、ハンマーミルを使うと穀物に苦みをもたらすそうだ)。マッシュビルはトウモロコシ70%、赤色冬小麦16%、大麦14%、小麦の含有量が多いことがメーカーズマークの特徴的な甘さの理由のひとつだ。
「ゆっくり、とろとろと加熱します」とプドロは言う − 開放式蒸煮釜(オープンクッカー)で、ほぼ全てのバーボンに共通したやり方で行う。つまり、「セットバック」(前回の蒸溜の強酸性残液であるサワーマッシュ)の一部を、トウモロコシと麦芽と一緒に水に加えて沸騰させる。その後断続的に温度を下げてゆく。
オリジナルの酵母3種を加え、3〜4日発酵させる。初溜は16段の連続式蒸溜機で、再溜はダブラーで行う最終的に得られるスピリッツは19樽分という少量生産。110プルーフに希釈したニューメイクは、敷地内で天日にさらして造った新しいオーク樽に詰め、位置を交替させながら6〜7年半ほど熟成させる。そして敷地内でボトリング。以上、メーカーズマークの工程だ。

つまり、絶対に新しいことをしない、メーカーズマーク 以外決してつくらないという基本理念に忠実なウイスキーだ。プドロが説明するように、サミュエルズ・シニアが望んだのはたったひとつだけの偉大なバーボンだった。 彼が望まなかったのは、それを大きく変化させるようなものが導入されることだった。
「私たちの計算は実に単純です。1 × 1 × 1 × 1 × 1× 1 × 1 = 1なのです」
水源、レシピ、原材料、仕込みと蒸溜の方法、木材の方針、熟成の方法のどれかひとつの「1」が、「2」や「3」になったら、全く別のウイスキーになってしまう 。この計算に従うこと。何も変えないこと。大いなる革新は、すでにサミュエルズ・シニアが行ったのだから。

【後半に続く】

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