「マッサン」の継承者 ニッカチーフブレンダー佐久間正氏インタビュー【後半/全2回】
竹鶴氏の想いを現代に繋げる―現ニッカウヰスキーチーフブレンダー 佐久間 正氏の独占インタビュー。後半ではブレンダーという仕事に注目する。
【←前半】
WMJ 竹鶴さんが製品をつくられていた当時とは、ストックの量も時代的な味の好みも異なるかと思いますが、その頃から変わっていないポリシーなどはありますか?
佐久間氏 うーん…私も前の代のブレンダーも直接ブレンドの手ほどきを受けたことはありませんので、政孝さんがどのようなブレンディングをしていたかというのは想像の域を出ないところはあるのですが、受け継いでいるのはお酒に対する考え方ですね。
私たちブレンダーが使うことのできる在庫は限られていますが、どのような原酒を組み合わせるのかはブレンダーが考えることです。例えば、2人のブレンダーが「竹鶴17年」をつくるとしたら、それぞれのレシピは違ってきますが、最終的に同じ「竹鶴17年」を再現するのがブレンダーの仕事です。「変えていいもの」と「変えてはいけないもの」を判断して守っていく。ブレンドは無限ですから。
それと矛盾するようでもあるのですが、「昨日より今日、今日より明日、もっと美味しいウイスキーをつくりたい」という思いが我々にはあります。10年後の「竹鶴17年」はすごく美味しいものであってほしいし、そうでなければならないと思っています。日々良いものを追求する、現状で満足せず進歩を止めない…その気持ちが政孝さんから続いていると思います。
WMJ なるほど。
佐久間氏 10年後20年後に良いものをつくるために、新しいタイプの原酒を仕込むということもそうですね。樽や酵母を変えたりしていろんな原酒をつくって、次の世代のブレンダーがそれを使ってまたさらに進化していく。我々ブレンダーだけでなく、工場で原酒をつくる人も樽をつくる人も、「もっといいものをお客様にお届けしよう」という思いは皆持っていると思います。それが政孝さんの「品質第一主義」と「パイオニア精神」という言葉を受け継いでいる、ということでしょうか。
WMJ ブレンダーの方のお仕事というと、新商品の開発が主なのかなと思ってしまうのですが、大半は現行の商品の品質保持なのですよね?
佐久間氏 ええ、新商品の開発があるときなどはたいてい1人のブレンダーが担当となり、他のブレンダーの意見や市場調査の結果などを踏まえて完成に繋げます。しかし通常の商品になってからは交代で処方(レシピ)の管理をします。
ブレンダーには3つ重要な仕事があって、ひとつは今お話しした「商品の品質の保持」ですね。そして「新商品の開発」。「こんな味わいで、こういう人に好まれそうなウイスキー」という漠然としたイメージを、原酒をブレンドして具体的な形にしていく。それから「将来使用する原酒の仕込み」。これは、例えば酵母やピートのレベルを変えた試作品を「これならこういうウイスキーになるな」と判断して生産の指示を出すんです。
WMJ それはニューポットの段階で判断されるのですか?
佐久間氏 賭けのような部分もありますが。この原酒なら10年後に美味しいウイスキーになるだろうとか、面白いんじゃないかなという評価をして、実際に生産して熟成させてみる。ものすごく息の長い開発ですが、そういう種になることを仕込んでおかないと、新しいものはつくれませんので。
WMJ そのような様々な個性を持った原酒をつくるうえで余市と宮城峡の違いは大きいと思いますが、特に余市の直火蒸溜の風味は他のどこにもないものですよね。
佐久間氏 そうですね、余市はやはり石炭を焚いて蒸溜した、少し焦げたような香りが特徴です。小さなスチルで、フルボディで力強い、がっしりしたタイプのウイスキーがつくられます。反対に宮城峡ではとてもフルーティで…当時政孝さんは非常に細かいことを考えて宮城峡を設計されたんだなと今更ながらに思いますね。「なんとしても余市と違うものをつくる」と。設備のひとつをみても、そういう強い意志を感じるんです。
WMJ 宮城峡には連続式蒸溜機もありますし。「グレーンウイスキーをつくれるようにならなければ、日本のウイスキーも一人前とは言えない」と特にこだわっていらっしゃったとか。
佐久間氏 ええ、その当時グレーンウイスキーは日本にはまだありませんでしたから。カフェ式の蒸溜機でグレーンウイスキーをつくって、異なるスタイルの2つの蒸溜所のモルトを使用して、ブレンデッドウイスキーをつくる…本場スコットランドに負けないものを。それが彼の信念でしたね。その夢が実現したのが45年前ですから。ちょうど80年の歴史のなかの前半のところですね。
WMJ その後、皆さんが竹鶴さんの夢を受け継いで、今のような世界で認められる最高品質のウイスキーがつくられるようになったわけですね。
佐久間氏 政孝さんに基礎をつくっていただいて、その上に我々が毎日少しずつでもいいものをと積み上げていって…その結果、今世界的に評価していただいていると。
WMJ 80年の間で着実に積み重なった努力と情熱を感じますね。
今年はアニバーサリーイヤーで新商品や限定品が多数登場し、ファンにはたまらない1年でした。来月には「竹鶴ハイボール」「リタハイボール」の缶も登場しますね…缶ハイボールであればドラマで興味を持たれた方にも手に取りやすいですね。
佐久間氏 そうですね、これまでウイスキーを飲まれたことのない方にもぜひ試していただきたいです。そして10人の中で1人でも「ウイスキーって美味しいな、いろいろ飲んでみたいな」と感じていただければ大成功かなと思います。
WMJ ドラマを見た方が「こんな努力をしてつくられたウイスキーなら、大切に飲まないと」と仰っているというお話を聞きました。ウイスキーを全く知らなかった方にも竹鶴さんの想いを感じていただけるというのは嬉しいですね。
話題に事欠かない1年でしたが、来年以降はいかがでしょうか。
佐久間氏 今年以上に大きなことはないと思いますが、もちろん新しいことにチャレンジしていきたいですし、今年蒔いた種をいかに大きく育てていくか…そういう1年になると思います。まだまだ、進歩の途中ですから。
WMJ 「昨日より今日、今日より明日…」と進化は続いていく、ということですね。楽しみにしています。どうもありがとうございました。
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様々な困難を乗り越えて、日本人に愛され、世界でも評価されるウイスキーをつくりあげた。しかしそこにとどまることなく、マッサンの強い信念を受け継ぐ継承者たちは、着実に歩を進めていく。「心を熱くするウイスキー」という言葉通り、飲んだ人の心にも情熱の火を灯しながら。