1週間だけのウイスキー旅行:北ハイランド編(6) グレンモーレンジィ蒸溜所
文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン
午前中のバルブレア訪問を終え、町の中心地に戻ってたっぷりとランチをいただく。満腹なので、腹ごなしを兼ねて蒸溜所まで歩こう。ついでに喉の渇きを覚えたら一石二鳥だ。目的地までは徒歩15分以内である。
グレンモーレンジィ蒸溜所は、モーレンジィ農場を買収したウィリアム・マセソンによって1843年に創設された。モーレンジィ農場は、ターローギーの泉から水を引いてビールも醸造していた。マセソンがこの醸造所を蒸溜所に造り変え、「静寂の谷」を意味する「グレンモーレンジィ」に改名したのが物語の始まりである。
その後、蒸溜所は1918年に主要顧客のマクドナルド&ミュア社が買収し、約1世紀の間マクドナルド家の手で運営された。そして2004年にモエ・ヘネシー・ルイヴィトンに売却されると、ラグジュアリーなシングルモルトづくりに舵を切ったのである。
グレンモーレンジィの仕込み水は、今でもターローギーの泉から採取している。雨が大地に染み込み、石灰岩と砂岩の地層を100年以上かけて通過した天然水だ。スコットランドではほとんどの水が軟水だが、このターローギーの泉は大地に含まれるミネラルを含んで硬水になっている。
1980年代、ターローギーの泉の周辺で土地開発が持ち上がった。大切な仕込み水が、質量ともに変化してしまうのではないか。そんな最悪の事態を防ぐため、グレンモーレンジィの親会社は水源地一帯に広がる約600エーカー(2.4k㎡)の土地を購入。さらに確実に水源を守るため、現在は私有地を約850エーカー(3.4k㎡)にまで広げている。
グレンモーレンジィ蒸溜所の内部を見学
蒸溜所には6つのモルトビンがあり、各20トンの大麦モルトを保管できる。原料の供給サイクルはとても速く、毎週約300トンのモルトが使用されている。すべてスコットランド産で、ノンピートの大麦モルトだ。蒸溜所は毎週32回のマッシングをおこなう能力があるものの、現在は毎週18回に留めている。これは後述する嫌気性消化工場の処理能力に合わせた量なのだという。かつては蒸溜所内のモルティングフロアで精麦していたが、1977年にフロアモルティングは廃止された。この時に蒸溜所のポットスチルを2基から4基に増やしている。
バッチあたり10トンの大麦モルトが、ポーテウス社製の古いミルで粉砕されてマッシュタンへ投入される。お湯を投入する回数は3回。1回目から順に38,000L(64°C)、15,000L(75°C)、34,000L(90°C)といった流れである。マッシングと蒸溜を担当するリー・ハウエルズによると、細かな数字はマッシュルームの室温やモルト自体の品質によっても調整するのだという。出来上がったワートは、熱交換器で18°Cにまで冷やしてからウォッシュバックへ送られる。
グレンモーレンジィ蒸溜所には、ステンレス製のウォッシュバックが12槽ある。すべてがスイッチャー付きで、発酵のピーク時にも泡が取り除ける仕組みだ。48,000Lもあるワートをウォッシュバックに移すのは時間がかかるが、満タンになるのを待たず、3,000Lが入った時点で酵母を投入する。
酵母はクリーム状にしたウイスキー酵母で、2週間おきに蒸溜所に届けられる。ウォッシュバック1槽に投入される酵母の量は215L。発酵時間は60時間とかなり短めだ。ウォッシュのアルコール度数が約8%になったところで蒸溜の準備が完了となる。
グレンモーレンジィ蒸溜所のスチルハウスは、大聖堂のような迫力である。スコットランドでもっとも背の高いスチル(ネック高5.14m)が12基。グレンモーレンジィでキリンのぬいぐるみを見つけて「なぜキリンが?」と戸惑う人もいるだろうが、のっぽのスチルを象徴するマスコットなのだ。
スチル12基の内訳は、容量11,400Lのウォッシュスチルが6基と、容量8,200Lのスピリットスチルが6基。熱源はそれぞれ蒸気鍋と蒸気コイルだ。すべて下向きのラインアームと多管式コンデンサーが取り付けられている。
ウォッシュバック1槽から流れ出すウォッシュは、ウォッシュスチル4基に振り分けられる。スチル1基あたり約12,000Lのウォッシュを充填する時間は約15分。その後、蒸溜に約4時間、出来上がったローワインの排出に約15分なので、初溜全体の所要時間は4時間半くらいだ。
ウォッシュスチル4基分で約15,000Lのローワイン(アルコール度数約24%)ができると、今度はスピリットスチル2基に振り分けて再溜をスタート。フォアショッツ(前溜)が15分、ハート(中溜)は火力を落として3時間(72~60%)、フェインツ(後溜)は1%になるまで蒸溜を続ける。
リー・ハウエルに「グレンモーレンジィ シグネット」の生産工程について尋ねると、顔色がさっと明るくなった。
「原料はチョコレートモルト10%と、普通のモルト90%の組み合わせだ。蒸溜していると、スチルハウスに香り高いコーヒーみたいな素晴らしいアロマが立ち込めるよ。朝はあの香りを嗅ぐだけで目がさめるんだ」
ところが同僚のスチルマンであるケニー・マクドナルドは、「俺は普通のアロマのほうがいいんだけどな」と釘を刺すように言う。ケニーは前話に登場したジョン・マクドナルド(バルブレア蒸溜所長)の実弟で、蒸溜所勤続40年のベテランである。
もう何十年にもわたって、蒸溜所での生産工程は「テインの16人」と呼ばれる男たちに委ねられてきた。現在は3交代シフトになり、年中無休の24時間体制なので、とても16人では回しきれない。正確には「テインの23人」と呼ぶのが妥当だが、面倒なので「テインの男たち」としておこう。年間生産量は、純アルコール換算で年間600万Lだ。
環境に配慮したウイスキーづくり
蒸溜所の外では、樽詰めの時を待つ樽が大量に積まれている。樽詰め時のアルコール度数は63.5%とごく一般的で、仕込み水と同じターローギーの泉の水を加えてボトリング時の度数に落とす。グレンモーレンジィで使用される樽は、ファーストフィルとセカンドフィルのみ。用済みになった樽はスペイサイドの樽工房に売却され、再びチャーを施されてブレンデッドウイスキーのメーカーに転売される。
古いファーストフィルの樽はヘッドを朱く塗り、セカンドフィルの樽はヘッドを黒く塗っているので誰でもすぐに見分けがつく。だが現在は毎週1,000本のペースで樽詰めされるので、全部のヘッドに色を塗るのは不可能になった。代わりに採用されたバーコードシステムは退屈な見映えだが、もちろん色分けよりも効率がいい。
1994年以来、グレンモーレンジィは樽材の管理で業界をリードしてきた。ウイスキーマガジンでも、ビル・ラムズデン博士とのインタビューで詳細を紹介している。ラムズデン氏はグレンモーレンジィとアードベッグの蒸溜、熟成、ブレンドをすべて管轄する責任者だ。
樽材の戦略ほど有名ではないが、グレンモーレンジィは環境に配慮したウイスキーづくりも本気で推進している。冒頭で紹介した嫌気性消化工場は、蒸溜工程から生まれる副産物を浄化する施設である。ドーノック湾に返す排水の95%を工場で浄化し、残りの5%は「ドーノック環境改善プロジェクト」(通称DEEP)を開始して完璧を期している。
ドーノック湾には19世紀まで天然の牡蠣が自生していたが、乱獲で絶滅してしまった。だがグレンモーレンジィは、ヘリオットワット大学と海洋保護協会の協力を得て、100年以上ぶりにドーノック湾に天然の牡蠣を再導入した。牡蠣には強力な浄化作用があり、グレンモーレンジィが排出した有機物(残りの5%)を自然に浄化してくれるのだ。このプロジェクトの目標は、2022年までに大きな牡蠣礁を復活させることである。
グレンモーレンジィは、170年以上にわたってドーノック湾の岸辺という地の利から恩恵を受けてきた。次の170年も美しい環境を保全するのは当然の責務だろう。私たちにも、この気高い理想を支援する方法がある。もちろん、グレンモーレンジィをたくさん飲むことである。
蒸溜所を訪問するなら、ドーノック湾の岸辺を散歩する時間を残しておこう。運悪く時間切れになってしまったらしようがない。翌日の目的地は、クロマーティ湾の岸辺にあるダルモア蒸溜所だ。