高級ウイスキーのパッケージデザイン【前半／全2回】
高級ウイスキーのパッケージは、どのような意図から生まれているのだろうか。コレクターの心をくすぐる美学とデザインについて、識者の論点をまとめた2回シリーズ。文：ヤーコポ・マッツェオ
スコッチシングルモルトウイスキーのダルモアは、昨年より一流建築家たちと手を組んだ数量限定の希少なコレクション「ルミナリー・シリーズ」を発表している。シリーズの第1章である「ルミナリーNo.1 2022エディション」を手掛けたのは、現代日本を代表する建築家の隈研吾と弟子のマウリツィオ・ムッチオラだ。
隈研吾がプロジェクトに関わった背景には、スコットランドのダンディーにあるヴィクトリア＆アルバート美術館の設計を手掛けた実績もある。限定ウイスキーのエディションには2種類があり、48年熟成の「レア」は3本限定でユニークな彫刻作品が添えられた豪華なパッケージ。また15年熟成の「コレクティブル」は15,000本生産で、「レア」の美学を反映したボトルデザインである。
ルミナリー・シリーズは、その美学においてユニークな試みだ。同時に高級ウイスキーの世界で広がりつつある最近の傾向を反映した一例でもある。蒸溜所がアーティストやデザイナーを起用することで、単なる機能性を超えたコンセプトを主張するコラボは増えている。
ファインアート、クラフトマンシップ、建築、エンジニアリング、デザインなどの要素を取り入れることで、そのクリエイティブな希少性とウイスキーの特別な性質をコレクターの心情に訴えようとするのは理にかなっているといえるだろう。
ロンドンの「ヌード・ブランド・クリエイション」は、2023年のアイコンズ・オブ・ウイスキーでデザイン・エージェンシー・オブ・ザ・イヤーを受賞したデザイン会社だ。同社のマネージングパートナーを務めるトム・ハーンは、ウイスキーのパッケージングの重要性について確信を持っている。
「ボトルとボックスは、ラグジュアリーなマーケティングにおける最も重要な要素のひとつです」
消費者は常に目新しさを求めている。数量限定商品をリリースする蒸溜所には、視覚的な魅力で個性を訴えるパッケージが必要になってくる。ウイスキーの価値やコンセプトをパッケージで表現することで、ウイスキーの魅力やコレクターへのアピールも効果的に高められる。
建築、デザイン、エンジニアリングの融合が、ウイスキーの世界でも大きな人気を集めているアプローチだ。ダルモアの親会社であるホワイト＆マッカイ社で、イノベーションとインキュベーションの責任者を務めるロッド・ギリーズは語る。
「建築やデザインとの結びつきは、洗練された嗜好を持つ世界中の人々の関心を集めています。このような層は文化や芸術への関心が高く、特にデザインの世界に興味を持っています」
英国の高級車メーカー、ベントレーとのコラボで話題をさらったのはマッカランだ。蒸溜所で使う再生木材とベントレーの金属素材を組み合わせ、極めて革新的な横型のボトルをデザインした。画期的なアイデアがコレクターの注目を集めている。
同じくボウモアも、英国の自動車産業を象徴するアストンマーティンとの継続的なパートナーシップを締結した。その一環としてリリースしたのが「ボウモア ARC-52 木目エディション」である。この「木目」は英語でも「Mokume」。デキャンタには蒸溜所でも指折りの長期熟成原酒が収められており、木目金と呼ばれる日本の金属加工技術を応用した蓋がシンボルになっている。
このボウモアの限定商品は、オークションで19万ポンド（約3500万円）もの値が付いた。これから発売されるマッカランの横型ボトルも、同様の高値が付くと予想されている。
芸術作品が付属したパッケージ
エンジニアリングやデザインと並んで、伝統芸術もウイスキーのパッケージに取り入れられている。ロイヤルサルートの「アート・オブ・ワンダー」シリーズ第1弾は、エレガントな装飾が施されたボトルに53年熟成のスコッチが収められた限定品。添えられているのは、英国人アーティストのケイト・マグワイアによる彫刻だ。マグワイヤお気に入りのフェザーがウイスキーのボトルを飾り、うねるような彫刻がインスピレーションを掻き立ててくれる。
またマッカランは、著名な写真家とのコラボでも独特なアプローチを主導している。登場する写真家はエリオット・アーウィット、アニー・リーボヴィッツ、スティーブ・マッカリー、そして世界で最も有名な写真エージェンシーのマグナム・フォトなどと一流揃いだ。
そして「1946年マッカラン・マスターズ・オブ・フォトグラフィー」の「アルバート・ワトソン・エディション」には、アルバート・ワトソンの一点ものラベルが貼られている。アルバート・ワトソンはスコットランドの写真家で、ヴォーグ誌やローリングストーン誌でセレブたちを撮り下ろしてきた第一人者。プラダ、シャネル、リーバイスなどのファッション写真でも知られ、このウイスキーを購入した幸運な数人にはラベルに使用された写真のオリジナルプリント（額付き）とワトソンのサインも手に入る。
ワトソンの写真は単なるパッケージの材料ではない。それはウイスキーのコンセプトを体現したものであり、ウイスキーがなくなっても記憶がオリジナルプリントの中に生き続ける。
芸術作品とウイスキーの関係について、ホワイト＆マッカイ社のロッド・ギリーズは語る。
「ウイスキーの記憶をどう保存するか。ウイスキーの製造過程や風味にインスパイアされた彫刻作品を家に飾れば、ウイスキーがなくなっても記憶を保存できます。容器の中に入っている液体は、おそらく半世紀もの間、その創造の過程にあった希少な存在。そのようなウイスキーは芸術品であり、職人技の傑作として評価されるべきものです」
ウイスキー蒸溜所は、特別な限定商品を発売するために原酒の試行錯誤を続ける。古い長期熟成原酒は希少なので、大切な蒸溜酒の価値を守って尊重するのは自然なことだ。デザインや芸術的要素をパッケージに取り入れ、特別に熟成されたウイスキーの価値をより効果的かつ具体的に伝えることが生産者側のニーズにもなっている。
デザイン会社を経営する立場から、トム・ハーンは語る。
「優れたパッケージデザインによって、消費者はその液体の価値を理解し、希少性や芸術のコレクション価値を容易に理解することができます。一方の生産者は高級ウイスキーと芸術的なアピールの相乗効果を引き出し、その希少性と価値をさらに際立たせることができるのです」
(つづく)
